125 交渉材料とお餅。
ねりねりと、私はただひたすら作業を進めていく。
練っているのは交渉するための計画ではなく、以前アルノーの為に作ったヌガーをひたすら練って作っている最中だ。ヌガーは蜂蜜やキャラメルをナッツやドライフルーツと混ぜて作るものだが、なかなかこれが腕にくるものだ。
亜人勢も報酬のためにと手伝ってくれているのだが、つまみ食いする奴らがここまで多いとは思っていなかった。
つまみ食いの原因を探せば美味しそうに頬を歪ませてひっそりと食べたていたガウナとツァックに遠慮するなと言ってしまった私が悪いと思うが、その言葉のせいで他の亜人達もソワソワとしだし、私はそんな彼らにもつまみ食いの許可を出したのである。
そしてどうなったか。
作ったそばから消えていく。
もしくは材料が減っていく。
怒りたくても彼らの方が作っている量が多いので目を瞑るしかないし、許可したのは私なので止めることなんて誰が出来ようか。
ちなみに保存食として最近出来上がったフリーズドライは領主や冒険者には納品しないことに決定した。アレは氷魔法が使えるエルフがいないと微調整出来ないし、いくら人手が増えたところでこれ以上生産数が増えることはない。
これ以上頑張る気は無いのだから、知らせない方が吉なのである。
それはさておき、力が有り余ってる亜人とスヴェン、祖父の力を頼りにヌガー以外にもかんもちも作ってもらうことにした。
これは普通に餅を作り、それを薄く切って乾燥させたもので中に海苔や胡麻、豆を入れて風味を出すものもある。全て私の庭にあるもので作れる保存食の一つでもあるが、もち米を取引内容に入れて作り方も伝えれば勝手に量産してくれるのでは無いかと期待している。
焼くだけで簡単に食べらる手軽さもあるし、さぞ領主も喜ぶだろう。だから是非とも調理部隊を作っていただきたいものだ。
「っと、作業はみんなに任せて私はストレス発散しよーっと。ストレス溜まると甘いモノが食べたくなるよねぇ。餅もあることだしバター餅にしよ」
報酬をもらうのは彼らなのだから私はそこまで頑張る必要ないと決め込んで、つきたての餅をいくらか拝借する。
保冷庫に保存しておいたバターと卵も取り出して、お湯を加えて緩めた餅に卵黄、バター、砂糖いれてひたすら混ぜ混ぜ。途中塩を加えてまた混ぜて、バターが全体に混ざると片栗粉を投入。そして混ぜる。
そのあとは片栗粉をふりつつ成形し、氷の花で餅を撫でて冷やし固めていく。
あとは片栗粉を振った包丁で適度な大きさに切ればバター餅の完成である。
「ふわぁ、もちもちぃ!」
切り分けた一つをパクりと頬張ってみれば餅のもちもちの食感を残していながらも、ふわふわとした口当たりの優しい噛み心地。味付けはバターの濃厚な風味と仄かな甘味が口内を刺激してくる。
いくらでも食べられるその甘味をもう一つと手を伸ばしたところ、低い声で私の名前呼ぶ人物が一人存在していた。
スヴェンだ。
何故だか食べ物センサーがよく働くスヴェンが私の後ろで仁王立ちしている。
「リズエッタ? まさかこんな状況なのに一人でオヤツを食べてるわけじゃあねぇよな? 俺の分、否、みんなの分もあるんだよな?」
「……もちろん今から作りますとも」
なんでこんなにスヴェンは食べ物センサーが働くのだろうか。もしかして私の行動を読んでいるのだろうか?
「シャンタルがワザワザ教えに来てくれたんだ。何か作ろうとしてるってな。庭の連中はよくお前を見てるぞ」
「私の庭なのに! 別に美味しいもの作ったっていいじゃんか!」
「おー作れ作れ。そしたらちゃんと分けようって話なだけだろうが。まさかこんな状況でも菓子作りしだすとは俺は思ってなかったがな!」
こんな状況も何もあるもんかと頬を膨らませると、ドンっと鈍い音と共にテーブルに置かれる湯気の上る熱々お餅達。
既に原料まで用意していたのかとスヴェンを恨めしそうに睨みつけると、スヴェンの裏からニョキっと今度はネラと狐人マロンが顔を出した。そしてスヴェンは頼んだぞと二人に私を託し、作業へと戻っていったのである。
本当にいつのまにか君たちは仲良くなったんですかね、私に教えてはくれませんかね。
「──はぁ、おやつ作ろうか? 頑張ってるみんなの分だから沢山ねー」
毛が飛び散るのではないかと思うほど二人は何度も頷き、私は作業工程を伝えていく。
やはりと言うべきか亜人二人の力は凄まじく、庭の住人に配るバター餅はすんなりと出来上がってしまうのである。バター餅だけでは心許ないと出来上がったかんもちを分けてもらい、小さく切って熱した油へ放り込む。そしてぷっくりと膨れたそれを油から上げて塩をかければ、簡単おせんべいおかきの完成。
「ささ、お手伝い特典の味見。サクサクして美味しいよー!」
先立って私がおかきを一つ食べてみれば、躊躇いことなく手を伸ばしてくるネラとマロン。
初めの頃は恐る恐るだったなと思いを馳せながらも、サクサクな少し塩辛いおかきをさらにもう一つ。
バター餅とは違ったとまらなさがここにもあったようだ。
「私はこの後もおかき製造するから、二人はじゃんじゃん運んでって、みんな呼び集めて。ある程度運んだら食べてていいからねー」
「おう、了解した」
嬉しそうに頬を緩ませるネラはマロンを連れてキッチンを出ていき、私はひっそりとため息をつく。
ただ美味しいものを食べたいだけなのに嫌なことに巻き込まれ、そして知らぬ間に飯炊要員にもされている。
後者は好きでやってるからいいものの、いかせん私への考慮というものがなっていないのではないだろうか。
「スヴェンは特に私に感謝するべきだ。それができないのならば大人であるスヴェンさんにいっぱい働いてもらうしかないな!」
例えばこの後にあるだろう領主とのお願い事だったり、今後あるかもしれない王族との関わりだったりと祖父じゃなくて全面的にスヴェンに出てもらうとしよう。
うん、それがいい。
いちいち祖父がこっちに出てくるのは大変だし、私もハウシュタットで仕事があるもんね。スヴェンに舵を取ってもらった方がいいだろう。
一応領主との話し合いにはついていくが、それ以外はスヴェンに任せて胃にストレスをかけさせてやる。
「多分一人で決めることはしないだろうけど、権力と私の狭間で悩むがいい!」
フハハハと高笑いをしていると、脳みそが揺れるほどの攻撃を頭が受けた。
一体なんだと後ろを見やれば、そこには眉間をピキピキとさせたスヴェンがいる。
「なんというデジャビュ!」
「お前なぁ、何とお前との間で悩めばいいって? そんなのとうの昔から悩んでるわっ!」
そしてもう一度、私の頭にチョップが振り落とされたのであった。