123 逃げ出したい
久々の更新で、色々文体が迷子です。
未だに青白い顔をしたスヴェンを横に乗せ、馬車は自宅へと向かっていく。
泊まっていっても構わないと領主は言ってくれたが、こんな状態のスヴェンを領主邸に留まらせておく事は危険だろう。
「スヴェンさーん、大丈夫?」
「ん、あ"ぁ。大丈夫では、ないな。クソ頭いてぇ」
「そっかー。んで、そろそろ何にそんなに怯えているのか教えてもらっても?」
「は? まさかお前、何もわかってないのか!?」
「なぁんにもわかってませんが? とりあえずどう断ろうかなって思ってる」
「んなこと言ってる場合じゃねぇんだよ、今回はな」
がくりと項垂れるスヴェンは遠い目をしていてまず初めにと、ガリレオ・バーベイルと名のる領主について語り始めた。
彼はスヴェンや私の父、祖父が若い頃から有名な"侯爵"の一人とされている。
何故有名かと問えば、バーベイル家は代々王に仕えながらも実力主義の考えを持っているそうな。
同じ呼び方の公爵が王の血筋を持つ貴族で、侯爵は王と主従関係のある貴族。そう考えれば血筋を第一に考えそうだがそうでもなく、平民だろうが何だろうが、力や知識、国の為人の為に生きるものには情深い。故に侯爵でありながらもスヴェンや祖父、私が畏まった口調と態度でなくても無礼とならずにもすんでいたらしい。
もしこれが従来の"侯爵"であれば、私なんかは出会って勝手に話しかけた時点で首が落とされて終了、ついでに平民風情がと家族皆殺し、もしくは殺されはしないが生産する為の家畜に成り下がっていた可能性があったらしいく、そうならなかったのは彼が実力主義であり、私が生み出すものに価値を見出したバーベイル家当主だったからだ。
「──なるほど、だから私は今までやんちゃしてても怒られなかったんだね。でもそれとこれと話は違くない?」
「違くねぇよ! そして自覚あったんなら無茶するじゃねぇ、何度肝を冷やしたことか。──まぁ、それは置いといて、だ。今まで他の貴族を退けてきた侯爵である領主が逆らえないと判断した高貴な方ってのが問題だ。階級で言えば侯爵の上は公爵と国王。つまり──」
「……高貴な方ってのは王様か王族な訳ね、そりゃ今までと話が違うねぇ」
流石の私でも理解してしまう。
侯爵より力を持っているのは王族で、流石にそれに逆らうことは領主でも無理なのであろう。いくら実力主義を掲げていたとしても王に逆らえば国賊になりえなくもない。それ故に私達を差し出すしかないのだ。
「結局どこの世界でも権力には勝てないってことか……」
なんて儚げに空を見上げて見たものの、私が内心考えるのはどう逃げるかだ。
王だろうが王族だろうが、私の平穏を乱していい訳がない。過剰労働させようと目論むならば、そうなる前に逃げるべし。
逃げようと思えば祖父とスヴェンを連れて庭に篭ればいい。あの中ではすでに牧畜もしているしそこまで困ることはないだろう。
ただ問題があるとすればアルノーの事だ。
私たちが姿を消したとなると領主はアルノーと接触せざるをえない。何せ私は領主にアルノーの存在を伝えてしまっていたし、彼の監視下にある学院にいるのもバレているに違いない。
まさかこんな事になるなんて、過去の私が知っていたら伝えることなんてしなかったのに。
「──いっその事こといなくなれば良いの、そんなこと考える"ヤツ"」
「リズ、恐ろしい事言うんじゃねぇよ。どこで聞かれてるかわかんねぇんだから」
「だとしても、自国民のことを考えず行動する人間だよ? 報連相もなくいきなり権力を振りかざす人間だよ? そんなヤツ、消えちまえ」
「リズ!」
冗談なのにと口を尖らせるとスヴェンはそれでも口に出すなと念を押し、一旦祖父とも話し合うため帰るべきだと険しい顔をした。
スヴェンにはどうやら逃げると言う選択肢はないのだろう。
領主も祖父と話し合う事に了承している事だし、一回あちらに帰るふりをして一月くらい答えを渋っても問題ないと思いたい。
どんよりとした空気の中家へ着くと、私たちは早速庭へと向かう。
庭で仕事をしていたみんなはどんよりとしたスヴェンの雰囲気に気づいたようだが、声をかけることはない。私は大声でレドを呼び駆けつけてきた彼の頭をワシワシと撫でた後、そのまま庭の外へと連れ出した。
私は本心は逃げるで決まっているが、スヴェンと祖父がそうなるとは限らない。その時はレドから今の生産状況を話してもらって無茶があるかどうかの判断を仰ぐためでもある。
まぁレドの事だ、私の顔色を判断してちょっとした嘘ぐらいつくかもしれないが、私には問題ないので気にしない。
「さてこれより、第一回逃げ出したい会議を始めます! まず初めに私は逃げたいので協力する場合は私"達"は手伝わないと認識してね!」
「初っ端からぶち込みすぎだろぉ。まずはおやっさんに説明から始めろよ」
「そこは大人なスヴェンさんにお願いします! 正直誰が相手でも過酷労働反対!」
両手でバツを作りブッブッーっと子供らしい行動をしてみれば祖父は笑うも、スヴェンは頭を抱えてこんな時だけ子供らしくするなと項垂れた。だかスヴェンは項垂れながらも祖父に何が起こったか、否、何が起ころうとしているのかを自身の考えを入れ込みながら説明していく。
するとどうだろう。
スヴェンと同じく青い顔をして項垂れる祖父の完成である。
「まさか、そんな……」
「これが普通の反応だ、リズ。普通は高貴な方の願いと聞いて青ざめるもんだ。ケロッとして逃げたいなんて言うのはお前だけだ」
祖父曰く、こんな光栄なことはない。
スヴェン曰く、だからこそ拒否はできない。
祖父曰く、拒否する事は国を否定する事。
スヴェン曰く、つまりは逃げた時点で国賊。
「つまりは言うことを大人しく聞くのが正解で、それ以外は生きてけるか分からない」
「もしかしたらリズエッタは生かされるかもしれんが、それ以外の者はのぉ……」
「私が作ってるってバレなければいいだけじゃないの?」
「目の前でおやっさんやアルノー、妥協して俺が拷問されててもリズは黙っててられるか?」
「いや無理かも」
なるほど、手に入れる為なら手段は選ばないのが権力者のやり方か。本当に消えて仕舞えばいいのに。
「だからといって無条件に従うのもなぁ。量を増やせと簡単に言うけど一回だけじゃなさそうだし、生産は追いつかないよ。ね、レド?」
コテンと首を傾げて尋ねてみれば、レドは深く頷いた。
「人数が増えて以前よりは量は増えやした。でもそれは人手の数があったからであって仕事自体は増やしてやせん」
「じゃあそこを増やす事は可能か?」
「いや、そこは難しいかと。今までお嬢は決められた仕事をこなせば自由にしていいといい聞かせてきたものをいきなり変えるとなれば、反抗心を持つものがいないとは言い切れやせん」
多分これは嘘半分本心半分だろうな。
アクア達エルフは私に頼られたら逆に張り切りそうだ。だが今の生活に慣れてきたガニダからすればホラ見たことかと私の言うことを聞かなくなるかもしれない。
残念な事に庭にいる亜人達全てが私を信頼しているとは限らないのだ。私も私でそれでいいと宣言しているしね。
ではどうしたものかと三人は頭を悩ませる最中、私はただひたすらに面倒だなと引きこもりたいなと考えていた。
ぶっちゃげアルノーさえ説得できれば逃げていいのではと今でも思っている。
街で関わった人間もいるが彼らは所詮他人、そこまでどうこうしようとは思っていない。
妥協して筋肉ダルマ三人衆くらいは保護してもいい。なんせ彼らは獣人について黙っているし、内心どう考えているか分からないが仕事はちゃんとしているしね。
といったとしても祖父もスヴェンも納得してくれないんだろうな。
「そういや報酬は何でもいいって言ってたが、何でもありなのか?」
「……まぁ、可能な限りって事じゃないの?」
「じゃあその仕事を増やす分、庭の奴らの欲しいものをもらう、とかならなんとかならねぇか?」
「と、言われましても? どう思う、レド?」
断っても問題ないとよとも伝えると、レドは険しい顔をしながらも頷いた。
肯定とも取れるその行動にホッと息を吐き出したスヴェンだが、その報酬がどんなものか予測できない以上問題が解決したとは言えないだろう。
「んじゃ、庭に行って第一回報酬取得会議でもやってるみるよ」
「ほっんと、お前は何でそんなお気楽でいられるんだよ。しかしまぁ、頼むぞリズエッタ」
「頼まれたくないけどねぇ」
だって私はずっと『逃げたい』で決まっていたのだから。