119 努力の結晶
ギラついた瞳で笑うアクアとグラスの目元にはくっきりとした隈ができ、その後ろで和かに微笑む九人のエルフ達も同じようにやつれていた。
だがしかし、やつれてはいるが疲れているわけではないようで逆に興奮しているように思えるのは何故だろうか。
「御使い様! どうぞご確認くださいませっ!」
そう言って差し出されたのは掌に収まるほどの大きさの、茶色い物体X。
はてこれはと首を傾げてみると、ギラギラとした瞳のグラスがスッと私は近づき和かに、否、興奮して顔を赤らめて、少々気持ち悪い笑みで口早にフリーズドライですと声高らかに叫んだのである。
「御使い様が望んでいたもの完成品です! お確かめくださいませっ!」
深々と頭を下げるグラスに続きエルフ達は頭を下げ、私は掌に置かれたものをよく観察し、そして少し砕いて口の中へと放り込む。
サクサクとした食感に出汁と味噌の塩気。
野菜のようなものが少し入り込んでおり、その甘さもある。
これは毎朝作る味噌汁を素材にしたであろうフリーズドライではないだろうか。
側にいたレドにマグカップを、アルノーにはお湯を用意してもらい本来の正しい食べ方をしてみれば、まさしくそれは普段食べる味噌汁そのもの。
私が望んでいたフリーズドライ、そのものであった。
「……美味しいし、間違いなく私が作ってもらいたかったもので問題ないね。 これを作れたということは"真空"を理解したって事? どうやって作ってるの?」
「御使い様のお望みのものができて大変嬉しく思います。 作り方に関してですが、悲しいことに私どもは"シンクウ"についてやはり理解できませんでした。 ですが御使い様は"凍らせた物から水分を抜き、乾燥させる"と仰られていましたのでそれをそのまま実行したまでです」
「そのままって、どゆこと?」
「ここで用意されている料理を氷魔法で凍らせ、水の精霊と協力のもと水魔法で凍ったままの物から水分だけを抜き取りつつ瞬時に風魔法で乾燥させました」
胸を張ってそう語るアクアにそれは簡単な事ではなく大変面倒な事ではなかったのかと問いかけると、彼女は一瞬目を伏せたのちに、私に向き合ってはいとうなずいた。
「こちらが完成するまで何度も失敗しました。 凍らせたのもが実験中溶けてしまったり水分が抜けきらなかったり、乾燥がうまくいかなかったりと何度も失敗いたしました。 ですが御使い様が望む物であればと繰り返して実験し、やっと完成した物です。 …………本当は私達だけで作ったと胸を張って言いたいのですが、料理を作ってくれたのはパメラや、レド、たちですし、何よりここに居る精霊達が良く手を貸してくれたからです。 私達ではだけでは作ることは出来なかったと思いますーー」
アクアは下唇を噛みしめ、悔しそうに眉を歪めた。
その姿を見た私は、ほんの少しだが彼女達への偏見の目を緩めることにした。
私を"御使い様"と慕っている事は良くは思はないが、今回のことでレドや他の獣人に対しての態度も懐柔され互いに上手く付き合っていけるようになるだろう。
そして何より精霊達が頑張ってくれたから完成したと理解してるわけで、あの高圧的な態度も変わるはず。
ならば私も彼らに対しての態度を変えなければなるまい。
「アクア、と他のエルフ達。 今回はよく頑張ってくれたね、これが出来上がって凄く嬉しいよ! これからフリーズドライの製作は君達を中心に仕事をしてもらうからよろしくね。 ちなみに日に何個くらいなら作れる?」
「先程の大きさであれば日に二十個ほどですが、慣れればより多く作れます!」
「そう、なら出来るだけ多く作れるように頑張って? でも無理はいけないからどんなに集中してもつかれてなくてもアクアの指示に従って作業を止めること! アクアは無理な指示を絶対に出さないこと、いいね?」
「っですが多く作れた方がーー」
「アクア、私は君を"頼りにしている"よ? ここの生活の基盤は私がのんびり暮らすこと、私が楽して生きる事をベースにできている。 君が量産を願えばその分私が働かなきゃいけないし、そしたらその分他の住人全員の生活が狂う。 いいね、間違っても君の考えだけで動くな、私のことを考えろ、私は基本働きたくないんだ、仕事を増やすな。 君の判断力にかかってるんだ、折角生まれた私からの"信頼"を棒に振るなよ?」
「っはい!」
全く、いいお返事なことで。
無論、この信頼とは仕事に関してのみ有効な言葉の綾で、レドのような信頼とはまた違うものだ。
レドはリズエッタの為に何だってしてくれる、だから私もレドが望めば余程なことじゃなければ叶えてあげようと思っている。
信頼してるし、悪い事はないと信用しているからだ。
でもアクア達は違う。
彼らはリズエッタの為だからこそ働くのであって、自分の使用価値を示しているだけであって、リズエッタのためではない。
"御使い様"であればアルノーやスヴェンにだって従うはずだ。
ゆえにそこに信用は生まれない。
彼らとレドにはどうしようもない壁があり、それを超えることも打ち砕くこともないだろう。
「さて、アルノー。 学校始まるのいつからだっけ?」
「んー、八日後からだよ?」
「そっかぁ、早いなぁ。 もっとアルノーと一緒にいたいのに……。 まぁ、やるだけやってみるか!」
一日二十個かける八。最終日は間に合わないとして百四十はできるかな?
作るものは味噌汁をはじめに親子丼やカレーやシチュー。なるべくアルノーが食べられないものにしていこう。
おかゆは干し飯持たせれば食べられるし、それ以外がよさそうだ。
あと良さそうなものは……。
「あ、アイス、いる?」
「っできるの!? いる!」
「りょーかいっ! 用意しておくね!」
残り少ない日数で、愛するアルノーの為におねーちゃん頑張っちゃいましょう!
主に料理を作るのを、だけどな!