113 氷菓子
アルノーに見てもらいたいものがあるとそう言って連れてきたのは、以前とは全く違う風景になった庭。
レドしか居なかった住民は今や五十人近くの亜人が生活をし、オーロッシやストルッチェ、ペコランの家畜さえも始めて以前と比べられないくらいに変わったことの方が多い。
そんないい意味で変わり果てた庭を見たアルノーは瞳を煌めかせ、凄い凄いと私を褒め称えたのである。
「俺の知ってる庭と全然違うね! でもなんか賑わってていい感じ! 流石リズっ!」
「へへっ! そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
私はニヤニヤと笑いながらアルノーと手を繋ぎ、変わっていった庭の中を案内していったのだ。
家畜を始めたからといってもまだ食肉にするまでの余裕はなく、子供が生まれ数が増えるまで待つしかないオーロッシに、野生に生息していたものを捕まえて来ただけのまだまだ暴れるストルッチェ。
そのどちらの畜産も上手くいってるとは言えないがそれでもアルノーは凄いと私を褒めてくれた。
唯一成功しているペコランだがこちらも飲む分のミルクは確保出来るが、チーズを量産できるほどの数はいない。その為引き続きエリオに頼んでいる最中である。
ウキウキとアルノーを連れて庭を歩いているとレド以外の亜人たちは遠巻きに此方を窺っているようだが、こっちに近寄ってくることはなかった。
それはそれで構わないのだが、せめてシャンタルとパメラにはアルノーを紹介しておくべきなのだろう。
なにせアルノーは私の大事な家族、庭の住人より優先させる人間なのだ、知っておいてもらわなければならない。
「パメラー、シャンタルー! こっちきてー」
大声で二人を呼び寄せるがシャンタルの眉間にはシワが寄っており、二人してアルノーを怪訝そうに観察している。アルノーはアルノーでそんな不躾な視線を気にすることはなくニコニコと笑い、よろしくと言葉を投げかけた。
「会うの初めてだから紹介しとくね。レドの次によく働くシャンタルとパメラ。んで、この素敵男子は私の弟のアルノー! 強さ的にレドより強いからね」
念のためにレドより強いことを告げておけば二人がアルノーに対して何かすることは無いだろうし、他の住人にもそれとなく伝えてくれるだろう。
二人は私の言葉を聞いてもなお怪訝そうな顔をしていたが、私はそこまで気にはしない。
だってアルノーが学院に入ってるうちは庭にくることなんてほとんど無いし、騎士なってしまったらもっとここへ来ることはない。
互いにとってより良い関係を作ってもらいたいと考えるよりも、私に弟がいる事を知っていてもらいたい。ないとは思うが、もしアルノーが一人でここへ来た時に無闇矢鱈に敵意を向ける事のないようにと、事前に存在を認識していてもらう為の紹介に過ぎないのだ。
しかしただの紹介ならば庭に連れてこなくても存在を知らせておけばいい、それなのに庭にアルノーを連れてきたことには勿論意味があってのこと。
それはアルノーの力を借りなきゃできない料理を作る事。
即ちアイスの作成だ!
「それでは始めましょ!」
二人と別れ庭のキッチンへと赴き用意したのはペコランのお乳に蜂蜜と卵、ただそれだけ。
まずは鍋へミルクと蜂蜜、卵黄をよく混ぜ合わせ、とろみがつくまで沸騰しないように温める。温めたら滑らかにするために漉して、粗熱をとる。
と、ここまでは私でもできる作業だ。
そしてここからがアルノーにしか出来ない作業なのだ。
「アルノー、お願い!」
「うん! フラー! これを少し凍らせて!」
アルノーがそう言うと鍋の周りにはキラキラとした光が舞い降りほんの少し液体が凍り、私は急いでかき混ぜる。
そしてまたアルノーに魔法を頼みかき混ぜ、その動作を何度も繰り返した。
すると液体だったものは徐々に固形となっていき、十分もしないうちに滑らかアイクスリームの完成したのだ。
この作業は保冷庫に入れても固まらず私にはできない作業で、氷の精霊に力を借りられるアルノーに手伝ってもらわなければ出来ない大事な工程なのである。
ありがたい事にアルノーがすでに氷の精霊から青く冷たい花をもらっておりそれを私へとプレゼントしてくれたが、持っている花は一つ。
アイスを作るのには少々力が足りない。
あとで何かお菓子を捧げてお祈りして、もっと多くの花を手に入れよう。
出来上がったアイスは大きなスプーンで器によそい後はゆっくりと食べるだけ。
なのだが、やはりと言うか何という、食い意地の張っている子らはいつのまにか窓の外から此方を窺っていたようだ。
「シャンタルー、あげるからおいで! あとレドも!」
名前を呼んでみるとレドは嬉しそうに尻尾を振りながら部屋に入り、そして久しぶりに会ったアルノーへと深々と挨拶を交わす。逆にシャンタルはまだアルノーに警戒心を持っているのか、中々部屋には入っては来なかった。
だからといって私達がアイスを食べるを止めるはずはなく、冷たいアイスが溶けないうちにと今度は小さなスプーンでパクリとアイスを頬張った。
「うんまーい! つめたーい!あまーい! これだよこれ! 滑らかな食感に仄かな甘味。冷えたクリームが口いっぱいに広がる幸福感! たまらない!」
敢えて口に出して感想をいいシャンタルを誘惑してみると簡単にそれにのり、アルノーを気にしながらもシャンタルは静かに席に着く。そして用意された自分の分のアイスをほんの少し少し掬って口へと運んで見れば、その顔を一瞬に笑顔へと変わった。
「これは美味い! こんな冷たくて美味いもの初めて食べた! ーー今度からこれも作ってもらえる、のか?」
嬉しそうに私へと問いかけてくるシャンタルには悪いが、アイスはそう簡単に作れない。
ここにいる亜人全員に配る事を考えると祈っても祈っても花は足りないだろう。
せめて花束になるまでは無理だと真顔で伝えるとシャンタルは肩を落とし、大切そうにチビチビとアイスを頬張った。
「なるべく俺がいるときはアイス作ろうか?」
「ーーーーいいのか?」
あからさまにがっかりするシャンタルにアルノーは優しく問いかけて良いよと笑う。
そしてじゃあ早速と第二弾を作ろうと残りのミルクを用意し始めたのである。
「それならいちご潰していちごアイスにしようか? 甘酸っぱくて美味しいよ!」
「いいね! そうしよう!」
なんていつしかぶりの兄弟での料理を楽しもうとしていると、不意に後ろから私を"御使い様"と呼ぶ声が聞こえて私はびくりと肩を揺らす。
ゆっくりと振り返りその声の主を確認してみると、やはりというべきか、そこにはあの熱烈信者、アクアとその仲間たちが笑ってこちらを見ていたのであった。
お願いだから兄弟水入らずの幸せを壊さないでくれよ!