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北極星

作者: 味噌田楽

 今晩はここ数週間の間でも特に厳しい寒さだということは聞いていたが予想以上の寒さだ。耳や鼻がピシピシと針で突かれているような痛みに覆われている。寒さへの対策に巻いてきたマフラーも大して効果がなく、首元に冷たい風が吹き込んでくる。

 それほど寒い夜なのに人々は家で過ごさずに街へ出ている。それどころかいつもより多い。防寒具も頼りないほどの寒さの中で少しお洒落などしてみたりしている。それもこれも今日が12月15日、クリスマスだからだ。

 本来ならイエスの生誕を祝うキリスト教の祭日であって恋や遊びに耽るような日ではないと呆れ返ってみる声もあり、間違いではないとは思うのだが今年の俺はそういうは言えない。なぜなら俺もまた、聖夜に友達と遊ぼうとしている一人からだ。


 友達が待ち合わせの場所にやってきたのは約束の時間よりも20分程遅れてのことだった。

「ごめんよー、急に呼び出したりして。」

 友達はそう言ってニカニカと笑う。後ろめたいという感情を一切感じない朗らかな笑顔だ。申し訳ないとかそういう感情はないのかと思いながら俺は友達を注意する。

「全くその通り。遊びに行くときは事前に決めておけと前から言っているだろう。なのに、お前から連絡が来たのは昨日の夜10時。どうしてお前はそう、いつも、いつも急に……」

「でもさ、仕方ないじゃない。今回は僕の方だって急だったんだから。いきなり同僚が変わりに休んでくれなんて言うんだもん。」

 不服そうな顔をして言葉を返す友達。俺の言葉を返す。

「それを言われたのは何時。」

「えーと、先月の……ちょっと待って、そんなに怖い顔をしないで……。」

 ……説教。


 俺の友達は外国で働いている。具体的に言うと外国の海で働いている。貨物船の船員として世界中の海を行ったり来たりしているのだ。船員という仕事なので、1年に2回くらいは3カ月程度のまとまった休暇を貰っているはずなのだが、友達は旅行好きなので休暇の多くを旅行に費やして国内外の様々なところを巡っている。

そういう訳で友達が故郷の町に帰ってきているのは1年の内わずかで、俺が友達の会う機会は年に数えるくらいで、決まって突然会うことになる。仕事と休みの日程がはっきりしている職業のはずなのだから前もって約束を取り付けてくれれば良いのだが友達が約束を持ち掛けてきたことは一度もない。俺はそのたびに注意をするのだが、正直慣れっこだ。

「そういうことで、分かったな。」

「はあい。」

 この遣り取りをするのも何度目か。そう呆れながら友達を見ると友達が深い紺の上着を着ていることに気が付いた。確か船員の制服の上着だ。着替えて来なかったのだろうか。まあ良い、友達の服装に頓着しないところも慣れっこだ。


 さて、二人が揃ったところで何をするのだろうか。実を言うと何も決めていない。友達からの連絡があまりに急だったので何をするかまでは決められなかったのだ。急ごしらえではあるが一応、案は考えたのだが……。

「あのさ、今日は来てもらいたいところがあるんだ。良いでしょ、予定は考えていなかったんだし。」

 こういう友達の急な提案があるので考えるだけ無駄なのだ。


「さーあ、着いたよ。」

 俺が連れてこられたのは山の上の公園だった。大きな電波塔が夜空に届きそうなくらいにそびえ立っている。恋人たちで賑わっていそうなものなのに俺たちの他に誰も人はいない。

「ほら、上を見て。」

 友達が俺にそう言った。見上げると、やはり電波塔と夜空が見える。

「……電波塔、と、夜空。」

 何気なく目に見えたものの名前を口に出してみると、友達が嬉しそうに声を上げた。

「そう、夜空。綺麗でしょ?」

「まあ、そうだが……。」

 確かに今晩は空が凄く綺麗だ。昔、美術の授業で習った曜変天目の茶碗を覗き込んだように、深い青と黒、銀色に空が覆われている。

「……僕、世界中のどこに居たって、一度も忘れたことがないよ。故郷のこと、家族のこと、友達のこと。」

 友達がぽつりぽつりと話し始めた。

「むしろ外国にいるときの方が強く思っていると思う。それで、強く思いすぎて泣きそうになった時はこうして空を見るんだ。そうすると安心するんだ。僕はそれらと離れてなんかいないってね。」

 俺は何も言わずに友達の話に耳を傾けていた。


一瞬、友達の声が止んだ。友達の方を見ると、友達は目を閉じて何かを考えているらしく、口を閉ざしている。

 それから暫くして、友達が口を開いた。

「北極星が見えるよ。……もし君がふと、僕のことを思い出したときはあの星を見てほしいな。あの星は船旅の目印になる星だから僕もよく見ている。同じ星を見ていると思えば淋しくなんかないからさ。誰かが僕を思ってくれていると思えるだけで僕、幸せだからさ。」

 俺は胸に何かが込み上げてくるのを感じ。それを友達に伝えたいと思った。しかし込み上げてくるものを上手く言葉にすることができなかった。

 込み上げてくるものを言葉にしようと俺が思案していると、友達の目線が夜空から俺の顔へと移った。

「もう帰ろうか。遅くなったら明日が大変でしょ。」


 それから俺たちは何も言葉を交わさずに山を下りた。言葉を交わせずに山を下りたといった方が正しいだろうか。互いに言いたいことはあるが口に出すことはできない、そんな雰囲気が二人の間にあったからだ。

山を下りて俺の家のに着くと、友達は一言、「じゃあね。」とだけ言って去って行った。結局俺は一言も友達に言葉をかけることはできなかった。

その夜は今まで過ごした夜の中でも特に寒い夜だった。



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