どこかは知らない奈落の町へ
息抜きに書いてみました。
長い汽笛の音で僕は目を覚ました。日は昇っていた。もう朝のようだ。僕はグッと背伸びをして窓の外を見る。汽車はちょうど湖畔のあたりを走っているようだ。朝日がキラキラと湖を照らしている。そのほとりにはシカや鳥たちが雪のじゅうたんを踏んでいた。
……どうやら吹雪は止んだようだ。昨日は空を鼠色の雲が世界を覆っていた。やっとお天道様が機嫌を直してくれたようだ。まだ吐く息は白く、車内には冷たい空気が漂っている。しかし窓から降り注ぐ日の光は温かい。
はあ、どうもこの日差しを浴びていると何かを無性に食べたくなる。昨日はあまりものを食べる気になれなかったのでお腹がすいているのだろう。そう思い立った僕はパンを一切れカバンから取り出し、頬張った。朝食と言うには何とも味気ないその食事である。しかし、あと少しで目的地に着くと思うとそんな食事でも楽しいものだ。
――ところで、先ほどから疑問に思っていることがある。
昨日まではこの機関車の車両にはそこそこ人が乗っていたはずだ。しかし、誰もいなくなっているのだ。まあ、それ自体はおかしいわけではない。僕が寝ているうちにどこかの駅について、そこでドッと人が下りたかもしれない。だからそれ自体はおかしいわけではないのだが、昨日まで僕の隣に座っていた僕と行き先の同じおばあさんがいないのは気がかりだ。足が不自由な人なので車内を歩き回っているわけではないはず。おばあちゃんも僕の行き先を知っているのでもし仮に目的地に着いたとしたら起こしてくれるはずである。……もちろん、無視して行ってしまった可能性もあるが。
僕は心配になってしまい、誰か人を探すことにした。今ここはどこなのか、ほかの人たちはどこに行ったのか、知りたくて仕方がない。変な予感がある。もしかしたら乗り過ごしたかもしれない。もしかしたら何かあったのかもしれない。乗務員も見当たらないのも気がかりだ。僕は車両の隅から隅まで誰か人を探して歩き回った。
すると、乗務員と思われる人を発見した。今日初めて見た人である。
僕は背の高いその乗務員に話しかけようとした。すると、こちらが話しかける前に乗務員がこちらを振り向いた。
その人は普通の乗務員であった。
――頭に角がある以外は。
僕は思わず足がすくみそうになった。しかしその乗務員は優しく笑うと、手を差し出してきた。
「切符を拝見しても?」
「え? あ、はい。どうぞ」
左ポケットから切符を取り出して乗務員に恐る恐る渡した。その時、僕はその切符が昨日まで持っていたものと違うものであることに気が付いた。
「あ、それ違います。違う切符を出して――」
「――拝見いたしました。次の駅での降車となります。お忘れ物の、無いように……」
僕が何かを言う間もなく、乗務員は頭を下げて去って行った。僕は呆気に取られて少しの間立ち尽くした。
しかし、おかしいことに気が付き乗務員から返された切符に目を落とした。
『奈落行き』
――違う!
これは僕の昨日まで持っていた切符ではない。しかし、それにしたって奈落行きと言うのはどういうことだろうか? 奈落という地名があるとしたらなんと縁起の悪い地名だろうか。
……それとも、先ほどの乗務員は奈落からの使いで僕は本当に奈落行きの列車に乗っているのだろうか?
いや、それはない。それは、ないはずだ。
僕はそう思って窓に張り付いた。その目線の先には見慣れた風景。雪と湖畔と、輝く太陽だ。しかし、その先に僕はとんでもないものを見てしまった。
「……線路が、宙を浮いている?」
線路がなぜか宙を浮いているのが遠くの方で見えた。しかも、それは湖の中の方まで続いていた。先ほどまではなかった光景である。
僕の困惑をよそに汽車はドンドン湖の中心に近づいて行った。僕は夢でも見ているのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。そうに違いない。
○○○○
誰かに揺すられて僕は目を覚ました。目を開けるとさっきの乗務員が膝をついてこちらを見降ろしていた。
「お客さん、着きましたよ」
「あ、すみません」
どうやら客車両の床で眠っていたようだ。外は暗くなっているので夜になってしまったようだ。
「すぐおりますね」
「はい。あ、こちら荷物です」
「持ってきてくれたのですか? ありがとうございます」
乗務員から僕は荷物を受け取り、急いで降車した。
……そして、驚愕した。
――なぜなら見上げた先の天井に大地があるからだ。
ぼんやりとしか見えないが、建物が立っている。
僕は自分の目を疑って目を擦った。
「お客さん、ネザーは初めてかな?」
後ろから先ほどの乗務員が僕に話しかけた。僕はゆっくりと息をのみながら振り返った。
「初めまして、奈落の町にようこそ!」
――長い眠りが覚めるとそこは、全く知らない世界だった。
続きません。後の話はご想像にお任せしますん。