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彼女は愛を届けない

作者: 二亜

以前、学校の部誌に載せたものです。

 夏が近づき、太陽が燦々と降り注ぎコンクリートを焦がす学校の屋上。

 そこへの入り口は普段立ち入り禁止とされており、鍵もかかっているため一般の生徒は立ち入ることは許されない。

けれど、そんな立ち入り区域に堂々と立ち入っている二つの影。

「せんぱーい!」

 屋上の貯水タンクで悠々と昼寝をしていると下から聞き慣れた声が響く。それは、この一年間毎日のように聞かされている溌溂とした声。

「カズ先輩!いい加減降りてきてください。聞こえてるんでしょ!」

 カズと呼ばれたその男―和嗣(かずつぐ)は治安の良いこの高校では珍しいサボり魔である。彼が教室にいることはほとんどなく、学校生活の大半をこの開放的な屋上で過ごしている。屋上の鍵もいつの間にか勝手にピッキングしたらしく、いくら鍵を変えても次の日には何故か鍵が複製されているためこの学校の教師もお手上げ状態のようだ。

また、頭も悪くないため教師たちには将来、彼が窃盗関係の仕事に就くのではないかと本気で心配し始めている。

容姿も申し分ないため女生徒からは人気があり、小さなファンクラブが出来ているほどだ。だが、他人と接するのが苦手な彼はファンクラブという魔の手から逃げるために屋上を利用しているという噂もでている。

そんな彼は貯水タンクから顔を出し、いまだに自分の名前を呼んでいる小さな人物へと声をかける。

「……朝からうるせえよ。(しのぶ)

「もう昼休みです!」

忍と呼ばれた少女は、和嗣が唯一心を許す人物。

和嗣に対して好意を抱いており、今年の入学式の日に大声で告白されたことを今でもはっきりと覚えている。

あんなに盛大に想いを告げられては無下にすることもできず、仲の良い後輩という形で傍に置いている。そのため、屋上に来れるようにピッキングのコツを彼女に伝授した。今では何か用がある度にこうして屋上を訪れる。

そんな彼女はお昼を告げるように可愛らしい袋に入っているお弁当を高々と上に持ち上げる。それに気づいた彼は、自らの空腹に気が付き貯水タンクから飛び降り、あっという間に忍の元へとたどり着く。

「今日のおかずは?」

「ハンバーグです。コレ、先輩の分です」

 そう言って差し出された先ほどとは違う大きな包み。これは、忍が入学式の次の日から今までずっと渡されてきた和嗣専用のお弁当箱。彼女のお弁当は、とても美味しく冷凍食品は一切使われていない。また、彩り華やかであり栄養も考えられている。

 以前耳にした話ではどうやら彼女は調理師を目指しているらしく、この弁当はその練習も兼ねているそうだ。今まで昼にコンビニ弁当や購買のパンで満足していた和嗣も現在では彼女の作る料理を毎日楽しみにしている。

 そんなことを内心では思いながらも今まで一度も彼女に本音を告げたことはなく、太陽によって熱せられたコンクリートの床に座り込み黙々と弁当をかきこんだ。

「あっそうだ!カズ先輩にって言われて預かってきたんです。」

 忍が座る直前に差し出したのは、可愛らしいキャラクターの描かれた一枚の封筒。和嗣はその封筒を受け取り中身を取り出す。

 その中身は言わずもがなラブレターであった。

 和嗣は、ラブレターの内容を読むと同時にちらりと横目でこの手紙を預かってきた彼女を見る。

 忍はよくこういう類の手紙や差し入れを預かってくる。そして、預かっては毎回自分のところまで運び、中身を確認するまでじっと見つめている。

 出会って間もない頃に手紙を読まずに捨てたことを見られて以来、彼女は常に和嗣の動作を確認するようになってしまった。以前、忍に何故自分が書いた手紙でもないのに必死に読ませようとするのか聞いてみたところ彼女曰く、「相手が悩みに悩んで伝えようとした気持ちを捨てられるのは誰だって辛いから」だそうだ。その言葉を聞いた日から和嗣は手紙を捨てることはなくなった。

「綺麗な人でしたよ。少し香水がきつかったけど……」

 彼が手紙を読み終えると、忍は毎回手紙の送り主の特徴を言う。おそらく、和嗣が返事をするときに顔が分からないと困ると思い、わざわざ特徴を伝えているのだろう。

 けれど、それは彼女の無駄働きというものである。なぜなら、和嗣は手紙を受け取ってから一度も本人に返事したことがないからだ。

 手紙を届け、細かい特徴まで述べている彼女には申し訳ない気持ちがあるが、手紙の差出人に名前を書かずに渡してくる輩も多く千人を超える全校生徒の中から一人を探すのは中々骨が折れる作業である。

「……なあ、忍。別に嫌なら手紙なんて届けなくていいんだぞ?」

 そして、返事をしない理由のもう一つは……。

「いえ、別に嫌ではないですよ。先輩の魅力に気づいている人が宅さんいるって思うと私も嬉しいんです!」

 そう嬉しそうに語る彼女を見つめていると、どうも拍子抜けしてしまう。入学式に盛大に告白して以来和嗣のそばにいる彼女がファンクラブの人間から目をつけられないのはきっと自分に手紙を渡してくれる都合の良い人間と思われているからなのだろう。

 常々思うが女子というものは本当に恐ろしい。自分たちにとって都合の良い人間には笑顔の仮面を貼り付け、都合が悪くなった瞬間にその仮面は一気に剥がれ落ちて禍々しい本性が顔を覗かす。

「お前、女子の間で『ポストマン』って呼ばれてんの知ってるか?」

 ポストマン。それはファンクラブにとって都合の良い忍がに陰で呼ばれている役職である。手紙の相手が彼女の想い人であるにも関わらず、何の躊躇いもなく渡してくてる彼女に対してファンクラブの女子たちが口をそろえて言うようになったのだ。

「ええ、知ってますよ。いいじゃないですか、カズ先輩行き専用ポストマン。素敵だと思いますよ」

 忍は立ち上がり、手を大きく広げてニッコリと笑う。

その笑顔の中に一体どんな思いが隠されているのだろうか。和嗣は、眩しいくらいのその笑顔に切なさを抱く。

忍か自分のファンクラブからよくない目で見らているの

は知っている。だからといって、彼女を守るという行為はしなかった。一度守ってしまえば、後に大きな騒ぎを生むことを和嗣は知っていたらだ。

 守ってしまえば、忍はさらに傷つく。それだけは何としても避けたい。

(……なら、いっそ守らなければいい)

 彼女を傷つけたくない。そう思う一心で和嗣は、忍と今の関係を続けている。けれど、彼は気づいていなかったのだ。

 

 ―それが恋であることに。


「……忍、俺は」

「大丈夫です!皆さんとてもいい人たちですよ。お礼もしてくれるし、渡したことを報告すると本当に可愛らしい顔をするんです」

 忍はいまだに笑顔で語っている。どうやら彼女は本当にポストマンとしての役割が嫌というわけではないようだ。

「そうか」

 和嗣はそれだけを呟くと食べかけていた残りのお弁当を名残惜しそうに平らげた。

 空になった弁当箱を忍に渡すと彼女は再度微笑みかけてくる。

 だが、そんな笑顔も刹那のものであった。

「忍?」

「……確かにポストマンって役割は嫌じゃないです。でも、この人には絶対にカズ先輩を渡したくないって思っています」

「!」

「大切な気持ちを都合の良いポストマンに渡しちゃう人に先輩は渡せない。……渡さない!」

 初めて見る忍の真剣な顔。真っ直ぐ見つめてくるその意志の強い瞳に和嗣は思わす息をのんだ。

「いくら先輩が付き合うって言っても、ウザいって言っても何度だって邪魔します!」

 普段は気持ち悪いと思うくらいニコニコと笑っている忍が初めて本気の素顔を見せた。それは、和嗣にとってあらゆる意味で衝撃的な出来事である。

 笑顔以外で忍の顔を見るのは、ラブレターを捨てたとき以来二回目である。きっとあの時も彼女は和嗣に本気で怒っていたのだろう。

 喜び、怒り、そして今日初めて知った三つ目の顔。それは和嗣にとって驚愕の事実であると同時にこの上ない喜びでもあった。

それを自覚してしまえば後はもう一歩。

「クスッ…お前は本当に俺のことが好きだな」

 和嗣は突然笑い出し、忍に問いかける。すると彼女は一瞬きょとんと彼を見つめたがすぐに意図を理解した。

「当たり前じゃないですか!」

 その時にはもういつもの忍に戻っていた。けれど、和嗣の記憶にはしっかりと残っている。

 ―誰にも見せない彼女の本気。

(……それは俺だけが知っていれば良い)

「じゃあこれからも俺専用のポストマンってことでよろしく」

 和嗣がポンと頭を撫でれば、彼女は照れくさそうにしながらも満面の笑みを浮かべる。

「はいっ!」

 自覚をすればもう一歩。だけど彼は進まない。

進めば彼女は宛先を見失ってしまうから……。




彼女は手紙を届け続ける。


彼は愛を待ち続ける。




だけど彼女は……





   ―彼女は愛を届けない―


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