【-強さの在り処-】
「さて、外も外で酷い有り様だ。査定所が無事であることを祈るばかりだねぇ」
昨日まであった雑踏は無く、ただ静寂だけが街を包んでいる。ひょっとしたら、どこの露店も店舗も、どこもかしこも民宿のような惨状になってしまっているのかも知れない。
ディルとケッパーを先頭に、雅たちは一路、査定所に向かう。査定所内は荒れ果てていたものの、数名の『水使い』が生き残っており、またセイレーンの歌に操られている様子も見られなかった。「生き残るためには仕方が無かったんです」という言葉から、室内で倒れたまま動かなくなっている人々を、この人たちは殺してしまったんだろう。ディルは「そんな前置きはいらねぇ」と一蹴し、雅の持っているボトルと自身が持っているボトルに入っている水を預ける手続きを済ませ、そそくさと査定所をあとにする。
「あれで結構、堪えてるんだよねぇ、ディルは。怒り心頭だよ、でもその怒りは海魔に向けるべくずっと抑えているんだ」
ケッパーは気色の悪い笑みを浮かべつつ、雅に聞こえるように独り言を落としたのち、査定所を出た。楓とリィに手を引かれて、雅も外に出る。
「さぁ、作戦会議だ。と言っても、事態は急を要する。長時間の会議は行えない。歌声がやんだことから、次に『クィーン』が歌うのは今日の夕方から明日の朝方まで。つまり、僕らが行動しているこの時間帯に、ここに居る誰かが操られるようなことは起こらない。どんなアーティストも喉を休めることがあるだろう? 要するに『クィーン』も自身が一番大切にしている喉を休めているんだよ。で、だ。『クィーン』の居場所は判明している。判明しているが、リザードマンが居る以上は容易く『クィーン』と遭遇できはしないだろう」
「そこなんですが、ケッパー。私たちにリザードマンの討伐を任せてもらえませんか?」
「……君たちが? 悪い冗談は言わないことだ」
「冗談をこんなときに言うと思っているんですか、ケッパーは。リザードマンは街の人の話では一匹のはずです。だから、その一匹を私と雅さんで相手をして、その間にケッパーとディルは『クィーン』を討伐してください。私たちが『クィーン』なんて、討伐できるわけありませんから。けれど、リザードマンなら、なんとかなるかも知れません」
ケッパーは何故だか分からないが、顔を怒りのようなもので染め上げていた。
「それで死んだらどうする?」
「……そこまでの命だったということです」
「命を粗末にするな!!」
ケッパーが荒々しく叫んだ。予想だにしない大声に、雅も目を見開いて驚く。
「良いかい? 君たちはまだ若いんだ。若いのに命を粗末にすることを僕は絶対に許さない。この作戦に君たちを参加させる気は、無い」
ディルがクククククッと嗤い出す。
「なにがおかしい?」
「それは過保護ってものだろうよ、ケッパー。テメェはこれからも、一等級海魔を前にしたとき同じように、そのバカガキにその台詞を吐き捨てるのか? どれだけ訓練を重ねたって、実戦を交えなければ優秀な討伐者にはなり得ない。経験は絶対的な武器になる。特に、海魔のような人外を相手取る場合には、な。そんなことはテメェも理解しているだろう? なのに、この絶好の機会を、テメェは許さないと言うのか? 違うだろ、ケッパー。テメェのそれは、未だ心の中で燻っている、英雄の心意気だ。捨てちまえ、テメェはもう、英雄なんかにはなれねぇんだからなぁ」
ケッパーがディルを強く睨み、一触即発の空気が漂う。
「だったら君は、そこの子を行かせると言うのか?」
「ああ、連れて行く。言っておくが、こいつがどこで死のうがどうだって良い。だが、こんなところで死ぬようなクソガキじゃねぇことは、出会ってからここに至るまでに、分かっている。もっとも、クソガキが行きたくねぇと言うんなら、俺も置いて行くことにするが」
ディルの視線が雅に向く。
「雅さん」
楓が真摯に訴える。
「一等級海魔、狩りに行きませんか? 生きる糧を得るためには、必要なことですよ? 三等級や二等級を一人で狩れるようになっても、一等級を狩れるだけの強さが無いと、水に余裕を持って生きて行くのは難しい。分かって、いますよね?」
分かっている。
一等級海魔のレイクハンターと戦った経験もある。けれどあれは、複数人で臨んだからこそ討伐できた。今回は自分自身と、楓の二人だけ。ディルはリィの鼻を頼りに『クィーン』の位置を把握させるから、雅に任せはしないはずだ。
怖い、逃げ出したい。やりたくない。行きたくないと言えば、行かなくて済む。
けれど――
「これだけの人を操って、罪も無い人同士が殺し合って…………そんなのは絶対、許さない」
雅は呟き、ディルを見る。
「リザードマンは私たちに任せて。必ず倒す。お願い」
ケッパーが項垂れ、ディルが勝ち誇ったような表情を作る。
「決定だな」
「……ああ、分かった。リザードマンがどのようにして『クィーン』を守っているかも分からないしね。ひょっとしたら二匹同時に、ってこともあるかも知れない。そのときは、四人――じゃなかった、五人で仕留める。良いね?」
リィも含めて五人。
雅と楓が力強く肯く。
「なら出発だな。腹は減ってないな? 喉も渇いてねぇな?」
言いつつも、もうディルはリィに先を行かせて歩き出している。ここで躊躇ったら置いて行く。そういった意思が背中から受け取れた。雅と楓が続き、最後尾にケッパーが付いた。
「楓ちゃん」
「なんですか?」
「私、楓ちゃんを信じるから。だから楓ちゃんも、私を信じて」
「任せてください」
楓は雅にそう言われたことがなによりも嬉しいのか、飛びっ切りの笑顔で答えた。
「君たちを見ていると、昔を思い出すよ。あの頃の僕も、まだまだ未来を見ている小僧だった。だから、その未来が潰えたときの苦しみを、君たちは味わっちゃ行けないんだ。それでも、立ち向かわなきゃならない現実がそこにあることは分かっているさ……けれど、まだ、駄目なんだよ」
ケッパーはなにやらブツブツと呟いている。
「もう決まったことなんですから、もっとシャキッとしてくださいよ! ほら、ディルみたいに!」
「僕は、ディルみたいに強くは、無い。そりゃ討伐者としては一流と思っているよ。けれど……そうやって、図に乗っていると痛い目を見る。どんな討伐者でも、突然の海魔の襲撃を阻止し切れない。英雄になれなかった男は、いつも、守れなかったことに苦しむ。君たち、本当に死ぬかもよ? 今ならまだ間に合うんだ。だから早く、逃げるんだ」
「私の知っているケッパーは!」
楓は振り返り、叫ぶ。
「なんかよく分からないことを言って、いつも私に卑猥なことを口走って、子供だと馬鹿にして、敬語がなってないと文句を言って、人間性なんて欠片も無い人だけど、戦いを前にして弱音を吐くような男なんかじゃない! なにより、こんな私の頼みを聞いて拾ってくれて、まがりなりにもひよっこな討伐者を名乗れるくらいには強くしてくれた。力の使い方を教えてくれた。体の動かし方を教えてくれた。武器の扱い方を教えてくれた。だから、もう弱音なんて吐かないで。私の知っているケッパーじゃ、無くなっちゃう!」
楓は僅かにだが、瞳を潤ませていた。
気持ちは分かる。雅もディルが弱音を吐いたら同じように発破を掛けるだろう。自分が誰よりも慕っているのは、自分自身を拾ってくれた相手だ。どんなにぶっ飛んでいても、どんなにネジが外れていても、自分を強くしてくれた人を誰よりも慕う。そんな人が弱音を吐いているところなんて、見たくはない。
「……はぁ、若さって、凄いねぇ。僕にはもう、そんな熱さはどこにも無いよ。残っているのは、自分が一番に自信を持っている、約束された強さだけだ」
ケッパーは呟きながら懐から種を取り出す。
「まぁ確かに、悲観的だったことは認めるけれど……君に“刺した種”のことは忘れていないね? 死んだら分かっているよね? 死ななくても、それなりに君を言葉でいたぶらせてもらうけれど、死んだ場合は有無を言わさず八つ裂きにするよ? 海魔に喰われるような、死して尚、辱めを受けるようなことを僕は認めないからさぁ」
男の手元で種から芽が生え、見る見る内に成長して行く。しかし大樹として育つのではなく、人形へと変質を果たした。どこからどう見ても人形だが、見方を変えると人にも見える。人に近しい人形に、妙な恐怖を感じてしまう。
「テメェら、仲良く喋ってんじゃねぇぞ。早く来い」
遠くからディルの声がする。ケッパーが「あぁ、二次元の扉が開かないかなぁ」と呟き、人形を引きずりつつ、ディルが開けた街門を潜って行く。雅と楓もそれに続き、ある程度、道として視認できる山道から左に逸れて、到底、人が通ることが考えられていない岩肌を覗かせる険しい山道を登って行く。
登ったと思えば、次は下って行く。足を踏み外せば転がり落ちて、死んでしまうだろうという高さの緩くも高い崖を慎重に下りて行く。更に生い茂る草木を押し退けて、ようやく目的の洞穴に辿り着いた。




