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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
96/323

【-耳栓-】

「この店とかどうですか? 動きやすい服を取り扱っているみたいですけど」

 楓に言われて振り返ると、琴線に触れる衣服が目に付いたので、首を縦に振ったのち一緒に入店する。

「予算的には、安いものが良いんだけど」


「値段に拘らない拘らない! 雅さんは女の子なんですから、年相応の格好をしても良いんです。動きやすい格好が好きだと仰っていますし、動きやすくて可愛らしい格好なんてどうですか?」


「いや……そんなの、あるの?」

「たとえば白を基調にして、青のラインが入ったこういったトップスとかどうです? 今、着ていらっしゃる物とほとんど変わりませんけど、単色に限らずにラインとかで二色使ったものとかが、アクセントになって綺麗とか可愛いとか、そういった変化が付きます」

「そうなの?」

「もっと言うなら、胸元とか大胆に見せるようにして、」

「胸の話はしないで」

 楓の言葉を切ってしまうくらい、思ったことがすぐさま声になって出てしまった。


 リコリスの格好を思い出す。あれほど肌を露出されていると、落ち着かなかった。なによりこの世界に不釣り合いだ。そして、自分にはあれほど露出できるだけの胸は、無い。


「あ、そう、ですか? だったら、長袖のこれはどうです?」

「……なんだろ、この中学の制服感」

 手渡された物に雅は率直な意見を言う。

「ブレザーってどうしても制服っぽくなっちゃいますもんねー。んー、シャツとブレザーでも割と動きやすいらしいんですけど、難しいですね」

「だから、色合いとかは別に気にしなくて良いよ」

 と言いつつ、雅は気になった一着を手に取る。やはり長袖の、機動性重視で動きやすいことに特化した服なのだが、身に付けている物より色彩が整っている。白を基調とし、ラインとして薄い水色が入れられており、胸元に淡い水色のリボンが装飾として付いているだけでも、鮮やかに見えてしまう。

「それが良いんですか? だったら下も白と水色で合わせた方が良いですね。なんにします? スカート?」


「スカートは…………見えちゃうから、良い」


「私みたいに見せることを強要されている場合はどうすれば良いんでしょう」

 楓がやや落ち込んだので、慌てて「スカートが嫌いなわけじゃなくて」と取り繕う。

「もうズボンに慣れちゃったから。ジーンズやスラックスみたいな、メンズ向きの物の方が私は動きやすくて」

「でもそれじゃ悩殺できませんよ?」

「悩殺するつもりは、無いし」

「あーでも浴衣で悩殺はできますよね。なんであんなしっかりと着付けちゃったんですか? あれじゃ、悩殺もできませんよ」

「逆にあれが普通なだけで、楓ちゃんが無頓着な着付け方をしていただけだと思うよ」

 大体、ディルは浴衣や服装程度で揺らぐような性格ではないのだ。なにせ、雅の下着姿を見てもなんにも言って来なかった過去がある。極端な話、肌色面積を増やしたところで、どうしようもない。

「えーと…………うん、ボトムスはこれで、良いかな。トップスの水色のリボン、結構好きだし、黒ばっかだったから、白と水色というのも新鮮だし」


 こうして雅の買い物は幕を閉じた。


 その場で着替えても良かったが、体中が泥だらけなのでまず髪と体を綺麗にするために入浴を済ませなければならない。しかしそれ以上にお腹が空いているので、昼食を摂らなければならない。現在の時刻は午後十二時半だ。楓の電撃を浴びても、この時計が壊れなかったことにはやや驚いた。もし壊れていたら、ディルの暴力はもっと激しかったかもと思うとゾッとするのではあるが、壊れていないのだからそういった「もしも」は考えないように努める。


 食事は大衆食堂で済ませた。柄の悪い人も居るには居たが、雅も楓も武器を持っていたので絡んで来るような人は居らず、いざこざが起こることはなかった。

「奢ってもらっちゃいましたけど、良いんですか?」

「ちょっと痛い出費だよ。でも、一緒に服や鞄を選んでもらったし」

「……私、ちゃんと雅さんに恩返しできるように頑張りますね」

「恩を売ったつもりなんかないよ?」

「違うんです。それだと私の中でスッキリできません。だから、恩返しは必ずします。忘れないでくださいね?」

「ありがと」

 雅は朗らかに笑う。葵と離れ離れになって以来に出た、自然な笑顔だった。

 その後も楓と一緒に街中を歩いて回り、露店や出店に目を奪われつつも情報収集もしっかりと行った。昨日と違って、『クィーン』について話す人の割合は多くなっており、「『クィーン』は眠りに落ちている」や「あの海魔を守護する従順なる海魔が居る」ということも知ることができた。


 時刻は午後二時四十五分。昨日のディルの集合時間に迫ろうとしている。雅と楓はそこで民宿に引き上げることにした。


「あ、ディル」

 民宿の入り口にディルがケッパーとリィと一緒に立っていた。先ほどのこともあって足取りは重かったが、こういった場所では知り合いを見つけると仄かにだが気分は高揚する。

 雅の声掛けに、ディルはなにも答えずに近寄って来る。

「もしかして、今日のことまだ怒って、」

 言葉を切るようにディルは雅の頭を掴み、続いてもう一方の手からなにかを差し出した。

「耳、栓?」

 首を傾げつつ、それを受け取るとディルは自身の両耳を交互に見せた。どうやらこの男も耳栓をしているらしい。そして、耳栓を渡して来たということは雅もこれを()めろということなのだろう。色々と言いたいことはあったが、受け取った耳栓を嵌めた。


 え……なに、これ。


 無音になった。耳栓と言えば大抵の物は隙間から音が入って来るものだが、雅がそれを嵌めた瞬間、世界は全て無音に包まれた。雑踏の音も、衣服が擦れる音も、靴音も、そして吐息ですら耳には届かない。

 楓もケッパーから同じように耳栓を受け取っており、同じように首を傾げて悩んでいる。雅はリィの髪を手で持ち上げて、彼女の耳元を確かめる。やはり、彼女も耳栓をしていた。


 ディルが民宿に置いてあったメモ用紙の束にペンで文字を走らせる。


『ケッパーの耳栓だ。嵌めた直後に鼓膜を押し退けるように根が張る』

 鼓膜を押し退けるということは、音を感知する部分が全く機能しないということだ。だからなにも聞こえないということらしい。

 雅はメモ用紙を半ば強引に奪い取り、そして自身がウエストポーチに入れていたペンを取り出して、同じく文字を走らせる。

『なんで耳栓をしなきゃならないの?』

『歌声対策だ。リィの鼻で『クィーン』が潜む洞穴は把握した。だが、引き返している最中に、討伐者連中と擦れ違った。複数の洞穴に同時に潜行する愚策だ。止めても無駄だった。そのせいで、眠っている『クィーン』を刺激した可能性がある』

『それで耳栓?』


『セイレーンは夕方から朝方に掛けて歌声を発する率が非常に高い。気付いてからでは遅い。早急な対策が必要になる』


 雅は筆談を続けつつ、ふと気になったことを書き記す。

『これを嵌めたままで、入浴はできるの?』

『水気は全て、ケッパーの作った耳栓が吸い取る。その程度で耳栓が使い物にならなくなることはない。今日はそれで我慢しろ』

 それにしても、なにも聞こえなさ過ぎる。朝方まで筆談で全てを済ませなければならないのは非常に面倒臭い気がする。

『夕食は?』

『外の露店で済ます。ある店主と話が付いた。同じような耳栓が交換条件だったが、俺たち以外の客を今日は取らないと約束を取り付けた』

 だとすれば、昨日のような豪華な食事にはもうあり付けないということだ。が、露店の料理は料理で食べてみたいので、これはこれで良かったような気もする。

『筆談用のメモ用紙を掻き集めないと』

『民宿に置いてあったメモ用紙の予備だ。最小限の筆談で済まして、一日持たせろ。とにかく明日の昼までは耳栓を外すな』

 ディルはボーッとしていた雅の背中からディルがワンショルダーバッグをヒョイッと取り上げる。材質を見極めるように目を細め、それからすぐに返された。ファスナーを開けて、中身を見なかったが、重さから見抜かれてしまったかも知れない。

『服を持ち歩くのに必要だと思って』

 弁解のため、小さく文字を連ねてディルに見せる。ディルはそのメモ用紙にすぐさま返事を書いた。


『戦闘には不向きだが、私物を持ち歩くには重さも材質も丁度良い。海魔と遭遇した際、邪魔だと思ったら近くに投げて臨戦体勢を取れ。テメェの金で払ったんなら、それ以外にとやかくは言わねぇよ』


 どうやら怒ってはいないようだ。むしろ、良い物を買ったと評価してもらえた。雅は胸を撫で下ろすが、やはり無音の世界は慣れない。これが明日の朝まで続くのだ。

 ディルに肩を叩かれ、民宿に入る合図だと気付く。雅はリィの手を引いて、あとを追う。そして、ケッパーと楓も続き、民宿の泊まっている部屋へと入った。

『ここ、防音って言っていたけど?』

 雅の質問にディルは答えず、代わりにケッパーが雅の手元からメモ用紙を取って、サラサラと返事を書いて渡された。

『セイレーンの歌声は特殊なんだ。物体に隙間さえあれば、悠々と通過する。この部屋は確かに防犯と防音に優れているけれど、無音の空間になっているわけじゃない。窓だってあるしね。とにかく、音が生じる――声が耳に入る場所にはセイレーンの歌声が届く』

 だから、無音でなければならないらしい。雅は納得し、素直に座椅子に腰掛ける。あんまり動くとなにかに足を引っ掛けたり、転んでしまいそうだ。ただ一つ、心臓だけがドクンッドクンッと脈打っているのが分かる。それだけの音、というのもこれはこれで気持ちが悪いものだ。

『雅さんとの情報収集結果です。『クィーン』は眠っており、それを守る従順なる海魔が付いているそうです』

 楓がそう記したメモを座卓に置いた。


『従順なる海魔なら、一等級海魔のリザードマンか』

『自らが仕える者と定めた海魔に生涯付いて行く海魔。腰巾着と呼ぶには厄介すぎる海魔さ。大抵は一匹だけれど、『クィーン』の場合は予想が付かないな』


 雅は手帳を開く。一等級海魔のリザードマンについては書き記した記憶があったため、すぐさまそのページを開けた。


 人語を解し、そして用いる。トカゲがそのまま二足歩行になったかのような容貌。ただし肺呼吸とエラ呼吸を可能としているため、肺魚の性質も持ち合わせる。尾はタコやイカのような吸盤を有しており、水中では舵取りの役割を果たし、地上では壁や天井に張り付くために用いられる。その性質をリザードマンも熟知しており、狭い空間での戦闘を強いられる。また、従順なる海魔とも呼ばれ、主人と崇める海魔に生涯、付いて行き、その海魔のために命すらも捧げ、騎士の如き忠誠心を持つ。また、人間で言うところの武芸の心得を持つため立ち回りに気を付けなければならない。


 雅はケッパーと距離を空けつつもほぼ対面に座っている楓に、そのページを見せる。その後、楓はメモに文字を記して行く。

『危険度としてはどれくらいですか?』

『馬鹿共が刺激した以上、時間が無い。明日には洞穴の中を探索に行く。耳栓は絶対に外すな。言っても、人形野郎の耳栓は嵌めた直後から根を張って癒着する。そう簡単には外せないだろうがな。無理に外そうとすると耳の中の物まで引きずり出て来るだろうよ』

 ディルのメモから察するに三半規管にまでこの耳栓が根を張っている、ということらしい。鼓膜を全て開かせるだけでは引っ張ればすぐに外れてしまうのだろう。かと言って、圧を掛け過ぎれば眩暈や立ち眩みが酷くなる。その絶妙のラインをケッパーの耳栓は維持しているのだ。なにせ、こうして耳栓をしていても異物感を覚えない。


 ディルは脳より先に筋肉を動かすような男だが、ケッパーは典型的な頭脳派タイプ、なのだろうか。


『お風呂に行って来る』

 雅はディルにチラリとそのメモを見せ、すると聞こえもしないが舌打ちをしたのが確認できた。その後、なにもメモに文字を書かないので、了承したと受け取る。

 リィにも『お風呂に行こっ』とメモを見せ、彼女が一目散に走り出す。楓は雅が浴衣を取り出しているところから察したらしく『私も行きます』とメモに書き、全速力で自身の部屋から着替えを取りに走って行った。そうして雅が準備を整えて部屋の外に出ると、もう楓は準備を終えて部屋の入り口で待っていた。俊足であるのは分かっていたが、こんなところでもそれを発揮してどうするんだと頭を抱えたくなるが、無音の中で、怯えずに走り回れたその豪胆さには感服してしまう。


 早く泥も汗も流したい。その思いが強く、文字にして表すことはできなかったけれど。

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