【-ショッピング-】
「査定所で水を引き出して、それからどこかで昼食を取って、あと服もワンセット買いたいな」
「でも、ウエストポーチには入らなくないですか? 私はケッパーの大きなリュックに私物を入れさせてもらってますけど」
「んー、どうしよ。ここで新調するっていうのもありなんだよね」
衣服は使い捨てる物。そういう考え方がディルの生き様を見てから、頭に刻み込まれつつある。実際のところ、靴は磨り減ってしまうため早めに新調しなければならないし、衣服だって海魔との戦闘でどうしても汚れてしまう。今日のような楓との手合わせでも、もう泥だらけなのだ。洗う手間と新調する手間だと、お金は掛かるが後者の方が手っ取り早く終わってしまう。
だが、雅とディルには根本的に違うところがある。それは服に対する意識の差だ。ディルは根本的に海魔との戦闘でお金を消費することに抵抗が無い。衣服を新調するのだって、ボロの外套は除外するとしても海魔との戦闘で汚れたから、千切れたから買い換える。そういう考えが出来上がっている。
しかし雅は、女の子である。殊に衣服のことに関しては、女の子らしく色々と拘りたいところがある。海魔討伐のために仕方無く、ディル曰く「ダサい」格好をしているのだが、楓のようにミニではないがスカートを履いてみたいし、もっとオシャレなトップスだって着てみたい。
要するに、買い換えるなんて勿体無い。私服と仕事用の服が世界に存在するように、二着を使い分けられるように旅をしたい。そんな子供っぽく、女の子らしい甘い部分がまだあった。
「ディルが許してくれたら良いけど」
「さっきみたいに蹴られそうじゃないですか?」
「……そう、なんだよねぇ」
楓の手を借りて起き上がった雅は、ともかく体中に付いた土埃を払う。汗と混じって泥になってしまった汚ればかりは、手で叩いても取れそうにない。
「あ、良いこと思い付きました」
「……なんだか嫌な予感がする」
「つまり、ディルに文句を言われないような格好をすれば良いんですよ! 悩殺です悩殺! 男は煩悩に抗えないとケッパーも言っていました」
それはケッパーの言い訳であって、教訓ではないと雅は思った。
しかし、若干ながらに楓の意見に賛同している自分が居る。それというのも、ディルと出会ってから今日に至るまで女の子らしい扱いをされて来ていない。なので、自分がディルを見惚れさせられるような可愛らしさを身に付けたなら、あの男は一体どのような態度を取るのか。それが非常に気に掛かった。
ただし、ディルはロリコンではない。成人すらしていない雅が一生懸命にめかし込んだところで、あの男の琴線に触れないのだから、無意味なような気がしてならない。なので、悩殺の案は無しの方向で雅の中で勝手に決まる。
「髪も汚れちゃったしなぁ」
「それはお風呂に入って落とせます。あとは可愛らしい服と髪型ですよ。雅さんくらいの髪の長さだったらミニですけどポニテっぽくできますよ? それが無理そうでしたら、サイドアップなんかも似合うと思います。とにかく雅さんがディルに認められるような格好をすれば、衣服の予備を持ってもらうくらいどうってことないはずです」
言っても、ディルは旅をするに至っても持ち歩くのは財布と水筒と討伐者証明書だけだ。あの男のどこに、それらを持ち歩く術があるというのか。もし認めてもらっても、ディルの荷物になるだけなら、それはあの男のお荷物になるのと等しいのではないだろうか。
「……うーん、でも……もうワンセット揃えること自体に文句は言ってなかったんだよね。私がウエストポーチ以外にもう一つ、持ち歩ける物を買えば済む話なんだよ。でもリュックサックは重くなると思うし」
「あ、じゃぁワンショルダーバッグとかどうですか? いわゆる肩掛け鞄なんですけど、襷掛けして背負う鞄なんです。でも、ショルダーバッグよりも容量は小さめで、襷掛けすると背中に回ります。そこに服や小物程度を入れるくらいなら出来るんじゃないでしょうか。特にメンズ物になると、見た目重視の物以外にも軽量性重視の物もあったりしてオススメですよ」
「意外と詳しいんだね」
「強盗している内に、髪型や服装や鞄の形状に詳しくなりました」
「うん……なんか御免」
謝りつつ、雅は楓から手を離し――楓は少し残念そうにしていたが、二人揃ってまず査定所に赴いた。壁一面に『クィーン』についての警告及び討伐命令の張り紙があり、なにより討伐者の往来が激しい。その中でどうにかコップ二杯分の水を引き出し、一杯を楓に渡してもう一杯をすぐに飲み干した。
「良いんですか?」
「手合わせしてくれたお礼だから」
「ありがとうございます」
楓はゴクゴクと一杯の水を飲み干した。
「はぁ……これで、夕方までなんとかなりそうです。では、ワンショルダーバッグと、あと雅さんの服をもうワンセット揃えに行きましょう!」
何故だか自分のことのように楓は張り切り、雅より先に街中を進んで行く。
「雅さん雅さん! こういうのどうですか?! ほら、最近だと重い荷物を運べるキャリーケースやリュックサックなんかが人気で、ワンショルダーバッグの値段が半額以下になってますよ! 中古ならもっと安いのが手に入るかも知れませんよ!」
そんな大声で言うことでもない。
雅は楓のはしゃぎように呆れつつも、彼女を追って店の中に入り、自身も一つ一つ鞄を眺めて肩に掛けて感触を確かめることに楽しみを感じ出していた。
「中古より新品かな。なんか、他人が使っていた物を使うのは、気が進まない」
戦艦に立ち寄ったときも一時的に他人の衣服を着ていたことがあったが、結局、あの服に馴染むことはできなかった。
「じゃあ! これとかどうです? 雅さんの雰囲気にピッタリだと思うんですけど!」
「私の雰囲気って、なに?」
「そりゃ、強くて気立ての良い女性、みたいな。雅さんは自分を卑下しすぎなんですよ。美少女なんですから、もっと自信を持ってください」
目の前に居る美少女に言われても説得力がまるでない。雅は肩を落としつつも、楓が取って見せたワンショルダーバッグを掴み、試しに襷掛けしてみる。
さっきの物よりも軽く、そしてなにより体に密着する感じがとても良い。
「長さ調節ってどうやるのかな」
「えっと、留め金のところを引っ張って、緩んだ部分を引っ張ると」
「あ、逆でお願い。それだと緩んじゃう。もっと短くする感じ」
「えーと、それならこっちを先に引っ張る……って、それだと身に付けるときに苦労しません? ちょっとキツいと思いますから、ほんの少しだけ緩めて」
「……うん、凄い。これならピッタリだ。体にピタッて張り付いている感じがして、良い」
「物を入れたらどうなるかはまだ分かりませんけど、そのときはまた調節すれば良いと思いますよ? 私も、その状態なら違和感が無いように見えます」
雅は一種の感動を覚えつつ、身に付けていたワンショルダーバッグを外して、両手で抱えて全体像を眺める。ワンショルダーバッグにしては少々大きめのメンズ物で、黒を基調としていてそれほど華やかではないけれど、旅に華やかさなどそもそも雅は求めていないので、なによりも機動性重視である。ファスナーを開けて、容量を調べる。これくらいの幅と深さなら、上下一枚ずつなら畳んで入れられる。冬場になると上着が必要になって来るが、その分の領域も押し込めば確保できそうだ。ウエストポーチには小物や下着、小瓶に非常食も入れている。だから余った領域にはもっと別の物も入れられるかも知れない。
「どうですか?」
「これにする」
雅は即決でそれを持ってカウンターまで行き、精算を済ました。そのとき値札は切ってもらい、レシートも貰わなかった。そして店を出てすぐにワンショルダーバッグを身に付けた。まだ中にはなにも入れていないが、密着感に既に虜になっていた。
「次は服ですね、服!」
「あの……あんまり恥ずかしくない服が良いからね? 女の子っぽいものはそりゃ着たいけど、私は機動性重視だから」
「雅さんは隙の無い女って感じですもんね。パステル系とか、なんかこう、甘い感じの服は似合わないと思います」
タッタッタと走りつつ、楓は洋服屋を一つ一つ見て回る。いわゆるウィンドウショッピングだが、あれほど楽しそうにガラス越しに洋服を見ている美少女も珍しい。そのせいか、街を行き交う人のほとんどが楓を目に留めつつ、通り過ぎている。
目立つ格好ではないが、彼女の無頓着さだとパンチラしそうなので、雅はそそくさと彼女の傍まで移動して、なるべく視界に入れさせないように努力する。




