【-厳しいお仕置き-】
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「バッカじゃねぇの? どこの誰が、ケッパーのバカガキと手合わせをして良いなんざ言ったよ?」
「はい、御免なさい。反省してます」
「ちっ、テメェの謝罪はちっとも心が込められてねぇんだよなぁ!」
ディルの怒声を雅は地べたに正座させられながら浴びていた。
街外れで少女が二人、倒れている。『クィーン』のことも相まって、街中はピリピリしていた。そんな中で、そのような異常事態が起これば誰しもが海魔にやられたのではないかと考える。
それを耳にしたディルは冷静さを保ちつつ、しかし顔はしっかりと怒りの色に染め上げて、気絶している雅と楓を見つけるに至った。続いてリィがその間で舟を漕いでいたこともあって、とうとう男の堪忍袋の緒は切れることとなった。
まず「ポンコツ!」と怒鳴り、リィを起こしたあと、雅と楓を蹴って起こした。
そして現在、雅はディルに怒られ、楓はケッパーに怒られている最中である。
「君、どれだけ自分が恥ずかしいことしたか分かっているの? 君が倒れている間、スカートの中が覗き放題だったってことだよ? どう考えても淫乱女でしょ。気絶しているときにどこかに引きずられて誘拐されなかっただけマシだと思うんだね、まぁきっとパンツは何人にも見られているだろうけど。君、可愛いから。可愛いってだけで罪だから。可愛いってだけで、その子がなに履いているかとか妄想するのが男だから」
楓は羞恥に顔を真っ赤にしながらケッパーのセクハラ発言に耐えている。
ディルは暴言で雅を恐怖へと陥れるが、ケッパーは卑猥な言葉で楓を責めるらしい。こんな二人の男の間違った叱り方に、異を唱えることさえできないなんて、と雅は唇を強く噛み締めつつ思った。
「まさかテメェ、これで今日の訓練は無しとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?!」
「思って……ないです」
「顔に書いてあるんだが? クソガキの甘ったるい現実逃避の色で書かれてんだよ!!」
実のところは思っていた。最近のディルは妙に優しいので、ちょっとくらいのワガママは通ってしまうのではという勘違いを見事に引き起こしていた。
「だ、だって……お互いの力を見極めたかった、し。怪我はしないようにお互い、気を付けていたし……これから先、共闘するかも、知れないから、友人、みたいなことじゃなくて、自分の力になる相手かどうか、知りたかった、し」
「はっ! そんなことはどうでも良い!」
ディルは蹲り、正座している雅を強く睨み付ける。
「優劣はどっちだ? どっちが勝って、どっちが負けた?」
「負け……負け、たかな? いや、でも、相討ち……だった、ような。でも、電撃を浴びたのは私が先、で。風で吹き飛んで、倒れて喋らなくなったのは楓ちゃんが先? だ、から……えと、よく、分からない、です」
汗をダラダラと垂らし、ディルの追及の視線に雅は目を合わせられずにひたすら斜め下の地面を見つめる。
「……ほぉ? そうか、相討ちか。相討ちねぇ……ク、ククククククッ」
ディルが立ち上がり、高らかに嗤い出す。雅はソッと顔を上げて、僅かに表情を綻ばせた。
その刹那、ディルの軸足を回転させながらの蹴りが雅の脇腹を打った。激しく転倒し、雅は再び地面に這い蹲ってしまう。
「笑ってんじゃねぇよ、クソガキが!!」
「ごめ、ごめんなさ、い」
痛みで悶絶し、痛みを発散できないものかとゴロゴロと地面を転がる。
「ちょ、っと! 雅さんに暴力を振るうなんて信じられませんよ!」
「君はぁ、ディルのところの“人形もどき”になりたいのかなぁ? 僕はあんな風に痛め付けないけれど、ディルはあの子みたいに、君が壊れるくらい激しく暴力を振りかざすよぉ? そうはなりたくないのなら、あの子のことは考えずに僕の言葉に耐えるんだねぇ」
「……は、い」
雅の視界の向こうでケッパーによる楓の羞恥心を煽る説教はまだ続いている。それよりも、体の骨が折れていないかの方が雅にとっては重要であるのだが、こういうときに限って自身よりも他人の状況が目に入ったり耳に飛び込んで来るのだから、どれだけ自身がディルを怖れ、そこからまだ襲って来るだろう暴力に怯えているのかが分かる。
こんな痛みを受けるくらいなら、羞恥心を煽られる方がよっぽどマシだ。そんな風に考えてしまうが、楓は楓で雅のように暴力を受けた方がマシだと考えているかも知れない。隣の芝生は青く見えるとはまさにこのことだ。しかし、どちらの芝生も異常である。
「虫みてぇにのた打ち回ってんじゃねぇぞ、クソガキが!」
転がっていた雅の背中を的確にディルの足が踏み付けた。
「ぇぐっ!」
「このまま背骨を、ついでに脊髄まで折ってしまおうか? 腰骨でも良いが、それだと再起しちまう可能性もあるからなぁ?」
嫌だという自己表示のために、バタバタと抵抗する。
「あー、折っちまいたいなぁ。死なないなら折ってしまっても良いよなぁ?」
メリメリと骨が軋んでいる。雅は顔面を蒼白にして、更に大量の汗を噴き出させる。
「許し、て、ください」
「聞こえねぇ。年を取って、耳が悪くなった」
「許じで、ぐだざい」
「きたねぇ声で媚びんな、気色が悪い」
「許してください!!」
「は? 許さねぇし」
踏み締められ、骨を折られることからは解放されたが、足でうつ伏せから仰向けにさせられ、今度は腹部に足が乗る。乗って、徐々に圧が掛かる。
「なに泣きそうな顔してんだよ? 吐くのは別に構わねぇが、チビッたら容赦無く蹴り飛ばすからな。分かってんな、そこんところは?」
いつになく今日のディルは暴力的だ。ズタボロにされて罵声を浴びせられることはあったが、これほど暴力と罵声に執着されたのは初めてだ。
「息……でき、な……」
「肺は踏んでねぇんだけどなぁ? ああ、横隔膜をちょっくら踏んでいるかも知れねぇが、まぁ呼吸できないわけじゃぁねぇだろ」
山間の街とは言え、それほど空気が薄いところではない。けれど、腹部を踏まれているために酸素が全身へ行き渡らない。「ぜぇぜぇ」と激しく、荒い呼吸を頻繁に行う。
「なぁ、クソガキ? 俺がどうして今日だけはテメェに執着して暴力を振るっているか分かるか?」
「分から……な、い」
ディルが足を雅から降ろす。続いて雅の頭を掴み、そこから強引に上体を起こさせた。
「電撃ってのはなぁ、肉を焼くんだよ。臓器も焼く。そして脳さえバーベキューのように焼いてしまう。気絶する程度の電撃だから人体に支障は出ねぇなんて、そんなわけがあるか。人によっちゃ、たった一度の電流が、人体を動かす全てを壊すんだ。高圧電流は触れたら弾けるように体が跳ねる。だが、中には触れれば筋肉が硬直して、死ぬまでずっと電流を浴び続けることだってある。だからなぁ、クソガキ? テメェが今後、あのバカガキから浴びせられた電流のせいで、思うように体を動かせないなんてことになったら、俺の教えて来たこと全てが無意味になるんだ。テメェの体なんざ知ったこっちゃねぇ! だが、俺の時間が無意味になることだけは、今後なにがあったとしても許すわけには行かねぇ」
ディルの瞳から伝わる怒りは沸点をゆうに越え、既に灼熱を帯びている。
「分かったか?」
頭を掴まれつつも、雅は意思表示のためその頭を、首を使って縦に僅かに振らせる。
「なら、もう一発で勘弁してやる」
雅の顔が再び絶望の色に染まる。だが、あと一発耐えれば良い。そう雅は解釈し、瞼を閉じて、衝撃を待つ。
頭頂部に拳骨が落ちた。それも、それほど強くない軽いものだった。それを拳骨と判断して良いのかすら分からないほどに軟い一発だった。
「立て、クソガキ。テメェがギリギリで相討ちになったってんなら、それに免じて訓練は無しにしてやる。これで負けていたなら、問答無用で訓練もしていたが、あのケッパーのバカガキに一杯喰わせてやれたんなら、上出来だ」
雅は上体を起こしたまま、楓の方を見やる。
「君はさぁ、才能に甘んじたままなんだ。だから、あの子を仕留めたと思った瞬間に一撃を貰ったんだ。分かる? 詰めが甘いんだなぁ。勝つんなら、相手の土壇場での一撃も考慮して動かなきゃ。ちゃんとそこを踏まえて今後、練習に励むこと。でないと君、今度からスカートを履かせずに下着だけで行動してもらうことにするから。嫌でしょ、そんな淫乱女みたいな、痴女みたいな格好? 嫌なら、僕の言ったことを糧に、しっかりと次に備えること。良いね?」
「はい……」
「じゃぁ説教はこれでおしまい。ん? でもこういうのって羞恥プレイっていうんだっけ。まぁディルのSMプレイよりは、良いんじゃない? メンタル面が削がれるだけだし」
ケッパーは引き笑いをしつつ、ディルの元に行く。
「今回、手合わせを誘ったのは“人形もどき”の方なんだよね。君のところの子、大丈夫かい?」
「さぁな、知るかそんなこと。ただ、アレだけ地面を転がれて、アレだけバタバタと両手両足を動かせるんなら、脳は焼けてねぇんだろ。テメェんところのバカガキが勢いあまって出力を上げていたなんてことは無さそうだ」
「うんー、あの子の『雷使い』の部分が弱かったのが救いだった。ただ、今後、そっちの力が伸びて来るようなら、人間相手に使わせないように教育して行かなきゃならないかぁ。あ、君たち? このあとは自由行動で良いよ。ただ手合わせは禁止。次、僕らの与り知らないところでこんなことしたら、説教の相手が交代すると思って」
ディルにこれほど痛め付けられるのも嫌だが、ケッパーにあんな恥辱を味わわされるのはもっと嫌だ。楓もどうやら似たような考えに至ったらしく、雅と合わせるように首を縦に振っていた。
「来い、ポンコツ。ちょっとテメェを使って確かめたいことがある」
「分かった。お姉ちゃん……御免ね。ワタシ、あんなにディルが怒るなんて思わなかった」
「良い。良いから、ディルのところに早く行ってあげて。ここで会話してたら、また私、蹴られるかも知れないから」
リィは手をぶんぶんと振りつつ、ディルの元へと走って行った。
「次は下着……それは、ちょっと、もうなんて言うか…………もう、イヤ」
楓が恥ずかしさの限界に達したらしく、両手で顔を隠した。
「私は次、半殺しかも知れない……」
雅は正常になった呼吸を何度も繰り返し、衣服がびしょ濡れになるほど放出された大量の汗を拭う。同時に喉がカラカラに渇いていた。
「雅さん、大丈夫ですか?」
「楓ちゃんも大丈夫?」
「私は、なんか散々、卑猥なことを言われただけですけど、雅さんは蹴られたり踏まれたりしてたじゃないですか」
「うん、でも……慣れてはいないけど、きっとそうなるだろうなと思ってた、から。むしろ私は、卑猥なことを言われるのには耐えられそうにない、かな」
「やっぱドMなんじゃないですか?」
「楓ちゃんも案外、ドMなんじゃないかなと私は思い始めているところだけど?」
説教とは思えない羞恥プレイに耐えられるなんて、極めて同類に近いのではないかと思ったのだ。
ただし、二人揃って「それはない」と言い切り、両者の発言を否定した。




