【-雅と楓-】
楓が分銅に遠心力を加えて投擲する。雅はそれを左にかわす。
続いて鎌を持った楓が左に逸れた雅へと駆け寄る。駆け寄り、直前で足運びを変える。
左に逸れた雅の前方を塞ぐのではなく、背後を取るように切り返した。それがあまりにも軽く、素早いものであったため振り返るのは間に合わない。
雅は背後から振られた鎌を前方に身を傾がせて、避ける。続いて楓の位置取りも把握しないままに、振り返り様に白の短剣を振るう。剣戟は空を切った。もうそこに楓は居ないのだ。
居るのは右の側面。脇腹を切り裂くように鎌が振られた。地面を蹴って、これをかわす。鎖を持って、楓は再び錘を引き寄せると再び雅に向かって投げ付ける。
身を翻して、仰向けに倒れながら右手で一点を指差す。雅を拘束するはずだった分銅が頭上で風圧にはね除けられて、楓へと跳ね返る。
しかしそのとき、雅の目は楓ではなく、分銅が通るはずであった頭上を眺めていた。僅かだが、雷光が見えた。色は紫電。まさに雷に相応しい色だ。そして雅の中にあった『風使い』の作り出した空気の中を、『雷使い』の作り出した電撃は駆け抜けるという仮定が成立した瞬間でもあった。
たとえ乱れた空気の中を実際に、自然現象として生じる雷が駆け抜けないのだとしても、“異端者”が有する“摂理”は『風』よりも『雷』が勝ると言っているのだ。
「よけいに、喰らうわけには行かなくなった」
このことが分かり、思考が戻る。楓もやや次の手をどうするべきか悩んでいる節が見えるからこその猶予だ。
雅からしてみれば、投了したくなるくらいの手詰まりである。
剣戟を繰り出しても、それを彼女の持つ武器が受け止めたら敗北する。確かに電撃には流れにくい材質、流れやすい材質というものがあるが、右の短剣は金属の刃を抱き、左の白の短剣は白竜の牙と骨をまぶされた刃を持っていても、その元になっている材質は金属である。そのため、この二本の短剣で受け止めず、腕と腕を絡ませる方法でこれを乗り切る手もある。
あるにはあるが、楓の短剣はディルの外套に僅かに触れただけで電撃が奔った。つまり、繊維にすらも彼女の電撃は奔るのである。
「なにか、諦めた顔をしていませんか?」
感情がそのまま表情に出てしまっていたらしい。しかし、楓を見やってみると、彼女も彼女でなにか色々と考えを重ねに重ねて、その似合わない、思考という作業に疲れてしまったような顔付きをしていた。
「……ちょっと、ね」
「私としては、まだ一撃も当てられていないことに驚くばかりです。さっきだって、鎌も分銅も避けられて、短剣に至っては触れることさえままなりません。腕を絡めて、そこから体術で掛かるかと思ったんですが、さすが雅さん。僅かでも触れるかも知れないことを考慮して、そんな愚策で仕掛けては来ない。こうなったら私がなにがなんでも触れに行かなければならない状態なんですが、これまた上手く行きそうにありません。私としては最大限の足運び、最大限の軽やかさで挑んだつもりなんですが、触れることさえできないなんて」
流石ですね、と言いつつ楓はピョンピョンと跳ねる。あれだけ軽やかに動き回ったにも関わらず息切れ一つしていない。それどころか、牽制し合った先ほどまでの緊張感から来る汗すら出てはいなかった。
知っている。こういう子は、本番に強い子だ。練習以上の成果を、積み重ねた練習を120%発揮するタイプ。緊張も怖れも怯えもせずに、周囲の緊張感を一気に取っ払ってしまう。
雅のような強気で、高飛車で、疑心暗鬼を胸に抱くようなタイプとは真逆の、太陽のような少女なのだ。
「けれど、両者引き分けなんていう曖昧なことを私は好みませんので」
鎖鎌が変質し、元の両手持ちの短剣に変わる。そして、バチィッという耳を劈く音が響き、紫電の輝きが一瞬、空気を奔った。
「これで仕留めに行きます」
楓が短剣へと武器を戻したのは、たとえ両手で握らなければならない重みを持っていたとしても、それを使った戦い方が一番、得意であると自覚しているからだ。速度は落ちるかも知れないが、慣れた動きは素早さすら上回る。慣れているからこそ、大きく打って出ることさえできてしまう。更には電撃まで迸らせているのだから、触れれば終わる威力まで維持させている。
「……引き分けなんて私も嫌だよ」
覚悟を決める。頭の中を再び、空にする。
そうするだけで、恐怖は消える。たったそれだけで雅の体は、柔らかく動かせるようになる。
「行きます!!」
楓が地面を蹴るようにして疾走し、右回りに雅へと近付いて来る。足運びは単調、しかし距離が狭まるに連れて徐々に足の動きにフェイクが混ざる。右回りかと思えば左に移り、そこから跳躍して距離を詰めて着地し、勢いを殺しながら右側から剣戟が来る。
雅は上体を右に逸らして、これをかわす。刹那に逸らしたところで、楓は短剣を切り返し、二撃目が先ほどの剣戟を逆再生しているかのように放たれた。捻ろうが、これは間違いなく、楓の計算であれば衣服、或いは皮膚に触れるレベルまで短剣が到達するだろう。
だから、雅の右腕はクロスカウンターとばかりに、楓の剣戟より先に逆手で剣戟を奔らせていた。しかし、楓は片足を下げて、上体を移動させることでこれを避けている。
自らの限界に近いぐらいに体を捻らせるも雅の衣服に剣先が触れた。瞬間、全身を電撃が駆け抜けた。痛みよりも先に全身が痺れて動けない。
動けなくなった雅に、この一撃で勝利を、とばかりに楓が短剣を一度引き戻し、再度、強く踏み込んだ。
その時、彼女の体が後方に勢い良く弾き飛ばされ、石壁に背中から激突した。
楓はディルとのやり取りで、電撃を浴びても倒れない相手が居るということを学んだ。だからこそ、雅にすら念押しするだろうという考えに至ることは、そう難しくは無かった。
「右手での剣戟は、フェイ……ク? 嘘、でしょ……切り上げに見せ掛けて、私が避けた箇所の空気を変質、さ……せ、て」
石壁から拒絶されるように地面へと滑り落ちた楓は、立っていることもできずに膝を折り、倒れ伏した。
逆手で切り上げた剣戟は避けられると分かっていた。だから雅は、その切り上げを繰り出した段階で、空気に接触型の変質を行った。
その結果、電撃を浴びることになり、直後に楓が吹き飛ぶことになった。無論、避けることもできていれば完璧に雅が上回っていたのだが、楓の剣戟はまるで追尾するように雅の動きに合わせられていたので、避けることを諦めなければならなかった。
だが、タダで終わらすつもりもなく、楓に勝ちを譲るような優しさなど持ち合わせてはいない。がめつく、強気で高飛車な自分らしく、無理やり一撃を浴びせてやった。
しかし、これには勝敗のつけようがないだろう。電撃を喰らった雅の意識は朦朧としており、今にも闇に落ちてしまいそうだった。
「引き分け、じゃなくて……相討ち、だね」
震える唇を無理やり動かして、恐らく届いていない距離に居る楓に向かって言葉を零す。
「引き分け……相討ち……? 相討ち、かな?」
リィは楓が意識を失っていることを確かめたのち、雅の方へと歩いて来る。そこでまだ意識を保つことができれば良かったのだが、腕時計から流れたアラームの音が、どういうわけか心地良い音色に聞こえ、雅はその音色に導かれるように闇の中へと意識を吸い込まれて行った。




