【-先駆者-】
「さて、ディル? 強欲で業突く張りで、なんでも力押しが大好きな君に、なにか突破口は見えたかい?」
「サッパリだな。右目を貫いた恨みを晴らしてしまいてぇところだが、怨恨なんざで海魔は狩れねぇ。そいつを目の前にするまで、こういったものは懐にしまっておくもんだ。そして、視界に収めたなら」
ディルはクククククッと嗤う。
「肉の塊に成り果てるまで、ぶち殺してやるよ」
「怖い怖い。人殺しになっていなくて良かった良かった。人殺しになっていたら、僕が君を殺さなきゃならないだろうしねぇ」
二人の間で、とんでもない会話が成り立っているのだが、それは互いに信頼しているからこそ発せられる言葉の応酬と感じられた。
なんだろ、狂っているのに……羨ましい。
雅にはそういった言葉を言い合える相手が居ない。別に殺す殺されるの誓いを立てたいわけではないが、そういった約束事を共に胸に抱いて生きるような、壮大な感覚を味わったことがない。
そもそも、心を許せる友人が居ないという時点で、こんな憧れを抱くのはおこがましいのかも知れないが。
ディルが人殺しになったなら、代わりにケッパーが殺す。逆もまた然りだ。この二人はやはり、仲が良い。少なくともディルとリコリスの間でこのような会話を雅は耳にしてはいない。利用し利用される関係なんて言いながら、同性で歳も近いことから自然と良好な関係が築かれているのだろう。
両者揃ってイカれてしまっているところだけは、どうにかしてもらいたいものだが。
「なにを笑ってんだ、クソガキ?」
「わ、笑ってなんかない」
「気を緩ませてんじゃねぇぞ、クソガキ。テメェの訓練は継続して続ける。せめて少しは使えるようになってもらわねぇと困る。テメェもいつまでもお荷物は嫌なんだろう?」
「そうよ」
「はっ、一撃を浴びせられるようになるのは何年後なんだろうな。まぁ、何年もテメェのことを見てやる義理なんてものは、存在しないわけだが」
ディルのイヤミは、どんなときであれ健在だった。
逆に優しくされると、裏があるのではと疑うため、これはこれで良い。
♯
月の光の下で、二人の男が酒を酌み交わす。今宵の月は満月。腐臭は漂うものの、澄み切った空からの照明は二人の表情と手元を見るには充分であった。
「君が人間を連れているなんて、驚きだったなぁ。僕は三次元で彷徨っていて、君は生き方で彷徨ってるねぇ。僕はともかく、君は一辺死んでみないと生き方は変えられないよ?」
「テメェも人形以外を連れているんだから、死んでみたらどうだ?」
引き笑いをするケッパーに対して、ディルは強く当たる。
「まぁね。どういうわけか拾ってしまった。仕方が無いさ、ワガママで毛嫌いしているくせに、突き放しても喰らい付いて来るその執念に負けた……って、ところかな。それと、十九年と十一ヶ月前の誓いも、僕だけがすっぽかすわけにも行かなかったわけだし」
「生き残りの中で一番、チャラかったテメェがよくもまぁ、酒を落ち着いて飲めるようになったもんだな。だからって『飲んだくれ』並みに飲まれても困んだがな」
ディルは猪口に注がれていた酒をクィッと一気にあおった。
「チャラかったとか言わないでよ。あのときは、それなりに未来を夢見ていたっていうか、若かったんだよ。君みたいに達観できるほどの衝撃は、首都防衛戦まで無かったからね」
「……二十年、か」
「君、あの子にあの短剣を買うように指示でもしたのかい?」
「いいや、俺はクソガキの持つ物に興味なんてねぇ。だが、あのクソガキも聡い。自分の手にしっくりと来る物を買うだろうとは思ってはいた。それがまさか、アルビノの短剣とはな」
窓の外の月を眺め、ディルは呟く。
「曰く付き……か。曰く付きと呼ばれるくらいに人を殺めていたのだとすれば、アルビノはきっと悲しんでいたんだろうね。けれど、ようやく人を殺めない者の元に辿り着いた。本望だろうさ。アルビノの骨と牙を持ち逃げした鍛冶屋に怒りは湧いて来るけれど、それももう、セピア色に沈んだ過去の残滓さ。だから怒りよりも先に、感傷に浸ってしまったよ」
ケッパーはふぅと溜め息をつき、自身の猪口に酒を注ぐ。
「君、あと何年だい?」
「そういうテメェはどれくらいだ?」
「まぁ、十年そこそこ、かな。この猫背を見てくれれば分かるだろう? 背骨があの日から少しずつ、微かに曲がり続けているんだ……四十代半ばはまだ若いかなぁ。だからってリコリスみたいに精神だけ残り続けるなんて、真っ平御免さ。逝くときは、素直に逝くよ。ディルは?」
「……見積もっても、五年だな」
「ふぅん、僕らは揃って嘘つきだからね。僕の言う十年も、君の言う五年も嘘っぱちかも知れない。けれど、きっと人形もどきたちより長生きはできないさ。変質の力が強くなりすぎて、体が付いて行けていないなんて、人形もどきたちに愚痴るわけにも行かないからねぇ。で、君の体はどの辺りが狂い始めている?」
「うるせぇよ。どこが狂っていようと構わないだろ」
ディルは一蹴するかのように言い放ち、猪口に酒を注ぐ。
「後代を育てるのは先駆者の務めだとは思っているさ。けれど、自分とは違う“異端者”に力の指導、体術の指導。どれもこれも一筋縄には行かなくて嫌になるね」
「テメェもそう思うか?」
「ああ。後代を育てるなら、同じ『木使い』だったら良かったのにとどれほど思ったことか。けれど、あの人形もどきは素質がある。僕の再変質のコツをすぐに身に付けた。それどころか、特に体幹と筋力のバランスが絶妙さ。どんな武器も扱えて、そして人並み以上に跳ねて回る。踏み込みは軽く、引き際は強く、けれど仕留めに行くときには全力が武器に注ぎ込まれるように。そういった点では、麒麟児さ。その代償なのかな、『雷使い』としての部分が酷く弱い。自身が変質させた武器にしか纏わせることしかできない。それ以外に使えるのなら、もっと色々と教えてやれるのに。今は木々の成長を見るよりも楽しいくらい、僕という養分を吸い取ってくれているけれど……いつか、僕じゃ足りなくなる。どうだい? この親馬鹿のような台詞は? 笑ってくれて構わないよ」
「後代のために親身になっている奴を笑うことはできねぇ。俺はそこまで性格は悪くねぇ」
ディルが猪口の中の酒を飲み干したのち、ケッパーがその猪口に酒を注ぐ。
「君のところのは、どうだい?」
「ただのクソガキだな」
「ヒィッヒィッヒィッ、素直じゃないなぁいつもいつも。今はあの二人も、あの人外も眠っているんだろう? 話しなよ、ディル。君の評価を聞く馬鹿は、ここにしか居ないから」
ケッパーが酒を飲み干したのち、ディルが空になった猪口に酒を注ぐ。
「テメェのところのバカガキが麒麟児なら、クソガキは普通だ。笑えるくらいに、普通だ。身体能力も高いわけじゃねぇし反射神経も特別、良いわけでもねぇ。一度試したことをすぐに実戦で使えるようにもならねぇ。討伐者としては大したことのねぇガキだ」
「へぇ?」
「ただ、原石としては最高の代物だ。磨けば必ず輝く。今はまだ磨いている最中だ。その中に眠る宝石の如き輝きが出て来るまで、まだまだだが、な。強いて上げるなら聡く、鋭く、ずる賢く、なにより直感と度胸に溢れている。きっと、自身を囮にしてでも組み立てた作戦を遂行し、前線に立つ戦略家になる。最近は力の使い方にも幅が出て来た。ようやく、面白くなって来たところだ」
「互いに親馬鹿になったものだよ」
「それくらい、年を取ったってことだ。老けたな、ケッパー」
「それは君もだよ、ディル」
今宵の月は、二人の先駆者をずっと照らし続けていた。




