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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
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【-二等級海魔-】

 体を起こして、雅は振り返る。白銀 葵も、ディルの声が耳に入ったのだろう。雅よりも先に立ち上がり、通りの向こうを眺めている。

白銀(しらがね)…………(あおい)さん、で良いですか?」

 言葉に打ちのめされて、フラフラになりつつも、雅は彼女の傍に寄る。

「え、あ……こんなときに、呼び方ですか?」

「白銀さんって呼ぶより、一文字少ないんで。私のことも、雅で良いです。そっちの方が、一文字少ないんで」

 後ろでディルが笑いを堪えている。呼ぶときの文字数が一体、戦闘でどんな役に立つのだとでも言いたげな態度だが、そちらにはもう目を向ける勇気が無い。

 腐臭が鼻に衝く。臭い臭い、臭くてたまらない。吐き気すらも催すほどの臭気だ。そんな臭いを漂わせながら、覚束ない足取りでソレは姿を見せる。

「な、に、コイツ」

「人間……な、わけ、ないですよ、ね」

 葵に限らず一瞬であれ、雅も人と思ってしまった。

 何故ならば、その海魔の体の半分――いや八割方は人の皮膚で覆われていたからだ。なにより、今までの海魔と圧倒的に異なるのがボロボロながらも服を着ている。その体型は人間で考えるならば、恐らく女性。ただし、八割の皮膚に目を向けたならばの話である。残り二割から気色の悪い肌をチラつかせ、特有のエラとヒレがヌメり気を帯びた水で湿っている。顔も八割は女性の顔だが残り二割は、やはり海魔の特徴をそこに集約したかのような醜さを抱えていた。

「二等級海魔のストリッパー。死んだ動物の皮を剥いで、それになりすませていると思い込んでいる能無しの海魔だ。今回は人の皮を被ったスキンストリッパー。たまに腐った海草を被って、うろついている変種珍種も居るんで、皮を被った海魔をスキン。変種珍種をコートで分類している」

 ボロボロの衣服からはだけた乳房は明らかに女性のそれで、けれどそれはこの海魔にとっての八割の偽装に過ぎない。海魔に雌雄の概念は無いとされているが、これだけ世界に蔓延(はびこ)っているのなら、雌雄は一応あるのではとも思う。しかしおよそ、はだけている部分が女性にとっては必ず隠さなければならない部分であるということさえ分かっていないところを見ると、人間に対しては興味関心が無く、食欲だけが向けられていることが分かる。死んだ女性の皮を被ってそうなったのか、或いは殺した女性の皮を被ったからそうなったのかは定かでは無いが、これはどちらにせよ亡くなった女性の尊厳を踏みにじっている。

 同性だからこそ感じる義務感と、コレと戦わなければならない義務感が切迫した状況でありながら激しく(せめ)ぎ合ったが、やがて雅は覚悟を決め、海魔討伐のために用意した手袋を嵌めた。

「葵さんは、『水使い』だから触れても大丈夫、なんでしたっけ?」

「は、い、一応は。あ、でも、集中を切らすと駄目なんで」

 言いながら葵もまた手袋を嵌めた。

「で、どうします?」

「どうします、って言われても」

 短剣を引き抜いて、構えてみるものの攻め込み方が分からない。ディルとやり合ったときのように踏み込んで、咄嗟のときに反応できるかどうか酷く怪しい。そもそも、二等級海魔のコレの知識など無いに等しい。雅の想像を軽く凌駕するような、恐るべき行動を取るやも知れない。フィッシャーマンですら、雅の短剣を釣具のようにして扱ったのだ。あれで三等級、コレは二等級。

「ストリッパーは皮を剥ごうとすると激昂する。皮を剥がずに殺せ」

「剥がずに、って」

 葵はガタガタと震え始める。

「見た目、ほとんど人間なんですよ!? なのに、殺すなんて!」

「できねぇなら喰われるか皮を剥ぎ取られて死ぬんだな」

 そして付け足すようにディルが言葉を発した直後、ストリッパーの両腕が交差される。幾ら皮を着込んでも、人の眼球すらも自分のものにしているわけではない。そのため、獲物を見つけたときの、独特の眼球を動きはやはり変わらない。


「ストリッパーの由来は皮を剥ぎ取られることを嫌う意味と、切り裂きの意味を持つリッパーから来ている」


 雅と葵が動くより先に、ストリッパーが動いた。その両手には――刃物がある。そして、雅の扱う短剣よりも長い。まずリーチが違う。そして踏み込み方が奇怪過ぎて反応し切れない。おおよそ、想定していた距離感とは全く違ったところでストリッパーは奇怪ながらも精密すぎるほどの剣戟を出してみせた。

 二人が両方とも目を閉じた刹那、彼女たちの前方数センチの地面から土の壁が隆起し、ストリッパーの剣戟を防ぐ。


「今のは情報を遅れて与えた俺に責任がある。テメェらを守りたくてやったわけじゃねぇ。だから、次はねぇと思え。ビビッて現実逃避して、結果、二人揃って一度死んだ。次はせめて片方を守るために動いて死ぬくらいまでには俺に見せてくれよ」


 そのような言葉に対して感謝などしている暇は無い。突如として隆起した土の壁に対して、ストリッパーが狂人の如き雄叫びと動きで、手に握っている刃物を縦横無尽に振り回し、まさにディルが作り出してくれた壁をぶち壊そうとしているからだ。

「葵さん、私の合図で右に避けてください。私は左に避けますから」

「はい」

「遮蔽物に夢中になっている海魔に対して、左右への展開は好手だが、それでどうする?」

 自分自身の心配などまるでしていないディルは二人の動向を探るような言葉を吐き捨てる。

「今!」

 土の壁が次の一撃で確実に壊れるだろうと踏み、雅は葵に指示を出す。指示通り、葵は右へと走り、雅は左へと飛び退る。

 突撃するかのような狂気とともに土の壁がぶち抜かれ、その先に居たはずの獲物が視界から消えたことでストリッパーが動揺の色を見せる。


 どうしてディルには攻撃しないんだろうか。


 ストリッパーの正面にはディルが控えている。だが、この海魔は獲物であるはずの彼を標的としていない。あくまで最初に標的と選んだ雅と葵を探そうとしている。

 ギョロリと目が動き、まず右に。そしてそこには葵が立っていた。


「嘘でしょ」


 さすがの雅ですら、葵の動きの鈍さに目を疑った。彼女は言われた通り、右に駆けただけであって、そこからなんら次の動作へと移ろうとしていなかった。むしろ、次の指示を待っているかのように――懇願するかのように雅を見つめている。

 そこに狩らなければならない対象が居る。そしてその対象は獰猛であり、人外である。それでどうして、立ち止まって雅からの指示を待っているのか、しばらく理解が追い付かなかった。

 次に、そうして焦りの色を見せている雅にストリッパーの視線が動いた。

 雅は短剣を強く握り、ストリッパーの真横から一気に切り刻みに行く、その初動に移る。

 しかし、ストリッパーは構わず葵へと向かって行く。

 抵抗する獲物は真っ先に仕留めるべきだが、ストリッパーの本能はこれといった動きを見せていない葵の方が、早々に、それこそ数秒の内に仕留められると踏んだのだ。

「葵さん、避けて!!」

 彼女がどのような使い手なのか、雅は知らない。だから具体的な指示は出せない。唯一、分かっているのは『水』の使い手であるということだけだ。高々、水如きでストリッパーの刃物を防げるわけがない。それこそストリッパーを押し流すほどの激流を、周囲のなにかから生成できるくらいの機転が利かなければ――葵にはそんなものはない。

 前方から攻めるストリッパーの剣戟から、葵が左に転がるようにして逃れる。反射神経は良いようだが、その一つ一つの動作に鈍さがある。

 いや、それを見ている暇は無い。雅は軽く地面を跳ね、次に強く地面を蹴って、葵を切り刻もうとしているストリッパーの背中に体当たりすると同時に短剣を一気に突き立てる。ストリッパーの深くまで喰い込んだ刃は、彼の者に許容し切れないだけの痛みを与えることができたようで、そのまま背中に張り付きグリグリと短剣を押し付けている雅を振り払おうと、その場で陸に上がった魚のようにのた打ち回った。

「ぐっ」

 一際強く跳ねたとき、さすがに張り付いてもいられず地面に打ち付けられた衝撃で雅は振り払われる。が、その手にはしっかりと短剣を握っている。フィッシャーマンのときに冒した過ちは繰り返さない。強い意思の元、引き抜くことができた。

 ただし、ストリッパーは刃物を予め、持っている。物を扱うという知識がフィッシャーマンと異なって、遺伝子レベルで引き継がれているのだと考える。だとすれば、短剣を奪われまいとした雅の意思は過ちに対する強情さではなく、自らを守る武器の一つが失われてしまうことに対する恐怖から来るものだったのかも知れない。

「見てらんねぇな」

「あーっ、もう! なんであなたは狙われないんですか!?」

 苛々しながら雅は叫ぶ。

「本能的に俺を相手したら殺されると思ってんだろ。どんな生物にも生存本能と生殖に対する異様なまでの執着がある。それを手放してまで、そいつは俺を狙わねぇ。が、つまんねぇ戦いをこのまま見てんのも、飽きる。リィ」

「はい」

 リィがトットットと駆けて、ストリッパーの前に立つ。そして彼女には似つかわしくない鋭い眼光が彼の者を射抜いた瞬間、動きが止まった。

「生物は絶対的強者を前にしたとき、恐れおののき筋肉が硬直する。リィのはいわゆる蛇睨みみたいなもんだ。が、窮鼠猫を噛むという諺もある。そのとき生物は生きたいと願い、たとえ敵わないのだとしても戦わなければならないと覚悟を決める。テメェらは揃って、小動物以下だ」

 ディルが素早い動きで葵の首根っこを引っ掴み、雅の元に軽く投げる。地面を滑って、葵は一体なにが起こったのか分からないといった風にキョロキョロと辺りを見回している。

「リィの睨みが通用している間、情報を交換しろ。特にテメェ、俺を睨んでいる暇があるならさっさとしろ」

 雅の視線が気に喰わなかったらしく、無用な一言を付け足して来る。だが、何故、この場面にディルが手心を加えて来たのかは全く分からない。


 どうせ、興が削がれるだとか、そんな理由に決まっている。


 そう決め付けて、雅はディルから葵に向き直る。

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