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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
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【-ケッパーの推測-】

「こんなのあるならもっと早くに出してくれれば良かったのに」


「いや、だって、人形もどきが道に迷って帰って来なかったらそれはそれで、面白そうだなぁと思って」


「最低です」

 楓はケッパーの発言に項垂れた。

「ぶっちゃけ、人形もどきよりも『クィーン』が重要なんだよねぇ」

 地図の折り目をできる限り綺麗にしつつ、ケッパーは続ける。

「このところ、強い海魔ばかりが現れるんだぁ。僕は人形と遊んでいたいだけなのに……ディル、原因を探ってはくれないかい? えぇ、僕も一緒に行かなきゃ駄目だってぇ。そんな殺生なことは言わないでおくれよ」

 ディルに向けた提案は、雅が見るに表情だけで却下されたらしい。

「強い海魔が現れる?」

 しかし雅にはそれ以上に、ケッパーの言葉が気に掛かった。

「ここ周辺じゃ、五等級や四等級が妥当なところさ。だから、人形もどきには強盗をさせていたわけだけれど。でも、『クィーン』のせいで、三等級以上が現れ出しているというのが僕の所感さ」

「テメェなら特級でも殺せるだろうがよ」

「嫌だよ、面倒臭いじゃないかぁ。それ以上に僕は妄想に耽るのが好きだからさぁ、こればっかりはしょうがないよ」

 しょうがないようには思えないのだが、雅は黙って話の続きを待つことしかできない。

「まぁ、色々と省略して言っちゃえば、この山間の街を選んだのは、周辺の海魔が怖ろしいほどに静かであることから。他方では活発化し、ここは静かになった」

「どういうこと……です、か?」

 あまり話はしたくなかったが、疑問に思ったことを雅は口に出した。


「強者を前にしたとき、弱者は従順になる。動物的統制において、筆頭は動かず周囲の取り巻きが食料を取って来るものさ。けれど、この場合は、筆頭がテリトリーを移したことによって、従わざるを得なかった海魔がぽっかり空いた自由なテリトリーを奪い合うために小競り合いをしていると考えられる。それを三等級以上の海魔が横取りに来ている。では、この山間の街周辺が静かであるのはどうしてか。これはね、強者が動かずに居るのではなく動けないからさ。動くことができないことを、周囲に知られたくないために、群れの長に従順なる者たちは息を潜めているんだ」


「テメェの言い分だと、『クィーン』は長い間、この近場に潜んでいたことになるが?」

「実際には浜に近いところだろうね。山間で息を潜めるには、所詮はマーメイドでしかない『クィーン』は思うように陸を歩くことさえままならないはずだ。なのに、『クィーン』はなにかしらの理由で山間に身を隠したんだ。僕と人形もどきがここら辺を彷徨っていた二ヶ月よりも前に、もう『クィーン』は移動を完了していたと、推測するね。じゃぁ、二ヶ月間なにをしていたかと言うと……眠っていたんじゃないかな。眠ることで、『クィーン』の体になにか、変化が現れようとしているんだ」

 雅は息を呑む。

 この男は、やはりディルの知り合いで生き残りなのだと実感させられた。少ない情報と、自身の経験と時間、知識からここまでの推測を成立させることなんて、自分にはできない。

「山間に来た理由をどう推測する?」

「『クィーン』には知能がある。だから、さっきも言ったように、“なにかしらの理由”がある。そこのところを僕は推測することができないなぁ。ただ、この辺りに潜んでいるのならば、その場所には幾つかアタリを付けることもできる」

 ケッパーは懐からペンを取り出して身を乗り出し、座卓に広げられている地図に一つ一つ印を付けて行く。

「海魔が出没するようになってから、何回かの地殻変動があったのは記憶に新しいね?」

「ああ」


「どうやら、その地殻変動によって、ここには幾つか洞穴が現れたらしいんだ。でも、誰もそんなところを調査しに行く余裕は無い。行って、もしも海魔の巣窟だったなら、生きて帰ることができないからねぇ。誰だって死地には赴きたくはないさぁ。まぁ、洞穴が海魔の巣窟だったなら、何年も静かにしているわけもないし、この山間の街が大量の海魔に襲われないわけもないんだけどさ。だから、あるとしたら『穢れた水』の溜まった地底湖や、『穢れた水』が地下水となって洞穴の壁や天井を濡らしているか。片方だけか、或いはその両方かってところさ」


「なら、手当たり次第に洞穴を探れば、『クィーン』を見つけることができるってことだな?」

「そこなんだけどさぁ」

 ケッパーが僅かに項垂れる。


「誰だってぇ、寝ているときに言葉を発するときが、あるよねぇ? この『クィーン』は寝言で歌声を響かせている」


「どうしてそう言い切れる? テメェは『クィーン』と遭ったわけじゃねぇだろ?」

「僕のたぁいせつで、大切な人形がさぁ、居ないのは気付いている?」

 ディルが「人形野郎」と言い、楓のことを「人形もどき」と貶すこの男が、どうして人形そのものを持っていないのか、不思議に思っていた。

「テメェの我欲をぶち撒ける汚らしい人形が無いなら無いで、俺にとっては越したことはねぇんだけどなぁ?」

 頭を掻き毟り、ディルは挑発的に言う。

「でもねぇ、人形って手触りは良いし、とても気持ちが良いんだよ。気付いたら発散してしまうのは男の性だよ」

 楓が「うへぇ」といかにもな表情を浮かべて、嫌そうにしている。この顔は、恐らくその瞬間を目撃してしまったことから来るトラウマに耐えているのだろう。

 雅だったなら、トラウマ以上に精神が狂ってしまいそうなのだが、楓は良い意味でそういったことに無頓着で、能天気なのかも知れない。

「人形をさぁ、ちょーっと気の迷いというか、まぁお楽しみってことで、山間の街に潜ませてみたんだよねぇ。僕の作る人形は材質は木で出来ているけれど、様々な材質の木、色合いの花々、そこから抽出できる色彩。それらを用いているから、見た目、人間と区別が付かない。まさに二次元と三次元を繋ぐ、不気味の谷と言われているギリギリを攻めた結果、実に可愛らしく素晴らしい人形が出来たんだよ。それを、まぁ、我慢に我慢を重ねて潜ませた。潜ませた人形は、どこの誰かに人形と見破られ、まぁきっと性処理に使われたんだろう。なのに、こうして人形は歓楽街のホテルのベッドに残っていたのに」

 会話を繋ぎつつ、ケッパーがガシャンッと座卓の上に人に近しいなにかを放り出した。人形とは思えないほどに精巧で精密に木々が組まれ、肌の色まで表現され切っているため、死体とすら思ってしまい、悲鳴を上げてしまいそうだった。

 なにより会話の中の「性欲」やら「性処理」やらという言葉のせいで、鳥肌が立ち、雅は部屋の隅まで身を退かせてしまった。ケッパーの後ろ側にそんなものが隠されていたなんて思わなかった。楓は驚いてすらいない。


 やはり楓は明朗快活で能天気だが、無頓着なところがある。浴衣を着崩していることだって、無頓着に含まれる。


「これに我欲をぶち撒けただろう当の本人はどこにも居なかった。歓楽街のあちこちで聞き込みをしても、さっぱりさ。人形と夜を共にした男を見たという情報はあっても、その後のことを知っている人はどこにも居なかったんだぁ」

「はっ、酒場で『人形を持ち歩いていた男を見た』っていう話を聞いたが、それはテメェのことじゃなくテメェが先に街に入れていた人形を持ち去った男のことだったってことか」

「そゆこと」

 ケッパーの指先が人形に触れる。人形は瞬く間に縮んで行き、最後には植物の種になってしまった。まるで木材がそのまま退化して行ったかのようだ。あれもまた、物体への再変質の一つなのだろう。

「で、肝心の男は行方不明か」

「そして、『クィーン』はセイレーン。動かずに居るはずの『クィーン』が、そんな大々的に纏めて人間を歌声で操り、惹き寄せるのは無理なのさ。なら考えられるのはもう、寝言で歌声を発している。その歌を耳にした男が惹き寄せられ、海魔の餌食になった。眠っていたってお腹は空くだろうしねぇ」


「点と線は繋がるが、肝心の居場所までは突き止められねぇな。だが、この山間の街に長居をしていると、奴の歌声を耳にしてしまって潜んでいる場所まで無意識のまま出歩いてしまう可能性がある、か」

「そゆこと。確率論で言えばほぼ当たらない。外れる方が普通。けれど、一人を対象にした寝言が、これから先、続くとも限らない。ある日突然、複数人が街から姿を消すことになるかも知れないよぉ? そして、それはディルだったり、人形もどきだったり、君かも知れない」


「クソガキをビビらせるな。チビッたら始末に手間が掛かる」

「こんな話くらいで漏らさないわよ!」


 強がりは言ってみたものの、内心では震え上がっている。緩みはしないが恐怖はした。体がガチガチに強張るくらいには、心臓がバクバクと脈動を伝えて来ている。

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