【-収穫無し-】
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ディルに言われた通りの成果を出すことができないまま、雅は重い足取りで民宿に戻り、部屋の扉をカードキーで開けた。楓も似たような足取りで自分の泊まっている部屋へ向かっていたので、きっとケッパーに御小言を浴びせられるのだろう。
気を引き締めて、なるべく多くの人に話し掛けたつもりだ。楓の明朗快活さに負けないぐらいには、頑張ったつもりだ。けれど、訊ねた人は口を揃えて「『クィーン』には関わらない方が良い」と言う。そして、それ以上なにも話してはくれないのだ。楓が訊ねた人も似たようなことしか言ってくれなかったらしい。
これは『ワダツミ様』以上の厄介さだ。あのときは東堂という、内情をある程度知っている人物が居たが、ここにはそういった助け舟を出してくれる人は居ない。
「ただいまー……」
リィを先に部屋に入れ、雅が帰って来たことを告げる。言われた時間だけは守ったのだが、果たしてどれだけ怒られるのだろうか。
「お帰りぃ」
「……へ?」
気のせいか、ケッパーの声が聞こえたような気がした。慌てて扉を開けたまま廊下に出ると、彼方から楓が全速力で雅の元に走って来る。
「すみません、こっちに変質者が侵入していたりしていませんでしたか!?」
「やぁ、“人形もどき”。君が変質者と呼ぶなんて、まったく酷いなぁ」
「ケッパー! 雅さんとディルの部屋になんで居るんですか? アレですか? 雅さんが綺麗だからって欲情したとか、妄想で犯しに来たとか、またそんなセクハラ発言をするつもりですか!?」
大声で言うべきではないことを堂々と楓は言い放ち、その後、自分がどのようなことを口にしたのかを反芻するかのように思い返して、頬を赤く染める。心配してくれているのは嬉しいが、そうならばまず浴衣を着崩さずに活動してもらいたいと雅は若干ながらに思った。
「違うよぉ。どうせ君も、ディルの連れている子も、大した情報を得られないまま帰って来るだろうと思ってさぁ。だから、こうやって作戦会議を開くために、ディルの部屋に来ているだけぇ」
気だるそうに言って、ケッパーは部屋の奥へと進んだ。雅は上がり框で靴を脱ぎ、部屋でくつろいでいるディルに近寄る。
「本当なの?」
「ああ、本当だとも」
「ディルが他の人を頼るなんて、信じられないんだけど……」
「頼ってんじゃねぇよ。俺はケッパーを利用する、そしてケッパーも俺を利用する。基準は常に俺自身にあって、そっちのケッパーにもある。だから、頼っているのではなく、相互に利用し、利用される関係であるというだけだ」
それが頼るということではないんだろうかと思う雅だったが、ケッパーの視線があまりにも自身に刺さるので、悪寒を感じつつ、ディルの左に座り込む。リィもディルの右側に座る。
「ねぇ、ディル。ちょっとその子のそれ、見てやってくれないかい?」
「あぁっ? 短剣のことなら、事前に新しい物を買えと言っていただけで、」
そこでディルは視線を雅の左腰に差している短剣に向け、言葉を一旦、止めた。
「……どこで買った?」
「曰く付きの、武器を置いている、店で」
「見せろ」
「う、ん」
雅は鞘から白の短剣を抜いて、ディルを傷付けないように柄の方から差し出す。それを受け取ったディルが目を細め、天井の照明にかざすようにして眺める。
「あ、の……悪い物だったら、返品する、けど…………でも、それが使いたい、と言うか」
「波紋の光り方も、紋様も同じ、か。おい、ケッパー。テメェにも見せるが、湿った手で触ったりするなよ。クソガキが嫌がる」
知人に向けての速度とは思えない投擲で短剣をディルは投げる。しかし、ケッパーが見事に柄の部分から受け取める。やはり、ディルの知り合いはおかしな人ばっかりだ。
白い帯から始まり、短剣を隅から隅まで舐めるように視線が流れて行く。
「……良い剣だ。曰く付きの武器屋かぁ、こんな山間だからこそ、そういった店もあるのかな。そこではなんて呼ばれていた?」
「『血吸いの王』」
「ヒィッヒィッヒィッ! 酷い異名だ。まるで二次元に出て来る魔剣や妖刀の類だねぇ。けれど、酷い言われようでもあるなぁ。この剣に込められているのは、悲しみと絶望と、そして愛しさだけさぁ。それでも『血吸いの王』と呼ばれているなら、それは持つ者が、悲しみも、絶望も、愛しささえも理解せずに振り回していたからだ」
雅に向かってケッパーが短剣を投げ返そうとしたが、しかし思い直したのか丁寧な手付きで雅に柄を向けて差し出す。それを雅は両手で受け取り、鞘に戻した。
「幾らだった?」
「値札の半額で売ってくれた」
「はっ、気前の良い店主じゃねぇか。そんな代物が手に入るんなら、俺もその手の店にでも足を伸ばしてみるか」
「いやいや、ディル。僕らに箔は不要だよ。もう僕らが武器みたいなものだ。曰く付きの、生き残り。それに君は物をよく壊すから、やっぱり自分自身で生成した武器を振り回すのが向いていると思うよ」
何故だかディルとケッパーの機嫌は良くなっていた。先ほどまでは、ピリピリした雰囲気を漂わせていたのに、短剣を見たときから雰囲気が和らいだ。
「短剣代は俺があとで支払った額をテメェに寄越すが、水はちゃんと返せよ?」
「分かってるよ。ほら、2リットルのボトル一杯に入ってる。自分の今日の水も含めて4リットルも運ぶの疲れたんだから! 冷蔵庫の中に入れておけば良い? あとは勝手に査定所の方で預けるなりなんなりして。手数料の分は考えてないから、文句があるならあとでお願い」
雅は2リットルのボトルを一本ずつ冷蔵庫に運び、その中に収めた。
「それで、ケッパー。作戦会議ってなんですか? 作戦会議とか言って、実はなんにも考えていないとか、そういうオチだったら怒りますよ」
「情報を碌に集められなかった君たちを本来なら僕らが怒るべきなんだけどなぁ……ほんと、君には常識ってものがないよ。目上の人に対する優しさも気遣いも、敬いも無い。君さぁ、生まれる時空を間違えていたらきっと後悔してたよ」
「残念ながら私はこの時空に誕生したので、昔のことなんて考えてませんよーだ」
舌を「べー」と出しつつ楓はケッパーの隣に、結構な距離を空けて座った。
「さて、ちょっと下品な“人形もどき”も居るけれど、話を進めよう」
ケッパーが懐から折り畳まれた紙を取り出し、それを座卓の上に広げた。どうやらこの山間の街全体と、その周辺を記した地図らしい。




