【-刀剣屋-】
「はぁ……二本目もすぐに壊さないようにしないと駄目ですよ。討伐者にとって武器は商売道具みたいなものなんですから」
「分かってるよ」
雅だって討伐者になってからずっと使っていた愛着のある短剣をそう易々と壊したくはなかった。けれど、あのときは急いでいた上になにより、それ以外に投げる物が無かった。いわゆる断腸の思いで、投げたのである。長年、使っていたからこそぶち破れると信用して投げたという面もあるにはあるのだが。
水は荷物になるので帰りに査定所によって引き出すことにし、街の中を歩きつつ、鍛冶屋や刀剣屋があれば覗くことも含めて、情報収集に移る。
「言っても、なにをどう訊いたものか、難しいところですよ」
「討伐者に声を掛けても、獲物を取られたくないって思いから、情報を出してくれない人がほとんどだろうし」
「ワタシたちは、情報が多そうな歓楽街に入ることも禁じられているもんね」
ディルには行くなと言われている。言われれば言われるほど行きたくなるものだが、その後に続いたディルの言葉を思い出して、すぐさまその欲を捨て去る。
「そもそもセイレーンってどんな海魔か分かります?」
「五等級海魔、セイレーン。沖合いに出るものは深海級とも言われるが、知能はほとんど見られず野生的。集団で狩りを行い、主に歌声で人を引き寄せたところを狩る。一匹辺りの報酬は一万から二万。水はおよそ半月分」
「うわ、リィさんって物知りなんですね」
「ディルから覚えるように言われた」
「そうだとしても、その記憶力が凄いです」
楓とリィがキャッキャしている横で雅はウエストポーチから手帳を取り出す。退院の一日前にディルに手帳を返した。だから、今は自分自身が書き写した情報だけが頼りになる。数日で全てのページを自分なりの文章で書き写すには時間が足りなかったので、キリの良いところで手帳は取り上げられてしまったが、それでもセイレーンの記述は確か書いたはず、と記憶を頼りにパラパラとページを捲る。
「『知能を持つ異例のセイレーン。人間に近しい行動を取り、有利不利を判断し逃走するだけの戦況把握が出来る。歌声によって人を操り、奇襲を掛ける点においても、通常のセイレーンには見られない突飛な行動である。人を操るという点において、奇襲が成立するため操られていると分からない限り二度目、三度目の襲撃を受けたとしても対処法は不明。人形野郎に少しばかり勝算があるか』……この人形野郎って、ケッパーのことだったんだ。分からないからそのまま書き写してた」
「歌声で人を操るって、どういうことなんでしょうか。たとえば、私とか、もう操られていたりとかするんでしょうか? 本人の自覚無く、操られてしまうってことだったら、今、こうして雅さんと接している私のアイデンティティは一体どこに、」
「怖いこと言わないでよ」
歌声で人を操り、しかもそこにその人の意識が介在しないと仮定する。なら、楓は操られていないと言い切れるのだろうか。いや、それだけではない。自分自身が操られていないと言い切れるのだろうか。
それは、とても怖い話だ。自身が気付けば海魔の手先と化している。自然と、意識せずに、本能もなにも無く、ただセイレーンの操るがままに全て成すがままに動かされているのだとすれば、それは洗脳以外のなにものでもない。
「そう、ですよね。そんな怖い話をしても仕方がありません」
けれど、と楓は付け足す。
「私がもしも、雅さんに刃を向けるようなことがあったら、遠慮無く私を殺してくださいね」
「……私も、だよ。海魔に操られて人を殺すなんてこと、したくない。そうなる前に、私を殺して」
「約束ですよ」
「うん」
人殺しの約束ではあれど、その内容は果てしないほどに重い。だからこそ、それが現実にならないことをただ祈る。楓だって人殺しはしたくないはずだ。ディルと同等のイカれた男のケッパーを師事しているのなら、きっとあの男も人を殺すことを禁じている。
「あっ! あそこ、刀剣屋じゃないですか?」
「ほんと?」
雅は楓の指差した方を向いて、リィの手を引いて三人で店の中に入る。「御免下さい」と言ってみたものの、店員の返事は無い。しかし、店内に置かれている刃物を見れば、ここが討伐者の武器を売っている店であることはすぐに分かる。
幾つか武器の種類はあるが、短剣は台の上に丁寧に並べられていた。その内の一本を、雅は吸い寄せられるかのように手を取った。
ククリのように曲がっているわけでもなく、クリスナイフのようにうねった刃を持つわけでもなく、直剣を短剣サイズに縮めたような、どこにでもあるような短剣だった。しかし、光にかざすと波紋は綺麗に映り、よく分からない紋様のようなものも浮かび上がる。
「血を吸いたいと嘆いておるわ」
三人揃って、声のした方へと体を動かし、臨戦体勢を取る。
「店主に向かって、そのような殺気を向けるものではないぞ」
白髪に白い髭を生やした、腰の曲がったお爺さんが杖を使いながら雅たちの元へと歩く。
「ここは曰く付きの代物が揃う刀剣屋でございます。討伐者の中には箔を付けたがる者がよく居られるのでのう。ここの曰く付きの代物を買いに来る者はあとを絶ちませぬ」
雅はお爺さんが手を差し出すので、手に持っていた短剣を恐る恐る返す。
「もっとも、箔を付けた討伐者方が果たして、ここにある曰く付きの代物を使いこなせているかは別でございますがのう。売った内の半分は、買った討伐者の血を吸って、返却されておりますゆえ」
豪快に笑い、お爺さんは近場に置いてあった椅子に腰を降ろした。
「え、と……普通の短剣は、売っていらっしゃらないのですか?」
楓が雅の代わりにと訊ねる。
「言ったでございましょう。ここにあるのは全て曰く付き。箔を付けたがった討伐者に買われ、その最期を看取り、そしてその半数が戻って来た、血塗られた刃ばかり。昔は血で磨けば妖刀が出来上がるなどと蒙昧な話もありましたが、血に濡れた砥石を使っても、できる物はナマクラばかりなのがもっぱらのところでございます。もしも血で研ぐことが刃にとって相応しきことであったのだとしても、そのような物が世に出回るわけもございません」
「どうして?」
雅は動じず、訊ねる。
「血を吸った刃は、必ず血に塗れるものでございます。飾ろうとそれは変わりはしないのです。いずれ、持つ者の喉を、胸を、腹を引き裂くものなのです」
「……ここ、危ないお店ですよ。別のところで探した方が良いです、絶対」
そう楓は耳打ちして来るが、雅は構わず並んでいる短剣を一つ一つ見て行くことにした。




