【-三人で-】
「すいませんでした! でも、あんまりこっちを見ないでください! すぐ、下着も身に付けて浴衣も着ますので!」
「うん……」
言われた通りに雅は視線を逸らす。その間に楓は「ひゃぁっ! いてっ! んぎゃっ!」と七転八倒する音と声がしたものの、二分ほどで「もう良いですよ」と許可が出たので雅は視線を戻した。
下着はちゃんと身に付けているが、やはり浴衣は昨日と同じで着崩している。
もう、注意したところで直らないだろうな。
目の前の年下の女の子の衣服に関して、雅は諦めることにした。
「どうも、お恥ずかしいところを見せてしまい……」
「寝惚けるにしても、もうちょっとあるんじゃない?」
「それは、朝から寝るまでストレスの溜まる相手と一緒に居るので、目覚めるとある種、爆発してしまうと言いますか」
「理性が眠っているから本能に忠実になる、みたいな?」
「そう、そうです……そうなんです。なんかこれが嫌みたいで、ケッパーは私が覚めるより早くにどこかに行っていることが多いんですよ。はぁ、ほんと、あの人に対しても似たようなことしているとか…………吐きそうです」
寝惚けて全裸になることが日常化しているのなら、雅だって嫌である。あの生理的に受け付けない男に少し同情するべき事柄ができてしまった。
雅は溜め息をつきつつ、林檎飴を食べ終えて、残った棒をゴミ箱に投げ入れた。リィは雅より先に食べ終えていたが、口の周りをベタベタにさせていたので、顔を洗うついでに洗面台で彼女の口周りも洗ってあげた。
「それでは雅さん、一緒に買い物に行きましょう」
「なんで、そうなるの?」
凄く自然と、素の声が雅の喉の奥から出てしまった。普段から考えて物事を言う方ではあるが、こればかりは考えずに出ていた。
「え、あれ? 意外と乗り気じゃなかったり、します?」
「あんな痴態を見させられて、しかも胸を揉まれた相手と、なんで買い物に行かなきゃならないの」
「え……私、胸を揉んじゃいました? でも、揉める胸があるだけ良いじゃないですか」
「そういうことじゃ、なくて」
雅は項垂れる。楓の性格は明朗快活すぎるのだ。雅が楓のような痴態を晒したなら、およそ一週間は立ち直れない。なのに彼女は物の数分で、無かったことのように振る舞ってしまう。後悔して、落ち込むというプロセスを挟まないのだ。挟んでも立ち直りが早いのだ。雅のようなネガティブな人間にはそれが眩しすぎて辛い。
「良いじゃないですかー。雅さんもディルに情報収集しろとか言われてるんでしょう? 私もケッパーに情報を集めろって言われているんです。やることは同じ。だったら、二人より、私を加えた三人で動いた方がなにかと捗りますって」
「そうかなぁ……」
振り回される未来しか思い描けない。雅は水の入ったボトルを冷蔵庫から取り出してコップに注いで一気に飲み干す。入浴後と夕食時に結構な量を飲んでしまった。どちらにせよ、雅は査定所に行って水を引き出さなければならないため、さほど気にすることでも無いのだが、やはり手元に潤沢に水が置かれていないと不安は付き纏うものだ。
ウエストポーチを身に付け、一本だけになった鞘に収められた短剣を右腰に差す。
「それとも雅さんは、あれですか? 私に一人で活動しろと言って、除け者扱いするような酷い人なんですか?」
「違う違う! それはぜーったいに違うから!」
ウルウルと今にも泣き出しそうな目で見つめて来るものだから、雅は必死にそれを否定する。
「じゃぁ一緒に行きましょう! 三人寄ればなんとやら、です!」
潤んでいた瞳はどこかへ放り出し、楓はパッと表情を切り替えた。
「そこまで言ったんなら最後まで言おうよ」
三人寄れば文殊の知恵。確かに雅とリィだけで情報収集するというのには、一抹の不安があった。元より雅は他者と交流することが苦手であるし、リィにそれを任せるのも荷が重い。そして、楓のような可愛い少女を一人出歩かせるのも、忍びない。
「分かった。でも、私やリィはあんまり知らない人と話をするのが苦手だから、ほとんどを楓ちゃんに頼ることになっちゃうと思うけど」
「そーんなの、お安い御用です。いつもケッパーと一緒に居るんですよ? あの人もコミュニケーション能力とかほぼ皆無ですからね? 私が普段、どれだけセクハラとツッコミと他者との会話役で振り回されているか……」
なにやら思い出したらしく、楓の表情が一瞬だけ暗くなる。しかし、雅の方には輝くくらいに眩しい笑顔を向けて「さぁ、レッツゴーです!」と告げる。
「行こっ、リィ」
リィが靴を履くまで雅は待ってから、楓のあとを早足気味に追い掛ける。勿論、ドアの自動ロックが掛かったかどうかはしっかりと確認した。
「うん……なんだか、騒がしくなりそう?」
「悪い子じゃないから」
「うん、そんな気がする。葵お姉ちゃんとはまた別の、優しい感じ」
「ほら早く早く! 外の空気は――まぁ最悪ですけど、部屋に籠もってばかりじゃ、見えるものも見えませんよ」
早朝にも関わらず、民宿の外は多くの人があちこちを行き交っている。仕入れの台車を押している人も居れば、料理の仕込みのためか大量の食材を抱えて建物に入って行く人も見えた。
「昨日、露店で林檎飴を頼んだときに耳にしたんですけど、ここの変質の力を持っていない方たちはみんな、使い手に飼われているようなものみたいです」
「奴隷、ってこと?」
「そんな酷い扱いは受けてはいないみたいです。下働きなんて言いますけど、働いている分、ちゃんと三食付きでお金も少ないながら入るみたいです。重労働とは言っても、肉体労働以外にもちゃんと、男性女性、そして年齢に合った仕事を割り当てられているみたいです。ただ、そのせいで私たちみたいな討伐者を怖がったり、嫌っていたりする人も居るそうですけど」
「……そっか」
一般人がどのような重労働を課されているのかと思ったら、このように街を支える縁の下の力持ちとして働かされているらしい。もっと悲惨な現状があるのかと思っていた雅にしてみれば、胸を撫で下ろすばかりだ。
「あのさ、鍛冶屋ってあるかな?」
「鍛冶屋兼刀剣屋さんなら、あるかも知れませんね。これだけたくさんの討伐者が居るなら、大儲けしないはずありませんから」
「できれば、短剣を買いたいんだよね。私、一本じゃなくて二本使うから」
「一本は予備で?」
「ううん。最初はそのつもりで二本持ちだったんだけど、討伐者を続けて行く内に、片手に一本ずつの剣戟回数を増やすことを重視するようになったの。ほら、短剣って、人を相手にするなら充分だけど、海魔相手だったらそこまで傷付けるのに向かないでしょ?」
「まー確かに。私も電流を浴びせるときに使うくらいですし。強盗――人を気絶させるときも傷付けるというよりも接触させるために、短剣を使います。元からこの形だから、『雷使い』としての電流を纏わせるという部分が、上手く働きやすいというのもありますけど」
差していた短剣を抜いて、楓は手元でクルリと回す。
「楓ちゃんはたくさんの武器を上手く使いこなせるから良いけど、私は短剣しか使えないから。だから、できれば頑丈なのを新しく買わなきゃ駄目なの」
「一本目はどうなったんです? 言っちゃアレですけど、武器ってそう簡単に壊れないようにできていると思うんですけど」
「……えーっと、一本目はね」
「お姉ちゃんの力で加速させて分厚い扉をぶち破って壊したの」
リィが言い辛そうにしている雅の代わりに言った。
「え? 分厚い扉……? あの、民宿の扉みたいなものですか?」
「あれよりもうちょっと分厚い、かな」
「なんですかそれ、信じられないんですけど! 一体どうやって扉をぶち破って……というか、それじゃどんな物でも壊れちゃいますよ!」
年下に驚かれ、怒られるというのはなんとも歯痒いものがあった。




