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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
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【-早朝-】


「起きろ、クソガキ」

 朝から荒々しい声が耳に響き、雅は目を覚ます。腕時計で時間を確認してみると、午前六時を少し過ぎていた。

「まだもうちょっと寝ていたかったのに」

「うるせぇ、支度を済ませて朝食を摂ったら出掛けるぞ」

 雅は瞼を擦り、そこで自身の格好を見て赤面する。眠っている間に帯が解けて、あられもない格好になっている。ほとんど下着が見えてしまっている。まだ布団を被っていたので、ディルには気付かれていないが、これはさすがに恥ずかしい。


「ディル、あっち向いてて」

「……うぜぇ。クソガキが着替える度にこんな面倒なことを命令されなきゃならねぇのか」


 文句を言いつつもディルは窓の外を眺め始めたので、その間に雅は素早く浴衣を脱いで、枕元に置いていたいつもの服に着替えた。

「もう良いよ。ありがとう」

 雅は着ていた浴衣を帯と共に綺麗に畳みつつ言う。

「着替えがもうワンセットあれば良いのになぁ」

「浴衣に着ている間に服を洗濯に出しやがれ」

「だって、誰が洗うのか分かんないし。それに海魔の襲撃があったら、浴衣じゃ身を守れないじゃん」

 確かに大浴場の近くには『洗濯物についてはお気軽にお申し付けください』という張り紙があった。けれど、自身の服を一体どこの誰が洗うかも分からないのに、そう易々と預けられるものかと思って、そのサービスを受けることはしなかったのだ。


「まぁ確かに、テメェの言いたいことも分からなくはねぇ。だが自分で洗濯する環境が無い以上はそこを利用するしかねぇよ。ほら、ポンコツも起きろ」

「……ディル、お風呂は?」

 目を覚ましたリィが、雅以上にあられもない格好でディルに訊ねる。

「テメェらが寝ている間に済ました」


 どうやらディルは浴衣を着るつもりはないらしい。なんとなく、ほんとに僅かながら、ディルの浴衣姿を見てみたいと思っていた雅にしてみれば、つまらない展開ではある。

「おら、ポンコツ。テメェはその緩んだ腰帯と細帯を締め直せ」

 リィが首を傾げているので、雅が代わりに帯を締め直す。

「ポンコツは今日一日、浴衣で過ごせ。そいつの服は洗濯に出す。クソガキは、そんなに服を他人に預けたくないならもうワンセット、ここで服を揃えろ。そうすりゃ、片方を変質者に盗られたって困ることはねぇだろ。それについては金を出すつもりはねぇ。俺が奢るのはあと一つ。テメェの短剣代だけだ」

 雅にしてみれば、これまでの大盤振る舞いを異常だと思っていたくらいだ。宿泊代、水、食事代、腕時計代。どれもこれもディルが支払っていたのだ。そして宿泊代と食事代をどうやらディルは今後も払ってくれるらしい。ここに更に短剣代まで加わる。さすがにこれ以上は貢いでもらっているような、そして、タダ飯喰らいをしているような気持ちになってしまって落ち着かなかったところだ。

 衣服やその他雑貨は、これまでで稼いだ雅自身の財布から充分に揃えられる。そこまでねだるほどの強欲さを雅は持ち合わせていない。


 言っても、そのこれまで稼いだお金というものも、ディルの手助けがあって稼げた分が大きいのだが。


 葵と二人で討伐したストリッパーの報酬。そしてレイクハンターと多数のストリッパーの報酬。レイクハンターの報酬の三分の二はディルに取られ、その後、片付けたストリッパーの報酬についても雅はほとんど討伐を手伝っていなかったので四分の三ほどがディルの儲けになった。それでもあまりあるほどの額が、そして水が雅の懐には入っている。それが分かっているからこそ、ディルは「たまには自分の金を使え」と言っているのだ。

「分かった。じゃぁ、お店を見て回る時間はくれるんだ?」

「聞き込みが終わればあとは自由時間だ。歓楽街に行かないと誓うなら、な」

「うん、絶対に行かない。行くわけ無いでしょ、そんな破廉恥そうなところ」

 言いつつ雅は冷蔵庫に入れっ放しにしていた林檎飴を思い出して、それを取り出す。


「朝食代、勿体無いならこれで済まそうよ。それにディルのことだから、朝食を待っている時間が勿体無いとか、言うでしょ?」


「クソガキにしてはなかなかの提案だ。それなら食べながら歩けるだろうしな」

 ディルは雅から林檎飴を受け取り、固くて簡単には齧れそうにないそれをバリバリと噛み砕いて、食べて行く。相変わらず、ディルの歯と歯茎の頑丈さには驚かされる。真似をしたら歯が折れそうなので、雅は舐めて、林檎飴の甘さと美味しさを味わいつつ少しずつ食べて行く。

 リィも最初は不思議そうに林檎飴を見つめていたが、雅の食べ方を見習って上品に食べ、その甘さと美味しさに頬を綻ばせていた。

「俺は先に出るぞ。集合は午後三時に、この部屋だ。昼食は各自で摂れ。そこのポンコツを見失うことが無いようにしろ。まぁそのポンコツは、たとえ見失ったところで俺の臭いを辿ってここには戻って来られるだろうが、妙なところで捕まったら面倒だ。分かったか、クソガキ」

「わふぁった」

 林檎飴を齧りながら雅は首をコクコクと肯かせ、ディルはその暢気な顔を見て小さな舌打ちをしたのち、部屋を出て行った。

「なんか、随分と急いでいるように見えたね?」

「ケッパーと落ち合う約束が、あるんじゃない?」

「……あり得る」

 何気ないリィの言葉も、(あなが)ち冗談とは言い切れない。だが、ケッパーと約束があるからといって特段、雅たちが困ることもない。


 困るとするならば――


 呼び鈴が鳴って、雅は覗き穴から来客を確かめ、扉を開けた。


「ディルさんがこの部屋から出て行ったのを見て、もしやと思ったんですけど、やっぱり雅さんはこの部屋にいらっしゃったんですね」


 半分寝惚けた顔で、そして昨日の夜に会ったときよりも果てしないほどにあられもない格好で、楓は雅に詰め寄る。


「朝、目を覚ましたらケッパーが居なかったんです。信じられます? 信じられませんよね! あり得ないですよ、あんなの! なんでみんなあんなに朝が早いんですか!? わけが分かりませんよ! それに林檎飴! あんなにたくさん買った林檎飴のほとんどをケッパーが食べ尽くしてました! カロリーとか糖尿病とか気にならないんですかね、あり得ませんよ!! というか、なんで私は置いてかれたんですか!」


 楓は寝惚けたまま異様な剣幕で、そうまくし立てて息を荒立たせている。

「落ち着いて」

「あぁ、もう! なんでケッパーより先に雅さんと出会えなかったんでしょうか! 雅さんと出会っていたら、ケッパーに師事なんかせずに、二人で切磋琢磨していたはずなのにぃ!」


 扉が閉まり、そして楓は帯と浴衣を脱ぎ捨てて、更には下着すらも脱ぎ出した。

 どうやら、これだけ喋っているのに未だ夢現(ゆめうつつ)であるらしかった。


「落ち着いて」

 同じ台詞を二回遣ってしまうくらいには雅も戸惑っていた。ほぼ全裸の同性に入浴以外で近付かれることに僅かながら、なにかの危機感を覚える。

「私、あることはあるんですけどペッタンコなんですよ。ペッタンコなことケッパーに馬鹿にされてばっかりで、雅さんはまだ胸があるから良いですよね。ほら、こうやって寄せて上げるだけの大きさはありますもんね」

 なんの迷いもなく、楓は服の上から雅の胸を両手で(まさぐ)る。


 なんで私はリコリスやこんな子にセクハラばっかり受けてんの?!


 異性でないだけまだマシだが、だからといって同性に胸を弄られたいなどという思いは塵一つも持ってはいない。

「起きて、楓ちゃん!」


「はぁああ! 私もこれぐらいあったらなぁ……。これぐらいあったら、スポーツブラじゃなくてもっと艶かしいブラを付けられるのに。下着だけ大人っぽいものにしても虚しいだけですし」


「楓ちゃん!」

 心の中で御免と言いつつ、雅は楓の頭に拳骨を落とした。

「ふぇ…………っ! あれ……? 雅さん、おはようございます。でもどうして雅さんが私たちの泊まっている部屋に?」

「逆! 逆だから! 楓ちゃんが私たちが泊まっている部屋に来たの!」


「へー、そんなわけある…………あるじゃないですか。え、なんで私、素っ裸になってるんですか?! え、もしかして雅さんが?!」

「自分から脱いだんでしょ!」


 悲鳴を上げそうだった楓にツッコミを入れ、その大声で楓の頭が瞬く間に整理されたらしく、すぐに落ち着きを取り戻した。

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