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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
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【-浴衣-】

「今日は一人一本だ」

「ありがと」

「緩み切った顔ではしゃぐな。旅行に来てんじゃねぇんだよ。明日になったら、テメェも情報収集だ。俺は歓楽街を担当する」

「酒とか煙草とか……もしかして、性欲の発散……とか?」

 強い舌打ちに雅は怯え、冷や汗を流す。


「俺が酒や煙草、薬に女に溺れると思ってんのか? 無知なテメェが歓楽街に入ったら、どこぞのストリップショーに参加させられて、変態野郎どもに高額で売り払われるぞ? そうなりたいんだったら、止めはしねぇが?」


 義眼も合わせた両方の目から迸る怒気を感じ、雅は強い否定を示すために首を横に振る。

「へ、変なこと聞いて御免なさい。やっぱりちょっと浮かれてた。先に大浴場に行って来るから……!」

「三十分で帰って来い。それ以上を過ぎたらテメェとポンコツの分の料理は注文しねぇ」

「分かった!」

 リィが深く肯いたので、雅もそれに(なら)う。入浴を楽しみ、料理も味わいたい二人にはディルに反抗できるだけの余裕は無い。

 なにせ代金は今日に限ってディル持ちなのだ。この男が言ったことに逆らうと、料理は本当におあずけになってしまう。

「あと、浴衣を着るなら右前だ。左前にしたら縁起が悪い」

「右を前に出るように着るの?」


「馬鹿が。右が手前だ。左を上に被せろ。テメェの言っているのは左前だ。死者の着方になる」


「う……気を付ける」

 討伐者としてでもあるが、なるべく縁起の悪いことからは避けたいものだ。浴衣を手元に握り締めている時点でディルはなにもかも察していたらしい。

 カードキーをポケットに入れ、下着は浴衣とバスタオルを載せて隠し、空いた手でリィの手を掴む。

「ディルは行かないの?」

「俺は誰も居ねぇ時間帯にしか行かねぇよ」

 そうなのか、そうなんだ、と自己完結させつつ雅はリィと一緒に部屋を出る。廊下を歩いてフロントに出たところで、大浴場の立て看板を見つけ、矢印通りに民宿の廊下を進む。

 大浴場の女湯の暖簾(のれん)を潜り、リィと一緒のカゴを使って服を脱ぎ去り、タオルを体に巻いた。カードキーだけは盗られたくなかったので、番台の人に防水のカードケースを借りて、紐でネックレスのように身に付けた。


「ふぁあああ~」


 雅は広々とした浴槽を見て再び感動する。ここに来てから心が弾むことばかりである。

 が、すぐに浸かりたい気持ちを抑えてまずは体を洗う。客船型戦艦のときと違って、蛇口が多く設置されているのでそう待たずに、そしてリィの隣で髪も体も時間を掛けて洗うことができた。


 その後、掛け湯をして岩盤の浴槽にゆったりと浸かる。


「いぎがえるぅううう」


 リィが深くまで湯に浸かり、溶けるのではと思うほどに頬を緩ませている。この光景は以前にも見た。けれど、このとき一緒に笑った友人は、もう隣には居ない。


 まだ引きずっている。


 雅は顔にお湯をパシャッと掛けて、気分を強引に持ち上げる。終わってしまったことをズルズルと引きずらないようにしなければならない。でなければ、またディルに訓練を中断されてしまう。

「腐る前の世界だったら、露天風呂にだって入れたんだろうなぁ」

 お湯に浸かりながら夜空を見上げる。想像しただけでも、心が踊る。実際に入れていたならば、どれだけ幸せなことだっただろうか。

 こんな世界では、外気に触れつつ、お湯に浸かりながら夜空を眺めることもできない。

 だからこそ、想像だけで楽しむ。お湯に浸かれば疲れは体から流れ落ちてくれる。気持ちもリラックスする。


 出来ないことを残念がるよりも、出来ることを楽しんだ方が良い。


 大浴場を楽しむだけ楽しんだのち、雅はリィに声を掛けて脱衣所に上がった。バスタオルで体を隅々まで拭いて、替えの下着を着けたのち、楽しみにしていた浴衣を着る。右側を手前に、左側が前に出るようにしたのち、腰紐で結び、続いて細帯を巻いて行く。細かい巻き方や結び方が分からなかったので、できるだけズレ落ちないように、そして長さを調節しつつ最後は蝶々結びで妥協する。

 リィの浴衣も同じように着付けた。ここで見知った人に出会って恥を掻くわけでもない。なにより、浴衣の着付け方にうるさいような人が見知った相手に居るわけでもない。下着が見えないようにさえしていれば、どうこう言われても恥ずかしいとは思わない。

 雅は替えた下着と服を大浴場に持ち込んで水気を絞ったタオルと、体を拭いたバスタオルに包んで隠す。リィの服も似たようにバスタオルで包んで隠させて、カードキーを取り出し、番台にカードケースを返却した。


「なんか……スースーする」


 ディルと会ってからスカートを履いていなかったので、浴衣の涼しさがやや落ち着かない。しかし、窓に映った自分の姿を見て、すぐに気分は高揚する。

「あ、雅さん!」

 自身の泊まっている部屋に戻る廊下に入ったところで、背中に声を掛けられたので振り返る。

「楓ちゃん?」

 外から帰って来たのであろう楓の手には林檎飴があった。

「露店で買っちゃいました。一つ――あ、三つあげましょうか?」

「え、良いの?」

 雅はそんなつもりは無かったのだが、こんなに気前が良いと、逆にその誘いに裏があるのではないかと思ってしまった。

「構いませんよ。ケッパーが十本も買って、困っていたところですから。私、半分持たされているんですよ。二つや三つ減ったって食べ切れないに決まってるんですから、構いませんよ。どうせ、少ないとか多いとか言うだけだし、ケッパーは」

「ありがと。じゃ、三つ貰うね?」

「はい」

 楓から林檎飴を三つ受け取り、雅は自然と表情を崩す。

「露店かぁ、私も行きたかったなぁ」

「ほぼ毎日出てるみたいですよ? 明日、あの人になんとかして許可を貰えば大丈夫ですよ」

「その許可を貰うまでが大変なんだけどね」

 雅は言いつつ、楓の格好を見る。


「少し、着崩しすぎじゃない?」

「ほぇ? ああ、浴衣ですか?」


 楓は雅と同じで浴衣姿なのだが腰紐と細帯の留めが緩いのか、ちょっとでも動くと下着がチラリと視線に飛び込むくらいに、崩れている。ただ右前ではちゃんと留めているので、恐らくケッパーに雅がディルに言われたように「縁起が悪いから」と教わったのだろう。


「別に良いじゃないですか、涼しいですし。歓楽街にさえ行かなきゃ問題無いです。下着の一枚や二枚見せたって、その奥さえ見せなきゃ私、恥ずかしいと思いませんから」

「それは、女の子としてどうなんだろう……」

「だって毎日、短いスカートとオーバーニーソックスですよ? 機敏に動くたびにパンチラしまくりなんですよ? 嫌でも慣れますよ。パンツやらブラやら見られたってどうってことないんですよね。裸はさすがに困りますけど」


 これをディルが聞いたら大問題である。下着を見られて恥ずかしがらない女の子がもしも居たなら、雅はこれから先、旅においてディルの前でだって服を着替えてやると啖呵を切ってしまっているのである。だから、楓の存在はある意味で雅には危険だった。


 なんで、あんな賭けみたいなこと言っちゃったかなぁ……。


 項垂れる雅に楓は可愛らしい相貌で首を傾げた。

「なにか私、変なこと言いました?」

「言ってはいないけど、恥じらいは持った方が良いよ」

「え、ああ、はい。恥じらって、死んじゃうよりはマシかと思いまして」

 楓はいまいち分かっていないらしく、林檎飴を齧りつつ返答した。

「お姉ちゃん、時間」


「え……あっ。こんなところで喋っている暇、無いんだった。じゃぁね、また会いましょ!」


「はい。なんだか分かりませんが、貴重なお時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

 楓が手を振っているので、早足で歩きつつ手を振り返し、急いで部屋の前まで行くと、カードキーで扉を開けて二人揃って室内に雪崩(なだ)れ込んだ。

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