【-山間の街-】
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「ちょっと待って、あり得ない」
楓とケッパーの二人と別れてから程なくして、三人は山間の街に着く。
“町”ではなく、“街”である。浜辺で暮らして来た雅にとっては大きな建物が並び、予想以上の人々の数に唖然とした。ネオンの看板が輝き、夕方を過ぎても尚、人々が行き交うそこは、不夜城と呼んでも相違ない大きな街だった。供給源が一体なにであるのかは分からないが、ここには焚き火やランプといったものではなく、電気が行き渡っているようだ。
石造りの壁で海魔の侵入を阻んでおり、街に入るためには街門を開いてもらう必要がある。雅やディルのような討伐者ならば、討伐者証明書を見せるだけで通してもらえるが、一般人や討伐者に属していない使い手は然るべき申請をしてからやっと中に入れるらしい。リィはディルの連れている子供という体であるため、怪しまれずに通してもらえた。
討伐者の肩書きはここでも絶対らしい。ただし、客船型戦艦と違い、査定所と討伐者の関係は逆転していない。そのためか、行き交う人々の合間合間に見える瞳はギラギラしており、まるで飢えた獣のようだ。ここに居る討伐者は、牙が折れていない。
人は浜辺から山奥へと逃げるように住処を移した。そう聞いてはいたものの、いざこうして目にすると驚きを隠せない。これだけ多くの人がまだたくさん居たのだと、微かな希望も抱くことができる。
「ここは、浜辺から逃げた人間が築き上げた娯楽の街だ。山間には、こういったところがたくさんある」
「……外国だと、どうなの?」
日本の外を見たことのあるディルにとって、この光景はどのように映るのか、気になった。
「こういった街は、使い手や討伐者ではなく、変質の力を使えない一般人が籠城していたな」
「そうなんだ……」
雅にとっては初めて見る景色である。どれだけ自分が井の中の蛙であったかを実感し、ただただ感動に浸ることしかできない。
「クソガキが子供みてぇな目をしているのは、驚きだな」
「私、まだ子供なんだけど」
「はっ、いつも目を血走らせて生きるか死ぬかの瀬戸際で一杯一杯じゃねぇかよ」
鼻で笑い、ディルは勝手に前を歩いて行く。
「待ってよ! 私、もっと色んなところを見て回りたいんだけど!」
「明日でも良いだろ、それは。疲れてんだよ、俺は。テメェも限界なんじゃねぇのか?」
「う……そりゃ、そうだけど。でも、どうせ明日だって外を歩かせてくれるようには思えないんだもん」
「勘の良いクソガキだな」
予想通りだった。雅はディルに反発するように距離を置く。
「もっと見て回ったって良いじゃん!」
「良いか、クソガキ? 俺は電流を浴びて、疲れてんだよ。テメェが駄々を捏ねるんなら、さっさとその腹を蹴り抜き、動けなくしてから担ぎ、民宿に運ぶってだけだ」
「ちょっとぐらい良いでしょ? 私、こういうところ来たの初めてだし」
「だから目を血走らせていたクソガキはどこに行ったんだ。うぜぇし面倒くせぇ。言うことを利け。でねぇと、テメェをそっちに放り込む」
「そっち?」
ディルが指差した方向に雅は目を向ける。
「そっちは酒と煙草、薬に艶美な女の蔓延る歓楽街だ。一歩でもそこに入れば、テメェもただの子供から性の対象に切り替わる」
「……意地悪」
足が竦んでしまい、動けなくなってしまった。街に着いたときの感動が一気に薄れ、疲れが来たためか足が激しく痛む。
「分かったわよ」
リィの手を引いて、ディルのあとを付いて行く。これだけの人混みなので、見失わないか心配だったのだが、この男の歩調はいつもより遅く見失うことはなかった。
これはきっと気を利かしたのではなく、本当に電流を浴びて疲れているからに違いない。だから雅は心の中でも外でも感謝することはなかった。
着いた先は、とても大きな民宿だった。立て看板に『討伐者及びその同行者以外お断り』の文字がある。この民宿はどうやら、討伐者専門の宿泊施設のようだ。無論、そんなところに雅が来たのは産まれて初めてである。入り口からフロントに至るまでの全てが雅にとっては珍しいもので、どこを見ていても飽きることがない。
「ちっ、空いている部屋は一部屋か」
「申し訳ありません。例の討伐の話が持ち上がって、ここにも多くの討伐者方が来られたので」
「そりゃ仕方がねぇな。繁盛している分、安くしろ」
「安くはしませんが、全力でご配慮させて頂きますし、最高のおもてなしをさせて頂きます」
「商売上手だな。結構な話じゃねぇか。なら三人分の初日分をまず払う。その後、何日泊まるかは分からねぇが部屋は取っておけ。そして出て行くときに纏めて泊まった分を払ってやる」
「では討伐者証明書をコピーさせて頂きますので一時お預かりします。そちらの……お嬢さんも、よろしいですか?」
雅はディルに促され、討伐者証明書をカウンターの人に預け、しばらくして返却される。
「こいつは俺が連れ回しているガキだ。同行者なら、構わねぇな?」
ディルがリィを指差す。
「はい」
カウンターに立っている人は一切、嫌な顔をせずに肯いた。それから手続きと電話を済まして、仲居が民宿の奥からやって来る。
「お部屋にご案内させて頂きます。皆様のお部屋はこちらになりますので、こちらへどうぞ」
「行くぞ、クソガキ」
周囲を見渡している雅にディルの罵声が飛ぶ。「はい」と答えて、リィの手を引いてディルを追い掛けた。そして民宿に入って右側奥の部屋を仲居がカードキーを使って開ける。
「こちらになります。お部屋のカードキーをお渡しします。なにかと騒がしいところですので、防犯や防音も兼ねて扉はオートロックとさせて頂いております。カードキーを部屋に置いて忘れてしまった場合のためにもう一枚……こちらはお嬢さんにお渡ししておきますね? もしも両方のカードキーを中に置いたまま外に出てしまった場合は、カウンターの方へご連絡ください。お部屋の中を案内しましょうか?」
「必要無い」
「承知致しました。それでは、食事などございましたら部屋のお電話の方、お使いください。討伐者様方が泊まっている民宿ですので、誰かが呼び鈴を鳴らしても、しっかりとチェーンを掛け、そして覗き穴でご来室の方がどなたかを確認してからにしてください。これらを守らずに起こったトラブルについては、こちらは責任を持つことができませんので」
「分かった」
「それでは、私はこれで失礼させて頂きます」
仲居は深くお辞儀をしたのち、業務に終われてかそそくさと入り口の方へと戻って行った。
「部屋に入るぞ、クソガキ」




