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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-渦巻く戦禍と狂った男-】
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【-妄想に耽る男、経験により-】


 男は自らの出生を振り返ってみる。


 親の血が自身に流れているのだと実感する。


 両親はまだ世界に『穢れた水』が存在しなかった頃、日本にやって来た。理由は「日本の漫画、アニメほどアメイジングでエキサイティングなものはないという強い気持ちがあったから」らしい。


 そんな両親を持ったためか、一時期は強い反抗心を持っていたが、自身が『木使い』として目覚め、両親から離れて生きることになったとき、本当に独り立ちできるのかという不安に押し潰されそうな毎日だった。


 自身を勇気付けるために、家から持って来た異世界を旅して戦う英雄の漫画を読み直した。


 感動し、そして両親が熱中していた本当の意味を知った。それから、男はヒーローになりたいと思い、海魔の討伐に全てを捧げた。


 その頃が、男の絶頂期だった。だから首都防衛戦にも参加した。


 ヒーローは必ず参上し、必ず勝利を掴み取る。だから自身がこの、アメイジングでエキサイティングな漫画やアニメを生み出した日本の首都を守ることができたなら、きっと自身が読んで感動し、視聴して感動したあのヒーローになれると思ったのだ。


 結果、心を病んだ。


 ヒーローになることができないのだと体感するほどの絶望を、男は味わった。


 夢や希望に満ち溢れていた男の脳内を、現実という名の事実が蹂躙した。


 自らにヒーローたる資格はどこにも無く、倒れても倒れても立ち上がりたいと思えるような強い熱意も欠片ほども持ち合わせてはいなかった。


 惨憺(さんたん)たる光景。凄惨(せいさん)なる世界。しかし、美しくも儚く、悲しくも醜い世界の中で、男は生きたいと思った。そう思った瞬間、男の中からヒーローは消えた。


 その感情は、その感覚は、ヒーローが持ってはならないものだからだ。


 “生きたいと願って戦うヒーローは居ない”。


 どんなヒーローも自らの命を賭して、時には命を落としてでも、大切な者を守り抜く。即ち、“生きたい”という願いは、ヒーローに守られるべき立場の人間が抱くものなのだ。


 だから男は夢から現実へと舞い戻った。しかし、三次元の物体、事象、人間を愛することはできなくなってしまった。そして、今まで夢を見続けていた分、現実というものを冷ややかに見つめるようになった。


 この世にあるもの全てに、どのような感情も抱くことが無くなった。異性を見ても興奮することは無くなり、喜怒哀楽が消失した。いや、実際には笑うこともあるのだが、本当に心の底から笑うような感覚は、かつてよりあったそのような感覚は、もう男の中からは“喪失”していた。


 だから、男は妄想に(ふけ)る。妄想を語る。幻想を口走る。そうして頭がおかしくなった自身を演じる。何故ならば、首都防衛戦の生き残りを、一部の人間が“英雄視”していたからだ。自身はヒーローでは無い。ならば、そのように見られるのは苦痛しかない。


 狂ってしまいそうなほどに現実を見つめている男は、狂っているのかと思われるほどの幻想を語る。“禍津神”という異名を知らしめたのは、自身を“英雄視”していた街を一つ、人を殺さずして壊してしまったからだ。だが、そのおかげで自身を英雄などと思う者はほぼ居なくなった。


 苦痛から解き放たれた頃、男は既に“元の自分”を見失っていた。だからこのまま、狂っていると思われる生き方を続けることにした。


 それを続けること、二十年。もう“元の自分”はどこにも居なくなっていた。


 おかげで、随分と気持ちは楽になった。

 狂人として思われているおかげで、人は近寄らなくなった。そして妄想を膨らませることで、自らが作り出した人形に我欲をぶつけることもできるようになった。この世界で一番厄介なことは、我欲に溺れて他人を傷付けかねないことだ。街を一つ壊してしまったからこそ、その経験から男は全ての欲を人形だけに向けるようにした。


 しかし、人形はいつだって男の全てを受け止めてくれたせいで、男の言うことを利かない全ての人間は、人形以外のなにかにしか見えなくなった。


 男の生き残ってからの人生を狂気と呼ぶのなら、こんな世界になっても尚、生きようとする、その人間の図々しさもまた、狂気だろう、と男は思っている。

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