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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
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【-変質-】

 複数の箇所に空気の変質を行う。ということは、集中力もいつもの倍は必要になるだろう。普段から空気への干渉に関しては成功率が極めて低いのだが、『風使い』としてその成功率も上げて行かなければならない。

 腐っても討伐者であり、使い手だ。それも、五行の枠を越えた異端者だ。知り尽くされ、研究され尽くされている五行の使い手たちに比べたら、苦行以外のなにものでもない。なにせ自分一人で発見し、実践し、応用しなければならない。予習も復讐も自分一人。中学のテスト対策で友人達と肩を揃えて仲睦まじく勉強していた頃はもう彼方に放り出さなければならない。

「体術も続きで見てやる。複数が無理なら、動きながら一つを変質させることから始めろ。戦っている最中、いつでも力を扱えるようにならねぇと、使い手の意味がねぇ」

 雅は短剣を腰元から引き抜き、構えを取る。そして全く臨戦体勢を取らないディルを視界に収めつつも、思考する。

 右足を軸足にし、右足から入る癖。それはディルに言われて気付かされたことだ。ということは、自身の意識とは別に、恐らく左手が雅にとっては利き手なのだろう。踏み込んだ足とは逆になる手の方がしなる。だから右足で踏み込むならば、左手が正しい利き手である。

 更にディルは利き手ではない方は逆手に持てと言った。これについてはいまいち要領を得ないのだが、試しに逆手に持ち変えてみる。

 そして、問題は踏み込み切ったあとだ。今回もまた右足から踏み込むつもりなのだから、ディルもきっと右足をまた蹴りに来る。しこたま蹴られたあとでも容赦の無い蹴りを繰り出す、この男に手加減などという希望的観測は見出さない方が良さそうだ。なら、右足を蹴られないように立ち回らなければならない。

 たとえば、踏み込んだのち、すぐさま左足に重心を移して右足を下げる。こうなるとまず右足は蹴られない。が、その動きに合わせてディルは重心の移った左足を蹴って来る。これでは、次は左足を集中的に蹴られるだけだ。それは、ここまでこの男が足しか狙って来ていないことから想像したことであって、実際はどうなるかは分からない。

 だが、軸と重心が体術において重要な意味を持つことは歴然とした事実だ。それを分からせるために、ディルは足を狙っているのだと仮定する。仮定して、どう突破するか、である。なにせ、ディルのようにとまではいかないが、雅も中空で体勢を立て直しながら着地できるだけの安定感が欲しい。だったらまず、このディルの問題を解くことが先決だ。

 一撃を入れるよりも、蹴りを回避する。ただそれだけじゃディルは許さない、というよりも許してはくれないはずだ。なにせ、あの口の悪い男が力の使い方について少しばかり雅に指導とも呼べるかも分からない助言のようななにかを零したのだ。

 蹴りを回避した上で、力も行使する。この二つをクリアしなければ、きっとまた罵詈雑言を浴びせられるだけでなく殴る蹴るの暴力が雅の体を襲う。

「足りない頭で考えたって、テメェにゃ分かんねぇよ。直感で動け、直感で」

 人を信じることがまず苦手な雅にとって、直感とはまず思考しなければならないプロセスの一つに数えられる。よく人は「直感的に」などと言うが、雅の場合はその自分自身が導き出した答えを信じられない。

 動く前に、話す前に、それは正しい答えなのかどうかと思案する。そうして至った結論が間違っていても、考えて出した答えなのだからと納得する。

 だから雅にとって直感は、判断材料の一つでしかなく決して解答ではない。無論、そういった直感に頼った頃もあったのだが、それもやはり昔の話である。

 だが、どうだろう。ディルという男に力の使い方を頼み込んだあのときは、直感的に動いていた上に、話すことができていたのではないだろうか。

 そう思うと、自分の中に湧き起こる不安や様々なリスクへの対応策が一気に吹き飛んだ。頭の中を真っ白にして、体は怖ろしいほどに軽く感じられた。

 集中を切って、呆けている。その方が雅は自然に体を動かすことができていた。

 走り、まず踏み込む。ここまでは考えていた通りで、続いて踏み込んだ足とは逆の左手に握っている短剣を勢いよくディルへと振りかざす。

 剣戟の距離を見極めて、ディルが半歩下がってこれをかわす。続いて、未だ重心を戻せていない右足に彼が狙いを定めた。

 そうはさせじと、痛みに顔を歪ませながら無理やり右足を引く。重心が一気に後方に寄った。それを見て、ディルが離した半歩の距離を詰めた。振った左手を戻すも、これを上半身を逸らして軽く避けられてしまう。しかし、この動作のおかげで重心が前方に戻る。

 つまり左足に重心が乗った。そして、ディルの狙いはそっちに移った。

 ここから左足を下げたならば、またディルは半歩ほど詰めて来る。そうして、また重心を整えている間の一撃を避ける。これではなにもされていないのに押されてしまうことになる。

 最初の一撃を避けられたときから、ディルに生殺与奪の権利が委譲している。だから、彼の攻撃となる蹴りをどうにかしなければ、雅にその権利が戻ることはない。ならば、無茶をしてでも受け止めなければならない。ただし、右足も、そして今、狙われている左足も頑強に作られてはいない。一撃をお見舞いされれば、もうそこでこの戦闘訓練はまたもディルの手によって終わりになってしまう。

 だったら、と雅の意識が半分ほどが直感に従う。残りの半分はまだ意識に囚われたままであるが、その半分は怖ろしくも速い空気の圧縮を可能とした。

 ディルの蹴りが雅の左足に触れようとしたその直後、彼の足が真逆の方向へと弾き飛んだ。

「……っぶねぇなぁ!」

 弾き飛んだが、すぐにその足を地に着けて、もう片方の足で雅の左足が蹴飛ばされた。

「ぁぅ!!」

 痺れにも近い激痛に悶え、蹲る。そして次に来る罵詈雑言と暴力に備え、雅は体を丸くして防御の体勢を取る。

「ぎこちない方だったが、ともかく、動きながら空気を変質させることはできたじゃねぇか。さっきの感覚を忘れんなよ。忘れたなら、また蹴って思い出させてやるよ」

 罵詈雑言も、暴力も来ない。雅は半ば涙目になりながら顔を上げる。

「あと、圧縮の規模をちょっとは調整しやがれ。俺じゃなかったら、テメェの相手をしていた奴の足がもがれていたところだ」

「え……?」

「お前の左足に触れようとした直後、俺の右足が逆方向に弾いただだろうが。普通なら股関節辺りの筋肉と骨をごっそりと、そのまま弾いた方向にもぎ取っていたぞと言いてぇんだよ。足りない脳味噌でも分かるように言ってやっているつもりなんだが?」

 言いつつ、ディルはその場で軽く跳んだり、右足で地面を踏み締めたりと、右足の調子を確かめている。足については特に問題ないように見えるが、それ以外に問題がある。まず右足だけ靴が無く、更にスラックスも右足の脛から裾に至るまでの部分が見事に裂けている。いや、裂けているというよりも、裂けた先端は焦げているのだから燃え落ちたと見るべきだろう。

 集中していた雅には、ディルの片足を防いだ瞬間に、一体なんの力が働いたかがよく分からない。自分の力については分かる。自身の左足付近の空気を変質させて防御した。それに関してだけはハッキリと分かっている。だが、それでどうして、ディルの右足回りに影響が出ているのかはさっぱり分からない。

「そんな、強烈、でした? 私、向かって来たエネルギーをそのまま逆方向に撃ち出す、みたいなイメージでやってた、と思うんですけど」

「二倍か三倍ぐらいになっていたな」

「え……でも、だって」

 雅はディルの右足を見る。調子の確認を終えたディルは気怠そうな顔をしながら、溜め息をついた。

「触れた瞬間――テメェの足じゃなくて、そのすぐ付近にあったテメェが作った変質された空気のことだ。そこに一瞬、触れたところで、脛から裾回りの線維と靴の素材を金属に変えた。その金属の重みで風圧に抵抗した。おかげで返って来たのはテメェの想像していた通りの威力だった。弾かれた瞬間、金属になった部分と繋がっている繊維を火で焼き払って、切り離した。おかげで金属の重みも反動も全てまっさらだ。それなら、筋肉も千切れることもねぇ。が、おかげでこのスラックスと靴は捨てなきゃならなくなっちまった」

 ギロリとディルに雅は睨み付けられた。

「も、元に戻せないんですか?」

「錬金術じゃねぇ。一度、金属に変えたら元になんて戻せねぇ。木か火か土か水のどれにしたって変わんねぇから、それなら重みのない火か水の二択だ。水で足が濡れんのは勘弁だ」

「だからって火傷するかも知れないのに、燃やすなんて」

「燃やしたのはテメェのせいだ。ついでに、自身の体に変質の力が及ぶ際の、その脅威度は通常のそれよりも圧倒的に減衰される。そんなことも知らねぇで討伐者やってたのか? 信じらんねぇなぁ」

 更に睨まれて、雅は萎縮する。舌打ちをしたのち、ディルは視線を遠くに向ける。

「やっぱテメェには向いてねぇな」

 その言葉を雅は何度も耳にした。何度も口にされた。「あなたに討伐者は向いていない」と言われた。

 それがとても悔しくて、だからこうしてディルに師事しているのにも関わらず、その師ですら「向いていない」と言う。

「ディル、泣かした」

「んだって?」

 リィの一言に、信じられないといった具合で答えながらディルが雅に視線を戻す。

「は……っ? 泣くほどのこと、俺がテメェに言ったか?」

「才能があるみたいに言ったクセに、向いてないとか言って、突き放した」

「っざけんなよ。叩けばすぐ壊れる硝子細工かよ。下らねぇ」

「女の子はみんな、硝子細工や飴細工みたいに繊細」

「は、人間でもねぇテメェがなに人間みてぇなこと言ってんだよ」

 そのやり取りを見ていても、雅は込み上げて来た涙を抑えることができない。必死に袖で涙を拭うが、それでもポロポロと零れて来る。

「ちっ、こんな面倒な奴とは思わなかった」

「ディル、謝罪」

「しねぇよ。俺のせいじゃねぇからな」

「ディル!」

「……面倒くせぇ」

 頭を掻き毟り、苛立ちを露わにしながらディルが泣き伏している雅に近寄る。

「言っておくけどな、俺は思ったことをそのまま口にしただけだ。テメェがこういったことに向いてねぇと思ったのは、紛れもねぇ本心だ」

 言いながらディルは雅の髪を引っ掴み、強引に顔を上げさせた。

「だから、テメェに向いている、戦い方を教えてやる。それ以降はテメェの努力次第だ」

 泣きじゃくる雅になにやら伝えようとした瞬間、ディルの左の瞳がスッと雑木林の方へとスライドし、雅が落としていた短剣を拾って、ダーツのように投擲する。

「ひゃっ!」

 短剣は木に突き刺さり、その音と向かって来た短剣に驚いてか、素っ頓狂な声が発せられるとともに、女の子が飛び出した。

「テメェに向いた戦い方を教えるのはあとだ。今は、こっちのコイツの処遇をどうするかが先決だからなぁ」

 下卑た表情を浮かべ、ディルが立ち上がる。雅は涙を拭いながらに「ああ、またこの男は暴言と暴力を振るえる相手を見つけたんだ」と思った。

「名前を言え。性別は見れば分かる。その服装から見るに討伐者だな? なにを使う? なにを扱う? 俺たちの会話に聞き耳を立てて、なんのつもりだ?」

「え、えと、その」

「モラトリアムを与えているつもりはねぇんだよなぁ! 質問にさっさと答えやがれ!」

 苛立っている。雅に本来、ぶつけられるはずだった暴言が雑木林で聞き耳を立てて、三人の動向を窺っていた女の子に向けられていた。ディルはこの上なく昂ぶっており、女の子がビクビクと震えている様を見ているだけで、たまらなく気分が良いらしい。その悪趣味な性癖に雅は嘆息するしかない。拭い続けていたので、目尻は赤く腫れ上がってしまっているが、涙もこの男の傍若無人っぷりを見ている内に途絶えた。

 女の子の、肩まで伸びたフワリとした雰囲気の青み掛かった髪がまず目に付いた。整った目鼻立ち。雅と背丈は大して変わらないが、その豊満なバストは大きな違いだ。一見して雅と同い年ぐらいに見えるのだが、その胸の豊満さが実年齢にそぐわないと勝手に決め付けて、年上の印象を強引に作り上げる。

「白銀 葵、です。その、使えるのは……一応、『水使い』です、けど」

「ほぉ?」

「な、なんですかその目。凄く、怖いんですけど」

「査定所の差し金か。異端者を俺が引き連れているところを目撃したから、貴重な実験体が死なねぇようにテメェを寄越したんだろ」

「ほぼ、当たり、なんです、けど」

「大きな声を出さなきゃ聞こえねぇなぁ!!」

「ひゃい!」

 ディルの威嚇のような怒鳴り声に女の子が飛び上がるほど驚き、涙目でオロオロと視線を泳がして、辿り着いた先に居た雅に助けを求める。

「ディル……さん。場所を変えましょう」

 雅の提案をディルはすぐには受け入れず、リィが賛同したところでようやく折れた。

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