【プロローグ 01】
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「この世界は理不尽で成り立っているよねぇ、ほんと、なんでこんな厳しい世の中で生きて行かなきゃならないんだってずっと思っているんだよぉ。僕の読んだ本だと、テキトーに選ばれたなんの力も持たない少年が異世界に飛ばされて、大体は女の子とキャッキャウフフできるらしいんだよぉ。男一人に女の子多数のハーレム。大体、全員が男のことを好きになって、ほんのちょっとのやましいことも許してくれるんだってさぁ」
「どこの知識ですか、それ。というか、馬鹿なんですか。死んでください」
「やだよぉ、死んだら異世界に行く可能性も薄れるじゃないかぁ」
「いや、死んで異世界に輪廻転生でもしたらどうなんですか」
「だからさぁ、今の記憶を保持して異世界に行きたいんだよ。なんで分からないかな、人形もどき。これだから三次元の女の子は可愛げが無いんだ。それに比べたら、僕の人形は従順で、とっても良い子だよ。なんでも言うことを利いてくれるからね」
気味が悪いとばかりに少女は全身の毛を逆立たせる。
「夜にまた欲情して、その人形に腰振ったりしないでくださいよ」
思い出しただけでも吐き気を催す。そのような現場に居合わせてしまったときの少女のトラウマを、この男は気にも留めないかのようにだらんと両腕を垂らしながら、道路を歩く。
「あぁ、ダルいなぁ。動きたくないなぁ。なんだよ、車の一つでも走ってろよ」
「車なんて貴重品、もうほとんど『上層部』に接収されてますよ。移動手段のほとんどが限られていて、島国じゃ孤立無援みたいなものなんですから、頑張らないと日本じゃ討伐者でさえ生きて行けない……って、これ全部、あなたから教わったことなんですけど!」
「はぁ……首都防衛線戦の報酬で、残りの余生を人形に囲まれて過ごすつもりだったのに、どうして君みたいな可愛げの無い女の子の世話なんて、しなきゃならないんだか」
ムッとした少女は表情を作る。
「私は連れ回されている側なんですけど! それと、私のどこに可愛げが無いのか言ってみてくださいよ」
「まず敬語が上手に遣えていない。目上の人への敬意が無い。胸はあるにはあるけど触らせてくれない。スカートを履いているのに捲らせてくれない。こりゃぁ可愛げが無いって言われても仕方が無いでしょ」
「後半二つはただの変態じゃないですか!」
「まぁ僕の言った通りスカートの丈が短いから君が動き回っている時には大抵ずっと見えているんだけどねぇ、なんかこう、ハプニングとは違うからありがたみがないんだよねぇ……」
「正直、見られる分には慣れて来ましたけど、あなたみたいな変態に見られるのだけはなんか嫌なんですけど!」
少女はスカートの裾を押さえ、顔を真っ赤にしながらツッコミを入れる。
「変態って言ってもさぁ、そういう罵りは自他共に認めていることだから別にどうとも思わないんだよねぇ。むしろ、色々と喋って異性が『ひっ』や『ひぃっ』とドン引きするところに萌えるようになって来てしまったからねぇ」
毎度のことながら、この男は異性というものを碌に分かっていないんじゃないかと思うほど――呆れるほどに倒錯している。だが、こうは言ってもこの男、胸を触ろうだとかスカートを覗こうだとかをしたことは一度も無い。この男にとっては、人形と二次元が全てなのだ。
訓練の中で勝手に見えてしまうことに対しても、なにやらイヤらしい発言をして少女の集中力を掻き乱そうとはしない。
「二次元じゃスカートの中は見えて当たり前。胸は触れて当たり前。よしんば上手く行けばドキドキハプニングなお風呂イベントだってあるのに」
「死んでください」
少しばかり抱いていた、“信用”の二文字をすぐに撤回する。これで何度目だろうか、この“信用”や“信頼”という文字を撤回したのは。
「やぁ……まだ死ねないんだなぁ、これが。僕には、海魔を殺し尽くすという使命があるから」
しかしながら、こんなことを言うときだけ男の目は、少女から見て虚ろでは無くなっているのだ。
実に納得の行かない男である。




