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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-最悪の結末とは?-】

 雅は短剣を握り締めつつ、どこから入ったものかと困っていた。インプは器用すぎる。そして葵は不器用すぎる。この二人の攻防に自身を投入して、それで分がこちらに傾くようには思えない。

 インプが抱えている葵のクラスメイトが、なによりも最大の壁だ。彼女を傷付けず、殺さず、彼の者だけに攻撃を通す。そんなことを二人掛かりで、変質の力を使ったとしても、できるかどうか分からない。


 風圧で吹き飛ばすことも一つの案としてはあるが、それで佐藤が傷付いたとき葵がどのような目で雅を見るのかを考えたならば、試すことさえできない。


 だからといって、ここで戦いを見続けていれば最悪の結末に至るのも時間の問題だ。

「最悪の、結末…………?」

 自身で思ったことをそのまま口にして再確認する。


 最悪の結末とはなんだろうか。葵が死ぬことか、それとも彼女がクラスメイトを切り裂くことか。


 それとも、もっと重大な、見落としているかも知れない一つの可能性のことか。けれどそれを確かめるには、盾になっている彼女を短剣で切り裂くしかない。


 切り裂いて、人間だったなら、どうするんだ。


 どうしようもない。死んでしまう。死んでしまったら、また人殺しをしてしまうことになる。そうなったら、ディルに見離される。

 確実性が無ければ動けない。突飛な行動を起こせない。突拍子も無いことを言って、葵を混乱させるたくもない。

 なにより雅は耳にしている。葵と佐藤のやり取りを、自分自身の耳で、聞き取っている。それを疑うことは、自信の喪失にも繋がる。

「雅さん! 佐藤さんを助けることに協力してください!」

「分かってます。分かってますけど……!」

 インプが人間とは掛け離れた声で嗤い、そして雅との距離を詰める。油断はしていたが、反応できないわけではない。彼の者の爪を避けながら後退し、反撃の糸口を掴むために様子を窺う。焦って左手の短剣を繰り出すことはできない。


「お前モ、そこの人間ト一緒カァ?」


 卑怯な手を使い、勝ち誇っているグレムリンに雅は苛立たしさを感じつつも、爪をただただかわし続ける。

「白銀、雪雛!」

 雅は声のする方へと身を転じさせ、インプを追い払うかのように短剣を振り回し、そこに葵が横から爪を繰り出す。無論、彼の者は佐藤を盾にして葵の爪を止めるのだが、これで注意は彼女に向いた。インプは葵を小馬鹿にするように嗤いながら、ひたすら爪を繰り出している。


「なんで出て来たの?」

 その間に雅は甲板に出て来た東堂の元に駆け付ける。


「佐藤は……佐藤は! もう、死んでいるんだ!!」


 東堂の叫びに、葵の爪が止まり、そしてインプは嗤うのをやめて大きく下がった。

「嘘、です。なんでこんなときに嘘をつくんですか、東堂君!?」


「昨日の、内に、死んでたんだ! 俺は佐藤の死体を……うぉえっ。あの部屋で見たんだ! あいつの……死体を!」


 ディルが止め、リコリスが「スプラッタ」と呼んだあの部屋を、東堂は見たらしい。そこに広がっていた惨状を思い出してか、東堂はその場で嘔吐する。恐らくは、部屋を見たときも吐いたのだろう。もう東堂が衰弱し切っているのは顔を見るだけで分かる。


「信じません!」

 葵は駄々を捏ねる子供のように首を横に振って叫ぶ。

「信じません!!」


「艦内に戻って。アクリル板が壊れて、潮が風に乗ってやって来るから」

 雅は東堂の体を起き上がらせながら囁くように言う。

「いや、だって、あいつが!」

「……私が、なんとかするから」

「本当、か?」

「安心して。葵さんが死んだりなんかしないし、怪我だって負わせない」

 雅の顔を見た東堂が、なにかを感じ取ったのか、ボソボソと「なんで俺は、力が無いんだ」と呟き、艦内に戻って行った。

「聞こえてましたよね、葵さん」

「東堂君は、なにかを見間違えただけなんです! 絶対にそうなんです!」

「私は、ここに居るときのあいつのことしか知りません。でも、あいつが嘘をつくような男に、見えるんですか?」

「だって、嘘としか思えないじゃないですか!」


「あなたは自分がなによりも助けたいと思っているクラスメイトの、大切な言葉を信じないんですか!?」


 雅はそう怒鳴り、短剣を構えてインプに走る。

 迷いは無い。躊躇いも無い。感情も無い。

 ただそこにあるのは、インプとヒトガタワラシの偽装によって成された人の形をした肉の塊である。

 雅は盾にされた佐藤の体を、短剣で断ち切った。


「チィクショォが、もっとカラカッテやろうと思ッテいたノニ!」


 断ち切ったのは佐藤という女の子ではなく、ヒトガタワラシが触腕から作り出した人形(ひとがた)だった。


 やはりインプは、ヒトガタワラシと結託し、人間の形をしたそれをさも生きているかのように扱い、葵と雅が手出しできないように盾としていたのだ。

「嘘……です」

 葵が膝を折った。全身から力が抜けたのか、動けなくなってしまっている。

「もう死んで……いる、なんて」

「葵さ、」


 近寄ろうとした刹那に、雅は全身から汗が噴き出した。産毛が逆立ち、脳の中で危険信号が発せられる。ヒヤリでもなく、ゾクリでもなく、まるで心臓をそのまま握られたかのような、生きた心地もしない寒気が全身を包む。


 横を向いたときにはもう遅かった。雅は、肉の塊を操っていた触腕に勢いよく、叩き付けられる。

 咄嗟に左腕で防いだ。骨が軋んだのではなく、折れた音が、恐らくは外には発せられていなくとも雅の耳は聞き取っていた。

 そして衝撃は全身に回り、触腕によって叩き飛ばされた雅に“二つ目の恐怖”が訪れる。


 戦艦には艦橋と呼ばれるものがある。この浅瀬に乗り上げてしまった客船型戦艦にも、艦橋は当然の如く設けられている。それは海を渡るときになによりも、海魔の姿を捉えるために必須の指揮所であるからだ。


 自身は今まさに、その艦橋に叩き付けられようとしている。


 ヒトガタワラシの触腕は片腕を犠牲にして防いだ。しかし、叩き飛ばされたこの状態、この体勢で、なにも整えられていない自身が、艦橋に叩き付けられたならば、間違いなく全身の骨が砕けて死ぬ。


 そして死はもう目前まで迫っている。それだけは、絶対に避けなければならない。


 東堂に言ったように、葵はまだ死んでいない。けれどそれは、確定されたことではないのだ。こんなところで雅が死んだなら、憔悴し切った葵はインプに殺されてしまう。そうすれば、東堂との約束は果たせないことになる。


 なにより、まだ死にたくはない。死にたくは、ないのだ。


 もう五秒も無い。だが雅には、それが数十秒のように間延びして感じられた。吹き飛んでいても体感している速度が緩やかで、どうして宙を浮いているのかさえ分からなくなるほどの、間延びである。


 その間延びした時間の中で、雅の右手が、ある箇所を指差す。


 自分は討伐者だ。だからこそ、ここに居る海魔を討ち滅ぼす義務がある。

 ここに居る全員を助けなければならない。なによりも、葵を守らなければならない。だから雅の意思は、まだ折れない。


 薄く閉じていた瞼を開き、鋭い眼光で一点を睨む。


 一つ目を終わらせ、二つ目。この二つ目は自分自身を守るために絶対に成功させなければならないことだ。

 艦橋目掛けて吹き飛んでいる自分自身を守る最後の力。意識もまた吹き飛びそうなほど朦朧(もうろう)とした最中、これを終わらせる。


 全身から力が抜けた。やるべきことはやった。あとはどうなるか、そのときが来なければ分からない。試行錯誤もできない一瞬のこれを、成功させたかどうかを雅はきっと確かめることができないだろう。


 間延びした時間に限界が訪れる。緩いと思っていた速度を急激に感じ始める。


 体が艦橋に叩き付けられる。


 その轟音を聞きながら、脳から伝達されるであろうあらゆる電気信号が肉体から離れて行く。試しに体を動かそうとしてみたが、ピクリとも動かない。そして、雅はそのまま手繰り寄せていた意識を闇の中へと手放した。

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