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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-嘘は綻びの始まり-】

「おい、どうなってんだよ!」

 甲板に東堂の大きな声が響き、怒り心頭といった表情で雅に詰め寄って来る。

「あいつ、なんで泣いてたんだよ。お前は白銀の友達だったんじゃないのか? なのにどうして、泣いてたんだよ! あいつを傷付けたってんなら、俺は許さねぇからな!」

 叫びにも似た怒りの波濤に、雅は視線を泳がせる。


「あいつにやっと友達ができたんだと思って、俺は嬉しかったんだよ! けどな、あいつを泣かせたんなら、友達なんかじゃねぇ! やっていることは佐藤たちと同じじゃないか!」


「おな、じ?」

「あいつらも最初は白銀の友達だったんだ。それがいつの間にか、友達じゃなくなっていた。だからお前はあいつらと一緒なんだよ!」

 そんな昔のことを雅は知らない。そして、責任転嫁にも似た怒りの矛先が自身に向けられている理由にもなってはいない。


 なのに、雅の心には彼の言葉が突き刺さる。痛く痛く、胸が張り裂けそうになる。


「答えろよ。あいつになにを言ったんだ? さっさと言わないと、ぶん殴るぞ!」

「ガキ」

「ああんっ!? あんた誰だよ、これは俺とこいつと、あいつの問題で……っ!」

 腕を掴まれた東堂は、声を掛けた相手がディルだとは知らなかったようで、顔を合わせた途端に表情はスーッと怒りから怖れへと移行する。


「青臭いなぁ、ガキ。この世界の現実を直視せずに、友達だなんだと喚いて、そこのクソガキを痛め付けて、それで青春していると思っている、勘違い野郎だなぁ、おい」


 東堂の腕から胸倉に掴む場所を変え、引き寄せて眼前でディルは東堂を脅す。

「あのウスノロのことはどうでも良い。だが、ウスノロを取り巻く人間関係を、洗いざらい吐きやがれ。そうすれば、殴りはしねぇ、蹴りもしねぇ。穏便に済まそうじゃぁ、ないか。なぁ、青臭いガキ?」

 表情はとても穏便に済ませようとしているものではないが、ディルは狂ってはいるが、出会って間もない相手を痛め付けるようなことはしない。

「は、離せよ!」

 しかし、要求が通らなければ、話は別である。

「その男の言うことは、利いた方が良い、と思う」

 雅は俯きつつ、東堂と視線を合わせずに忠告する。


「こ、こんな奴とお前、知り合いなのかよ?! な、にが友達だよ! ふざけんな、こんな奴と関わっている奴が、友達なんて、白銀がかわいそうだろ?!」


「おい、ガキ。俺の質問にさっさと答えろ」

「話して。脅しじゃないよ。話さないと、ディルは本気であなたを痛め付ける」

「は、俺はお前と違って、友達を悲しませるようなことなんか、っぁ?!」

 東堂を突き放しつつ、胸倉から手を離し、そしてディルは彼の鳩尾を一気に蹴り抜いた。

 訓練で雅に容赦の無い蹴りを与えるこの男が、手加減した蹴りなど出すはずもない。東堂は甲板に体を打ち付け、そして鳩尾を押さえて痛みに悶え、転げ回る。


「洗いざらい吐けっつったが……このままだとテメェの腹から洗いざらい、出て来ることになるかも知れねぇなぁ」


 歩き、ディルは東堂の頭を掴み、強引に立たせる。

「ひ…………っ」

「俺の要求はちゃぁんと訊いていたよなぁ、ガキ? ここで分かりません、聞いていませんでした、なんてのたまったら……そこのクソガキに普段からしている暴力を、テメェにも味わわせなきゃならなくなるんだがなぁ」

 脅す側と脅されている側。どちらも知っている身であるため、雅には仲裁に入る勇気も無い。どちらかの肩を持てば、どちらかに非難される。だから、見守るしかない。


 そんな日和見な態度は怖ろしく、自分らしくないものだ。


 葵を傷付けてしまった負い目が、雅から気力の一部を抜き取っていた。

「は、話す。話します、から」

 やがて東堂が折れた。ディルは気色の悪い笑みを浮かべたのち、彼を解放する。


「昨日の夜、クラスメイトの佐藤が、白銀に『ワダツミ様』に入信しないかって話を持ち掛けていたんだ。あいつ、突っぱねることもできなかったみたいだったから、俺が代わりに突っぱねた。そうしたら、『ワダツミ様』に逆らう者には罰が下る、みたいなことを言いやがった。俺は怖くなって、白銀を連れてそこから逃げ出したんだ。で、その夜はコミュニケーションフロアで俺が寝ずの番をして、あいつらが来ないか見張った。結局、それは杞憂に過ぎなかったんだけど…………で、今日も白銀がまずいことにならないか心配で、見張っていたんだ。それで、甲板には一人で行くって言うから、そこの階段の近くで戻って来るのを待っていたんだよ。でも、戻って来たと思ったら泣いてどっかに走って行った。お前が、傷付けたんだと、思ったんだよ……」


 傷付いたのは雅の方だ。


 何故なら、東堂の話が真実なら、葵は雅に“嘘をついていた”ことになる。『東堂君とは昨日の夜に話して、そのあとはコミュニケーションフロアの方で私、眠ってしまっていたみたいです』と葵は、雅に言ったのだ。しかし、それでは東堂の話と比べると齟齬(そご)が生じる。


 ならば東堂が嘘をついているのか? ディルを目の前にして、痛みを身に浴びて、それでも嘘をつけるのか? 無いだろう。ならば嘘をついていたのは、葵なのだ。


 リコリスに会ったことは事実であっても、東堂とその他のことについては全て、嘘っぱちだったことになってしまう。

 信じられなくなった。雅にとって、嘘をつく相手は全て敵なのだ。いつ、寝首を掻かれるかも分からない。水やお金を盗られてしまうかも分からない。

 それは常に自身の生殺与奪を葵に預けているようなものなのだ。

 たとえ小さな嘘であったとしても、疑惑を常に胸に抱いて過ごすことは、針の(むしろ)に座るが如くである。そんなことには、耐え続けていられない。


 心は空っぽになり、ズタズタになり、悲しみに包まれてからから目からは涙が零れ落ちた。


「おい、クソ女ぁ!」

 ディルが虚空に向かって大声を出す。

「このガキが言っていることは全て真実か? どうせ、盗み聞きが大好きなテメェのことだ。大体のことは聞いて知ってんだろ」

 ケラケラという、独特の嗤い声がした。声の方向は甲板の裏手だった。

「盗み聞きなんて失礼だなー。私は、私自身を周囲一帯にばら撒いて情報を集めているだけに過ぎないんだからさー」

 キャップ帽を目深に被ったリコリスが姿を現して、ディルによく分からないことを言う。

「御託は良い。さっさと話せ」


「全て真実。そして、あの胸ロリがクソロリに言ったことはほとんどが嘘。もうねー、笑いを堪えるのが大変だったわよー。友人だーとか友達だーとか、そういう風に信じて疑わないクソロリのことも、胸ロリのこともおかしくっておかしくってたまらなかったわー」


 全身から力が抜けて、雅は膝を折って、その場に崩れ落ちる。リィが甲板の裏手から現れて、「大丈夫?」と声を掛けられた。顔は青褪めて、変な汗も出ている。嘔吐するよりも、今、この状況の方が精神的に辛いものがあった。


「でもねでもねー、それ以上に面白いこともあるんだよー? そこのクソ男が是非とも聞きたいとっておきの情報がねー、あるんだー」

「話せ」

「対価は?」


「ウスノロをくれてやる。お安い友情に、予想していた通りに亀裂の走ったガキ二人の面倒なんて見きれるかよ。それで充分だろ」

「きゃはははははっ! 勝手に決めちゃったよー、このクソ男。ほんっとのほんっとに、最低最悪の男よねぇ。でも、それで良いわよ? 交渉成立!」

 リコリスは笑い、ディルはその様をただジッと見つめている。

「私が情報収集が得意なのは、クソ男も知っての通りよねー? でねー、私の情報収集方法も知っているクソ男なら分かると思うけどー……この戦艦に、この私が忍び込むより前に、“それ”を先に忍ばせたこともあったんだけど、どれもこれも全滅しちゃうのよ。ついでにこの戦艦周りの浅い海にも置いてみたりしたけど、これも壊されちゃう。ただ、声は聞こえても視覚は無いからさー、ずっと原因が不明だったのよ」


「なら、間違いはねぇんだな」

「ええ、対価通りの情報はちゃーんと伝えるわ。胸ロリみたいな嘘はつかないからさー、そこは安心してよー。忍び込ませたそれからの連絡が途絶えるとき、いつも『明日はご馳走だ』、『今日は良い肉』が入った。『次の生贄はお前だ』。そんな言葉が飛び込んで来てたわー。まったく、なにがなんだかここに来るまでさーっぱり、そして『ワダツミ様』とやらが出て来るまでまーったく分からなかったけどねー……胸ロリのクラスメイトを観察させてもらったおかげで、よーやく、よーやく分かったわー。ここに巣くう全ての邪悪の根源がさー」


 雅の傷を抉りつつ、話すだけ話したのち、キャップ帽を少し上げてリコリスは精悍な顔付きで、ディルと視線を交わした。

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