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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-抵抗と暴力-】

「査定所で聞いたが、ここじゃ使い手の力を使うことは禁じられているらしい。折角、整えた環境を乱すような、大事な物質を変質させる行いが禁止ってことだ」


「前置きは良いよ」


 雅は準備運動とばかりに柔軟体操を始めつつ、言う。

「いつもディルは変質させずに私と訓練してるじゃん」

「……はっ、ちょっと過大に評価しちまっていたかなぁ?」

 ディルが嬉々とした、怪しい笑みを浮かべる。

「クソガキが、なりふり構わず、俺に一撃お見舞いするんじゃねぇかと思ったんだがなぁ」

 柔軟体操を終えた雅が鞘から短剣を抜く。右手の短剣は逆手に持つ。

「そう易々とは越えられない。分かってるよ。だから、それはまだ過大評価。でも、いつかは相応の評価だと思わせてやる」

「はっ、だったらとっとと掛かって来い。牙が折れていないなら、掛かって来い。こんなことに時間を()いていられねぇんだ。最高でも十分、最低で五分だ。全力で来るんだなぁ!」

 滔々(とうとう)と零される言葉の数々を耳にしつつ、雅はいつものように真正面からディルに向かって駆け出した。


 足運びを習った。真正面から向かいつつも、徐々にステップを踏むように、跳ねるように右に左にと逸れることで相手にどちらから攻めるか分からなくさせる戦法だ。けれど、ディルの反射速度は凄まじく速い。習った程度で、まだ体得に至っていない付け焼き刃のステップでは撹乱にもなりはしない。けれど、戦闘訓練で使っておかなければ錆びてしまう。


 だから、(つたな)いながらも、雅は左に徐々に逸れる足運びを行って、ディルの右側に飛び掛かるように大きく右足で踏み込み、左手の短剣を振り下ろす。


 右から攻めるのには理由がある。ディルの義眼は右目だ。だから、左目だけでは右側の動きに僅かだが対処が遅れる。ほんの僅かで、ほとんど分からない差ではあるものの、初手に右を攻めるのはディルに対しては有効になるはずだ。


「俺の右側を取ろうとする輩は海魔にだって居るんだよなぁ」


 雅の剣戟を、足を後ろに下げ、重心も後方に向けることで避けてしまう。掠りもしなかった。雅は悔しさで唇を噛み締めながら、左足を前に踏み込ませる。そして第二撃となる逆手に持った右の短剣を真下から切り上げる。


「速さは前よりはマシってところか」


 けれどこれも掠りもしない。となると、ここでディルに攻撃の権利が委譲した。雅の生き死にの権利がディルに与えられたということだ。雅の感覚としては、海魔だったなら最低、そしてこの男ならば最悪である。生かしてはくれるが、顔以外の部位に問答無用の一撃が飛んで来る。


 骨が軋み、皮膚が擦れ、肺が悲鳴を上げたことは体に刻み込まれている。


 痛みと死を同等と捉えるならば、そんなものをずっと喰らい続けることはできない。雅はすぐに重心を後ろに倒し、前々からずっと言われていた、踏み込んだ足を引き下げる。引き下げた上で、飛び退()く。距離を空けた一瞬に、ディルの足が空を蹴った。これは軸足を狙った足払いだ。僅かに靴底と服の線維が触れたような気さえするほどにギリギリでしか避けられなかった。それくらい、この男の回避から、流れるように放たれる蹴りは凄まじく速い。


 息を整えて、次にどう攻めるかを頭の中でイメージする。ディルは足技を主体とする。だからといって、殴打が来ないとは限らない。というよりも、実際に鳩尾(みぞおち)に入れられた覚えがある。

 再び拙い足運びでディルに近付き、次は逆手に持つ右手から剣戟を先に繰り出す。

「ほぉ?」

 なにやら驚いた顔しているが、これに油断してはならない。現に剣戟はかわされている。かわされたということは、またカウンターの足払いが来るだろう。そこは常々に狙われる部位だ。だから、そこに与えられた痛みは忘れられない。そして忘れていないことを知らせるためのディルの一撃なのである。


 下がっても、ディルの重心が前にある。これは、強く踏み込まれる。踏み込まれては、下がり続けていつか追い付かれる。雅は足を守ることよりも先にディルとの間にある空気に視線を向け、意識を集中させる。

 変質した空気が、ディルの前進を阻んだ。この空気に、ディルは胸から触れることになったのだが、そもそも前進自体が軽い。


「テメェは俺に気を遣える立場か?」


 空気の変質に、向かって来る力への反射は込めたが、風圧による倍加を伴わせなかった。風は横に流した。これではディルに大きな打点を与えられたとは言い難く、そしてこの男の言う通り、雅が前進する力の倍加、倍々化によるディルへのダメージを考慮したかのように見えてしまう。


 いや、考慮してしまった。


 ディルは弾かれつつも尚、前進して来る。歩くだけで強い威圧感を放っている。近付かれることが異様なほど怖い。だからといって、がむしゃらに剣戟を繰り出してもこの男には通用しない。甲板における現在地を確かめ、アクリルの壁に追い詰められないように軽い跳躍を続けながら、隙を窺う。

 だが、この男が見せる隙はほとんどが自分から作り出した罠なのだ。そんなものに跳び込むくらいなら、どうにかして近付かずに一撃を浴びせる方が先決だ。


 右手の人差し指で、基点を差す。空気の変質は慣れて来てはいるが、数秒掛かる。そのため、距離を詰められる。詰められるが、足は届かない。

 二つ目の基点を指差す。これで二つ目の変質を行った。依然として、ディルの足は雅には届いていない。

「行けっ!」

 雅は左手に持っていた短剣を、アンダースローで投げる。ダーツのように投げるやり方もディルには教わったが、変質した空気に触れた際に短剣の角度を修正するのなら、回転していようが切っ先がどこを向いていようが関係は無い。

 一つ目の変質した空気に触れて、短剣が加速してディルの斜め後ろまで直進する。更に到達点に変質した空気に触れた短剣は、切っ先をディルに向け、斜め後方から奔る。


「遅いなぁ」


 ボヤくように言ったディルが、斜め後ろから来る短剣を、片足を下げ、体を横に向けて避けてしまう。


 避けた上に、短剣を手に取ってしまった。


「さぁて、暴力の始まりだ」

 そう言って、前座とばかりに雅に短剣を投げ付けて来る。ディルの投擲は切っ先を雅に向けた完璧なものだ。そして、風の加速に比べれば圧倒的に遅いのだが、人力で投げられたものとして捉えるなら速い。

「っ、ぎ」

 声を漏らしながら、雅は短剣を避ける。眼前で投げ付けられたならば、どうかは分からないがこの距離ならどうということもない。


「釣れるもんだなぁ、意外と」


 避けた先にディルが回り込んでいた。動きが素早すぎる。短剣を避けることに集中していた雅には、この男の動きに目を向けるほどの余裕は無かった。


 そして悟る。あの短剣は、避けやすいように投げられたものだと。胸元を狙ってはいたが、しかし左に寄っていた。雅は心臓を狙われているものとばかり思っていたが、人殺しをしないディルがそんな箇所を狙うわけがない。

 だから、単純に雅を右に避けさせるための布石だったのだ。避ける方向を限定させてしまえば、先回りして、そして回り込める。


 腕を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。雅の恐怖に揺れる視線と、ディルの歓喜に満ちた視線が交錯する。ニタァッと(わら)った刹那、完全に重心を崩された雅の足をディルの足が払った。払った直後に腕を離され、体はディルの方へと傾ぐ。


 風で体を反射させて、立ち直ることができるか。それとも、思い切り反発させることで遠くまで吹き飛んだ方が良いのか。

 悩んでいる間には変質はできない。そして、その悩んでいる時間に雅の体がうつ伏せに甲板に打ち付けられた。


 背中を踏み付けられる。力は加減されているが、骨が軋み、ぐぇっと変な声が唾と共に漏れ出るほどの痛みは与えられた。


「まだまだだなぁ、クソガキ。テメェは分析力はあるが、それを信じ切っている。海魔みてぇな脳味噌の入ってねぇ奴らになら、それは至上の武器だ。俺だって、海魔の生態を分析してから最適解を導き出すからなぁ」

 二度目の踏み付けが行われる。

「だが、俺――人に対してのそれは、ただの確率論に成り果て、逆に行動を予測される。弱点を知っているからこそ、そこからの攻撃への対処法を備え、辛酸を舐めさせられているからこそ相手の動きに布石を打つ。テメェは、足りねぇ。人と人との戦いが、足りてねぇ」


 起き上がりたいが、適度にディルが背中を踏み付けている足に力を込めているため、それもままならない。諦めずにもがくが、それだけで体力が奪われて行く。

「この……こ、の!」


「良いねぇ、その無駄な努力! 無駄な抵抗! 無駄な原動力! こうやって、そういった全てを踏み付けていると、たまらなく心地が良い!」


 言いつつ、スッとディルが力を抜いた。雅は這い出るように前へ進み、(ひるがえ)りつつ起き上がると、右手にまだ持っていた短剣を左手に持ち直す。

「終わりだ、クソガキ。十分は経ってねぇが、六分ほどは経っただろ」

「まだ終わってない!」

「黙れ、クソガキ。俺が終わりと言ったら終わりだ。テメェの力量は推し測れた」

 近付いたディルが短剣を握っていた左手を掴み、力を込める。それだけで雅は短剣を落としてしまう。


「荒削りだが上達はしている。次はもっと、意外性に富んだ動きをしろ。テメェはそれだけで強くなる」


 蹴り飛ばされるかと思い、身構え、瞼を閉じていた雅の頭にディルの手が乗った。

「ただ、そうやって強くなり続け、人殺しに堕ちるってんなら俺がここで叩きのめすが、どうだ? クソガキ」


「私は討伐者よ。人を殺すことなんて、絶対にしない!」


「……うるせぇんだよ、クソガキが」

 頭の上をディルの手が二度、三度往復する。それから手を退かしたディルは首を軽く回しながら「あー、クソガキの御守は疲れる疲れる」と言いながら、ここに来てからほとんど変わっていない所定の位置に座り込んだ。そんなディルのところにリィが「ただいまー」と言って戻って来る。


「撫で、た?」


 前は泣き喚いていてイマイチ感覚が伝わって来なかった。しかし、先ほどのは戦闘訓練のあとだったので、まだ感覚が鋭敏だったのでハッキリと伝わった。


 頭を撫でられた程度で喜ぶなんて、子供っぽい。


 思いつつも、雅は頭に両手を乗せて、「えへへ」と笑う。だがすぐにその緩んだ顔を引き締めた。褒められはしたが、また一撃も浴びせることはできなかった。強くなっているとは言っているが、本心かどうかは定かでは無い。

 呆れられないように、見捨てられないように、さっきの経験を活かす方法を見つけ出さなければならない。背中の痛みはまだ残る。


 けれど、まだ気持ちは上向きである。


 こんなところで留まっていられるか、と。強気で反抗的な自身の心は、まだ折れない。

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