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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-気持ちの落ち着かせ方-】

「なんなの、ちょっとはなんか言おうとか思わないの。もしかして、胸が無いから? クソガキだから? だからなの? 葵さんだったら、ディルも謝ってたの? だって葵さん、胸あるから謝るよね? なんなの、ほんと、なんなの?」

 自問自答し、自らコンプレックスを叩き、これでもかと呻く。


「どうかされたんですか?」


 甲板へ出て来た葵が、蹲って呻いている雅を見て慌てて駆け寄って来た。

「なん、で、もない! 多分!」

 強く言いつつも、言葉の後半に弱音を付け足す。ディルに着替えを見られたことなど、恥ずかしくて葵に言えるわけもない。そしてその後の対応についても、話せない。

「葵さんは、東堂と一緒にどこ行ってたの?」


「東堂君? 東堂君とは昨日の夜に話して、そのあとはコミュニケーションフロアの方で私、眠ってしまっていたみたいです」


「眠ってしまっていた、みたい?」

「他のクラスメイトを探して、探し疲れて、ちょっと横になったところでそのまま寝ちゃったみたいです」

「えーと、誰かに変なこととかされなかった?」

 リコリスが言っていたのだから、そんなことが起こったわけもないのだが確認のために聞く。

「いえ、そんなことは一切。あたしも女ですから、自衛はしっかりとしています。眠る前に周囲の床を変質させた『水』で濡らしておきました。誰かが近付けば、反応できるように」

 葵の方法は知覚するものだ。だが、雅が似たようなことをすれば相手を吹き飛ばしてしまう。眠っている自分自身に近寄る相手に気を遣う理由も無いが、もしリィやディルだった場合、その後のやり取りがハッキリと想像できてしまうため、そういった手法は使えない。


 それでも、雅はどれだけ疲れて眠っていても、誰かに触れられれば目を覚ますほどに触覚が鋭敏になっている。『風』の変質によって、触れた相手と自身の体の隙間にある空気に違和感を覚え、目が覚めるのだ。これも恐らく、風の便りと同様で無意識の内に変質が施されている。片方は起きている時に、もう片方は寝ている時に、本能的に発生する。


 しかし、どうだろうか。今日はとても緩んでいた。だから寝起きに着替えてしまおうなんて思い立ってしまったに違いない。


 ディルに心を許し始めているせいも、無きにしもあらずなのだが。


「じゃぁ東堂とはなにもなかったわけ?」

「え、はい。『大丈夫か?』と訊かれたので、『大丈夫です』って答えたくらいで。それだけで話が終わってしまって、正直、なんで呼ばれたのか分からなかったんですけど」

 ヘタレだなぁ、と雅は肩を落とす。ガッカリしているのか、ホッとしているのかは微妙だった。けれど、肩透かしを喰らったのは確かだ。

「リコリスさんに会った?」

「……はい。喋るなとは言われていないので、話します。クラスメイトの顔と名前、特徴を訊かれました。『ワダツミ様』に傾倒している(かた)だけを話すよう言われたので、佐藤さんたちのことを教えました。だって、逆らったら、忠告を破るようなものですし。それに、佐藤さんたちがリコリスさんの介入で『ワダツミ様』から脱却できたら、と思うところが、少なからずありまして」

「あまり気負わないでください。あの人に脅されたら、私だって喋っちゃいます」

「そう、なんですけど……あたしは、折り合いを付けにくい性格、なので……大丈夫ですよ? すぐに落ち着くとは思うんですけど、なんだか不安と後悔がいつも傍にあって、とても、怖いんです」

 葵の不安を紛らわせたいと思って、雅は彼女をそっと抱き締める。

「……ありがとうございます。凄い、良い匂いですね。心が落ち着きます」

「葵さんの服も同じ香りがしますよ? でも、ここですぐ着替えるのはやめた方が良いと思います」

 首を傾げ「どうして?」という表現をするので、雅はどう答えたものかと困り果てる。

「ほら、そろそろ野菜を収穫する人とかが来るかも知れないじゃないですか。着替えるならトイレの個室が良いと思います」


「ああ、そうですね。誰かに下着姿を見られたりしたら、大変ですものね」


 グサリと突き刺さり、雅は「うっ」と声を漏らしつつ、蹌踉めいた。


「雅さん……まさか、」

「そんなはずないじゃないですか!」


 見られたんじゃ、と続くに違いない葵の声に被せて、雅は自らを守る。その反応を見て、彼女はなにかを察したらしく「そんなはずないですよねー」と気を遣った。

「それで、今日はどうします?」

「あたしは東堂君と一緒に、他のクラスメイトを探します」


 どうやら東堂は約束を取り付けるのは上手いが、その後の一歩を踏み出せない男らしい。雅は、とことんヘタレだなぁと思いつつも、そのヘタレさのおかげで葵が変なことをされないと断言できるため、安心して彼に葵を任せることができる。


 リィを見守るディルみたいな気持ちになってしまっている、かな。


 そのような気は一切無いのだが、唯一の友人に対する異常な執着心が雅の中に作られているのはまた事実だった。これもまた歪みと表現するのならば、こちらは早々に矯正しなければならない。あくまで雅は友人として葵のことを気遣っているのであって、それ以上の気持ちは無い。決して、同性に恋するような性質ではないのだ。勿論、そのような心を持っている人を(けな)す気持ちは無いのだが、それを玩具のように話題として持ち出して、傷付けるような人は嫌いである。

「じゃぁ、配給はお昼だけみたいだから、それは忘れないようにね。時間が分かるものってあったっけ?」

「安い腕時計を着けていたんですけど、リコリスさんの雨で使い物にならなくなっちゃいましたから……あ、でもコミュニケーションフロアには壁掛け時計がありましたよ?」

「なら、そこで時間は確認できますね。配給はショッピングフロアの第七層で行われるみたいです。券を配給場所の入り口で渡されるらしいんで、そこに書かれている番号のところに並んで受け取るそうです」

 これは査定所で配給の申請をしたときに教えられたことだ。十一時半から二時半までの間に配給を受け取らなければ、その日の分はもう受け取れないらしい。なので、早めの行動が大切なようだ。

「それは、随分と混み合いそうですね。何回か様子を見つつ、人の少ない時間帯を狙った方が長時間、並ばずに済みそうです」

「では、みんなが同じ時間帯に並んだり食べたりするのは多分、無理だと思うので、午後三時に甲板に集まりましょう。ディルも……多分、その時間帯だと甲板に居るはずなので」


「ディルさんのことはなんでもお見通しなんですね」


「いえ、昨日一日のここでの過ごし方を見たら、そうとしか考えられないだけなので」

 あの男が、コミュニケーションフロアで仲睦まじく、同年代の人と語らっている姿など想像することができない。孤独なディルは、絶対に人の少ない場所を選ぶ。孤独だった雅には、その気持ちがよく分かるのだ。

「それでは、午後三時に。あたしはまず、服を着替えますね。それから、部屋の申請もしておきます」

「はい」

 葵が雅から衣服を受け取り、階段を降りて行った。雅は「ふぅ」と息を吐いたのち、透明なアクリル板に背中を預け、腰を降ろす。すると丁度、複数人が野菜の収穫に来た。恐らくは、ここに逃げ込んで外に出られないまま、ここで生きることを決めた『木使い』と『土使い』で、元討伐者たちに違いない。よく見れば、査定所でディルと口論していた人も居る。水やりのために『水使い』も一緒に来ているらしい。

 そんなことを観察していても、雅にはなんの利益にもならない。むしろ、収穫する様を裏手の方まで追い掛けたら、間違いなくお腹が鳴ってしまう。こういうときは別のことを考えるに限る。だから雅はすぐに立ち上がり、眠っているリィを起こす。

 その後、「ディルが戻るまでここに居る」と言いつつ、甲板から外を眺め始めたので雅は一人で行くことにした。どんな人でもリィに手出しはできやしないのだ。そういう意味では、ディルは過保護にしているが雅は放任主義だ。彼女が艦内に入るようなことがあれば、それはそれで雅は手を繋いで一緒に行動するが、甲板から中に入らないのなら、そこまで必死になることもない。

 居る場所が分かるというだけで、心配の度合いが違うのだ。

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