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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-子供と子供-】

「『ワダツミ様』が入浴されます。浴槽を空けなさい」


 雅たちが居る浴槽は端に位置するのだが、なにやら中央付近の浴槽の方で声がした。それも、気にしていた『ワダツミ様』という単語が聞こえた。

「まだ少し、浸かっていましょう」

 葵の提案に雅は静かに肯く。ここからでも中央付近の会話は聞こえる。怪しまれずに『ワダツミ様』の正体を探ることもできる。

「さぁ、『ワダツミ様』、浴槽が空きました。どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」


 中央の浴槽を利用していた人たちはスゴスゴと退散し、『ワダツミ様』と呼ばれた――リィと変わらないほどの幼い少女が浴槽に浸かる。少女の取り巻きは、周囲を見張っている。


「佐藤さんです」

 葵が声を発する。雅は、その驚きに対して「静かに」と返すことしかできない。少女を取り巻く多くの女性の中に、葵のクラスメイトたちが居た。東堂の言っていた通り、『ワダツミ様』に関わっているのは事実のようだ。


 不意に少女は立ち上がり、浴槽を出た。そして、なにを思ったのかこちらへと歩いて来る。視線に気付かれたのかも知れない。リィはともかくとして、雅と葵は伏せて、さも少女を見ていなかったかのように振る舞う。


「アナタたちは、新しくここへ来られた方たちですか?」


 少女はどうやら雅たちに訊ねているらしい。髪型は昔のおかっぱを連想させるが今風に整えられており、顔立ち、身長、どれをとってもリィと同じくらいの、幼い女の子だ。なのに、どうしてか異様な圧迫感がある。

 この子が『ワダツミ様』なのだとすれば、その問い掛けに答えないわけには行かない。なにせ取り巻きたちが今にも大声を上げて、返答をしない雅たちを怒鳴りそうな雰囲気を発しているからだ。


「その通りです」

「では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「……雪雛 雅、です」

「白銀 葵と言います」

 そして、入浴に夢中なリィについては「この子はリィです」と雅が代わりに答えた。


「さぞ、外の世界は苦しかったことでしょう?」

「……それなりに、は」

「ここは良いところです。くつろぎ、俗世を忘れることもできましょう。どうですか? ワタシたちと共に、より良い環境に、ここを変える気はございませんか?」


 この場、この時に限って、何故、勧誘を掛けて来たのか。もっと別の時間帯もあっただろう。唐突過ぎて反応に困る。返答は「ノー」と決まっているのだが、それを遠回しに表現する方法が思い当たらない。


「イヤ」


 雅と葵がどう言ったものかと悩んでいる横で、少女に目を向けることもせずにリィが率直な返事をした。

「『ワダツミ様』に向かって、なんという態度!!」

 取り巻きの一人が怒鳴り、リィに掴み掛かろうとしたところで、少女が手を挙げてその動作を止めさせる。

「何故、ですか?」


「より良い環境があったって、より良い世界にはならないから。ワタシはイヤ。入浴は好き。でも、この場所にずっと居るのはイヤ」


「アナタたちも、この子と同じ意見ですか?」

「はい。あたしたちは、ここに長居するつもりはありませんから」

 答えあぐねている雅の代わりに葵が答えた。

「そうですか。ならば、結構です。無理に誘っては、小さな(いさか)いを生むだけですから。ですが、もしもその気になることがあったなら、是非ともワタシたちの元へ来てください」

「あなたに陶酔する方たちが私たちに嫌がらせをすることは、ありませんよね?」

「ご安心を。ワタシはそのようなことを望んではおりません。現に、ここにはワタシたちに属さない方々も少なくありません。嫌がらせなど、そのようなことをしてまで、数を増やしたいわけでもございませんので」

 『ワダツミ様』は踵を返し、中央の浴槽へと戻って行く。


「なんで? 信じらんない。なに断ってんの……あんたみたいな奴が、なに歯向かってんのよ」


 佐藤は葵に向かい、いかにもな台詞を吐き捨てて、『ワダツミ様』のあとを歩いて行った。

「……リィ、私たちが答える前に答えない」

「だってイヤだもん」

「その通りですけど、ちょっとピリピリした空気になっちゃいましたよ。もう、ほんと……怖いもの知らずですよね、リィちゃんは」

「葵さんは大丈夫?」

「佐藤さんは昔からああですから。むしろ、昔と変わっていないことに安心しています。『ワダツミ様』に傾倒してしまっているのは、嘘だと思っていましたけれど。なにかに(すが)りたい気持ちも分かりますけれど」

 葵のクラスメイトは『ワダツミ様』を崇め奉っていて、そして『ワダツミ様』は可憐な少女だった。これはディルに報告する内容ではあるものの、リコリスには伝えなくて良いだろう。なにせあの女は今、この場に居るのだから。


 そして、リコリスの元にも『ワダツミ様』は向かい、どうやら勧誘を掛けているらしい。その勧誘をケラケラと嗤いながら、「おとといきやがれ」と言って断ったあの女も、リィと同じ怖いもの知らずに違いない。なにやら騒ぎでも起こす気なのかとヒヤヒヤしたが、リコリスへの暴言はあっても暴力に繋がるような事態は起こらず、、あの女は嗤い続けながら脱衣所へと出てしまった。

「『ワダツミ様』が入浴を済ませる前に私たちも出ましょう」

 脱衣所でもこのようなことが起こると、ディルの口癖を真似たくはないが「面倒臭い」。葵はすぐに同意してくれたが、リィはまだお湯に浸かっていたいらしく、けれどそのまま置いてけぼりにするわけには行かなかったので抱き上げる形で強引に浴槽から出させた。脱衣所までは暴れていたが、そこに到達するとさすがに諦めてくれたらしく、不機嫌そうな顔はしていたものの、タオルで髪と体を拭いてあげるとたちまち機嫌を直してくれた。髪の水気を取り切ることはできなかったが、服を着終えて、雅たちは脱衣所をあとにした。無論、水筒も忘れず、ウエストポーチも装着し、短剣の入った鞘も忘れず腰に差した。

 このような兇器になる武器を持ち歩いていても、誰も悲鳴を上げないところを見ると、外から水を取って来る形になっている討伐者の地位は艦内では高いようだ。ここでは査定所と討伐者の関係は外界とはまさに逆転していると言っても過言ではない。ますますここは暮らしやすい環境が整っていると思えてしまうのだが、逆にその歪みは違和感を大きくさせる。


 だからこそ、自身の牙を再確認させてくれる短剣を、入浴時以外に肌身離さず持ち歩くのは大切なことなのだ。


「もうあとは寝るだけですけど、あたしたちの部屋は多分、用意されてませんよね」

「あ……そこは申請し忘れていました。でも、一日ぐらいなら甲板や、パーテーションで区切られている大部屋式の居住フロアでの雑魚寝でも良いんじゃないですか? 私、みんなの食料と水の確保で精一杯でしたし」

「あ、別に雅さんを責めているわけじゃないんです。それと、私の分の配給申請もしてくださって感謝しています。明日の部屋の申請はあたしがやります」

「よろしくお願いします」

 リィの手を引いて、さてどこで寝たものかと悩む。言ったは良いが、甲板での睡眠は寝辛いだろう。そしてなにより、ディルが居ない。あの容姿とあの粗暴な態度だ。できる限り傍に居てくれれば、心強い用心棒になる。一緒に寝たいわけではないのだが――入浴する前に寄り添うように寝てしまったのだが、そういう意味では睡眠時のディルの役割は大きい。

「リィを連れていれば、気にして探しに来てくれるとは思いますけど、こっちもこっちで探さないと、きっとアタリも強くなると思います」

 さすがに入浴後のサッパリした状態では、罵詈雑言には耐えられても殴る蹴るの暴行には耐えられない。こう表現してしまうと、普段からそのように虐げられているように聞こえてしまうのだが、実際には戦闘訓練や咄嗟の行動時にしか最近では圧倒的な暴力を体にぶつけられることも無くなったため、これでも随分とマシになったのである。大体、隣で座って寝ていても、殴られたり蹴られて起こされたりしなかった時点で、相当の変化なのだ。


 葵には比較的、優しい割りに、どうして自分にだけはこうも厳しいのかと思ったこともあったくらいだが、甲板での一件で少しでも暴力の割合に変化が表れたのなら、雅にとっては嬉しい限りである。

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