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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-入浴-】


 雅が目を覚ましたとき、隣にディルは居なかった。代わりに雅を起こしてくれたのは、なんとか気持ちの整理を付けたのだろう葵だった。しかし、泣き腫らした目を見れば、未だどこかに折り合いの付かない部分があることは分かった。それでも、そのことについて触れるのは野暮であったし、雅自身も葵をこれ以上、泣かせたくはなかったため、控えた。


 そうして今はリィも連れて、第一層を目指している。


「まさか、お風呂もあるなんて思わなかった」

 雅はショッピングフロアで購入したタオル類を片手に、なんとなしに呟く。着替えもそこで購入したが、これは恐らく艦内で亡くなった誰かの服に違いない。こんな環境下で服を仕立てることはできないからだ。かと言って、ずぶ濡れの服を着直すわけにも行かないので、仕方無くの購入に踏み切った。下着だけはそのように買う気にはなれなかったので、これは我慢して着続けるしかない。


 船底となる第一層は居住フロアではあるが、その一部が大浴場となっているらしい。それについては甲板から降りて、東堂と偶然に会った折に聞いた話だった。ただ、本当に偶然かは疑わしい。葵を見つけて、甲板から降りて来るところを見計らっていたのかも知れない。


「ですよね。お風呂なんて滅多に入りませんし」

 水が貴重な中で、よくもまぁ大浴場など用意したものだと感心する。そこに使う水があるのなら、もっと配給に回せる水があるだろうにとも思うのだが、東堂曰く「入れるのは一週間に二回。今日と三日後」らしいので、雅たちが戦艦に入ったのはベストタイミングだったと言える。丁度、リコリスの力によって服もずぶ濡れであったし、嘔吐するほどの芳香を嗅がされたことも相まって、気分転換には丁度良い。葵も少しは気分が晴れるだろう。


「でも、覗きとかありそうじゃないですか?」

「そんなことがあったら、ここにこれだけの女性が住めるわけないと思いますよ?」


 葵の言うことも最もだ。この艦内では妙に人々の統制が取れている。これだけ広々とした空間で暮らしていることも要因の一つなのだろうが、とにかく閉じ込められていることにパニックを起こすような素振りを見せる人が一人も見当たらない。これも東堂の言葉だが「物盗りも無い」らしい。

 これほど犯罪の起こらない閉鎖空間も珍しく思う。雅の読んだ読んだ推理小説ではクローズドサークルでは大抵、事件が起こりやすいものなのだが、やはりあれはフィクションなのだろうか。いや、実際に、外にも出られず、狭い場所での長期的な生活というのは耐えられるものではないはずだ。なにかしらのいざこざが起こらないならば、それはもう人間らしさが欠落していると言える。

 もしかすると、この統制も全て『ワダツミ様』によるものなのかも知れない。そういった、一つの大きな組織が見張り役などを買って出ているならば、監視の目があるというだけで犯罪行為には手を染めにくくなる。あくまで憶測に過ぎないが、いわゆる(あた)らずと(いえど)(とお)からずといったところだろうか。


「オフロー、オフロー」


 リィも浮かれている。この子にも、入浴を楽しむという気持ちはあるらしい。

 大浴場の入り口が見える。男女で暖簾分けされており、男の脱衣所入り口には男が立ち、女の脱衣所入り口には女が立って、両者が揃って見張りをしている。これならば、男が女の脱衣所に忍び込めないだろう。雅には喜ばしい限りである。


「自分のカゴの位置、忘れちゃ駄目ですよ」

 雅に比べて葵の脱衣が遅かったので、こういったところに慣れていないためだと思い、言っておく。

「こういうところ、慣れてませんから」

「やっぱり」

「こう、たくさんの人に裸を見られていると思うと緊張しません?」

 とは言っても、雅も葵も体にタオルを巻いて、最低限隠さなければならないところは隠している。ただし、雅に比べて葵の豊満な体付きは同性であっても目に止まりやすい。

「町に一つだけあった銭湯を利用したことが一回あるんですけど、悪くなかったですよ? 男性の視線もありませんし」

「そう、ですね」

「オフロー、オフロー」

 リィも裸になり、そのまま大浴場に向かおうとしていたので、体にタオルを巻き付かせた。幼い女の子にも、身を守る以外の体の守り方を学ばせなければならないだろう。


 脱衣所から大浴場に入ると、既に多くの人が入浴を満喫していた。船底に大浴場があるのは、お湯の排水処理が比較的、しやすいために違いない。それでも、やはり大衆浴場などに比べれば簡素ではある。歩いていれば分かるが、水捌けもそれほど良いわけではないようだ。洗い場が空くのにも蛇口が少ないため、時間が掛かる。石鹸やシャンプー、リンスも無い。こういったものはショッピングフロアにも並んでいなかったため、ここではお湯だけで済まさなければならないようだ。しかし、かけ湯だけしてお湯に浸かるのは雅も葵も、どうしてもできなかった。なのでしっかりと蛇口の順番待ちをして、体を洗った。その後、リィの手を引いて雅は葵と共に幾つも用意された浴槽の中で、比較的、空いていた浴槽の一つにゆっくりと浸かる。


「いぎがえるぅうううう~」

 リィが濁音付きで、言い放つ。彼女らしくない一面だったが、新しい一面でもあり、葵と顔を向き合わせて小さく笑った。


「良いですね、足を伸ばせる浴槽って。あたしの家の浴槽では、足を伸ばし切れなかったので」

「どこの家も大抵は足を伸ばし切れないと思いますよ?」

 お湯に疲れが溶けて行く、という表現は稚拙であるがまさに雅は体中から力が抜けるような心地良さに包まれていた。

「あたし、迷惑掛けてばかりですよね。今日も、クラスメイトが行方知れずって知っただけで取り乱して……」

「気にしないでください。私、別にそれが迷惑だなんて思ってませんから」

「ありがとうございます」

「私、葵さんと会えて良かったと思っていますから。辛いときはちゃんと言ってください」

「……はい」


 バシャッと顔にお湯を掛けて、葵はまた零れそうになった涙を誤魔化した。


 しばし、体を温めてのんびりとした時間を過ごす。怒涛のような一日だった分、この一分一秒が非常に長く感じ、ずっと続けば良いのにとすら思える。

「雅さん」

「え、あ、はい」

 ボーッとしていたところに声を掛けられたので、しどろもどろになってしまった。


「……あの人って」


 葵がコソッと指差した方向にある浴槽に、リコリスが浸かっていた。

「忠告、受けました?」

 思い出したように雅はリコリスから受けた忠告について葵に訊ねる。

「受けました」

「あれ、本気で言っていると思いますから、気を付けましょう」


 葵が肯き、それから雅は「ちょっと訊きたいことがあるので」と言って二人を残して浴槽を出る。続いて、リコリスが一人で独占している浴槽まで歩いて行った。

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