【-今に至る女、誕生より-】
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女の生涯は闘争の中にあった。琥珀色の瞳、褐色の肌、そして金髪に白のメッシュ。産まれながらに女は異端であり、忌避されて来た。だからこそ、親にも捨てられた。
生きるために女は殺人以外のことならば、ほぼ全てやった。窃盗もした、強盗もした、売春もした、女を斡旋もした、薬も運んだ、薬も売った。おおよそ黒と呼ばれることならば全てやった。
それが女の生きていることを実感できる唯一の瞬間だった。それ以外にあったのは虚無だけだった。暇であれば苦しく、退屈であればあるほど耐え難いほどの恐怖が身を襲った。
喧騒の中に、騒乱の中に、そして闘争の中で育った女にとって、そこが普通であり平和は恐怖の対象だった。
そんな女が『水使い』として目覚めた。特権階級に登り詰めることのできる力であったが、女はそれを突っぱねた。
何故ならば、特権階級の中には女が求める闘争が無かったためだ。議論や討論などは女には向いていない。向いているのは、海魔と呼ばれる化け物を狩ること、ただそれ一つだけだった。
運の良いことに、仲間と呼ぶには難しくとも、力を合わせて海魔を打倒する者たちは居た。そのとき初めて女は人と人とが結ぶ力の強さを知ったのだ。
日本に傭兵の如く、飛び出した。そこに女が求める闘争があったからだ。
しかしながら、首都防衛戦は熾烈を極めた。女がおおよそ見たことのある世界とはまた違った別の、見たこともないほどの惨状が広がっていた。
絶対的な強さを持つはずの討伐者が骸となり、海魔の死体もまた至るところに転がっている。それでも押し寄せる海魔の数は凄まじく、到底、生き残れるはずがないと思ってしまった。
女はそのとき初めて、戦っていることに後悔を覚えた。闘争を、喧騒を、騒乱を、女は恐怖した。
そしてその女が恐怖する闘争を、喧騒を、騒乱を、狂気に満ちた表情で踊るように海魔を討伐する男を見た。
そのとき、女の中でなにかが外れたのだ。
生き残るためならばなんでもして来たのだ。ならばここで死ぬことは女にとっては本意では無い。
ならば生き残るためにはなにをしなければならないのか。
そんなことは簡単であった。
そうなることに迷いはなかった。
壊れた男を見たとき、女は頭のネジを外したのである。自ら、楔を外したのである。
そうしたとき、女は人以上であり人未満な『人で無し』となった。




