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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-崩れる友情と壊れた女-】
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【-黒い波-】

「相変わらずの狂いっぷりに、反吐が出そう。それも女を侍らせてハーレムだなんて、海の藻屑(もくず)となって死んじゃーえばぁ? えばぁ、えばぁ」

 そんな笑みから零れる言葉は、ディルを罵るものだった。

「その髪を引き千切ってやろうか」


「千切れるもんなら千切ってみたらー? 千切れないこと知ってるクセに、このバーカ。やっぱ、一度、あんたみたいな壊れた男は腐った海にぽいーっとしないと治らないのかなー。あーあ、マジ死ねよ」

 からかいのあと、ディルに浴びせたのは蔑みだった。キャップ帽を目深に被り直した女は口元を緩ませる。


「こんなところで、なにやってんのー? ディルがギリィ以外の女の子を連れて歩いているなんて珍しいったらありゃしないよー。なにー? ほんとーにハーレム? ハーレムにしても、その年頃の女の子はヤバいよー? ロリコンだよー、どこぞのアガルマトフィリア並みだよ。ペドじゃないだけマシだけどさー」


「あがるまとふぃりあ?」


 聞き慣れない言葉に、思わず雅は声を発してしまった。ディルの鋭い視線が体に刺さる。


「偶像性愛だよー。人形好きな気持ち悪い男が居るんだなーこれが。人形のなにが良いんだろうねー、人間同士でまぐわうのが一番なのにさー」


 どうやら卑猥な単語の一つだったらしい。雅は「あ、う」と呟きながら一歩ほど下がった。このような話にはとことん弱い。なにせ、中学を出てから男女のそういった行為を知ったくらいだ。性知識に乏しい分、猥談からは逃げ出してしまいたくなる。

「ねーディル。ここ私の領分だからさー、出てってくれない? 出てってくれなきゃ、困るんだよねー」

「はっ、テメェの領分ってどこの誰が決めたんだ? 全ては俺が基準なんだよ。テメェに領分なんてねぇよ。出て行くんなら、そっちだな」

「私の水を被ってそこまで強気を言えるなんて、さっすがディル。でもさーでもさー、ディル? このままだと死んじゃうよー? 良いのー? ほんとのほんとに、良いのー?」

 女はクスクスと笑いながら、浜辺から廃墟の並ぶ町の方角へと体を向けた。それに合わせて雅が視線を動かす。


「これ……ただの水じゃありません。服の、匂いが全くしません」


 葵はびしょ濡れになった自分の服の匂いを嗅いでいる。どういう意味か分からないので、雅も濡れた服の匂いを嗅ぐ。

「私はさー、一応ながら保険を掛けてあげたわけよー。一応ながらも顔見知りだったからさー、そんな顔見知りが、体中(かじ)られて死んじゃう様なんて…………うわ、すっごーい驚いた。自分でも驚くくらい、見てみたい! 前言撤回! 齧られて死んじゃえ!」


「テメェ、匂いを消しやがったな」

 ディルが軽蔑の眼差しで女を睨む。


「消せって言ったのそっちじゃーん。私が浴びせた水から発せられる匂いがさっきの香り。まー私自身からの贈り物。動物には大嫌いな匂いがあるものでさー、まぁシーマウスはどの匂いが嫌いなのかサッパリなわけ。だったらこっちは色んな匂いを掻き集めて放っておけばどれかは嫌いでしょーって感じだったのー。さて、その匂いが消えた今、シーマウスが嗅ぐのはどんな匂いかなー?」

「体臭」

「大当たりー。シーマウスも合成繊維とか、その手の衣服が放つ匂いをちょっと危険視してるみたいなんだよー、だって討伐者も服を着てるもんねー。そう易々とシーマウスも殺されたくはないわけー。そ・こ・で、私がぶっ掛けちゃった水でその匂いを消しちゃってみました。そうして残るのは、人間の体臭。シーマウスにとって、これほど甘美な香りも無いでしょうねー」

 ケラケラと嗤う女に対して、ディルが即座に動き、水色の襤褸の外套を引っ掴む。


「テメェも道連れだ」

 言って、掴んだ外套を引き剥がす。

 一瞬、女の体を引っ張った外套が擦り抜けたようにも見えたが、ディルが器用に剥ぎ取ったためだろう。


「はあっ!? ふざけんなよ、このヤローテメーこのカス!」


 一転して怒りを露わにし、ディルが剥ぎ取った外套を奪還しようと女が跳ね回るが、そんな方法では奪い返せない。雅にも経験があることだが、ディルはとにかく先読みが上手い。人間の筋肉の動きを見極めて、即座に取った物を取れない方向へと移すのだ。それはどうやらこの異様な女にも通用してしまうようだ。

「来ます!」

 葵が廃墟と化した町並みを見つつ、叫ぶ。地鳴りにも近いドドドドッという音を鳴らしながら大量のなにかが、まるで波濤の如く押し寄せて来る。

「ちっ、戦艦に行くぞ! 数で圧殺される!」

 ディルは外套を片手に、リィの肩を叩いて共に駆け出した。海魔を殺したくてたまらないと言っていた、あの戦闘狂のディルが、逃走することを決めた。それはつまり、雅や葵には決して対処し切れない相手だということだ。

「待て、この、クソッタレがー! 返せ返せ返せ返せ!」

 女もまたディルを追い掛けて走り出した。雅は葵と目配せをしたのち、全速力で三人のあとを追う。

「なにあれ……なにあれ!!」


 黒い波濤にしか見えなかったものとの距離が詰まり、ここに来てようやくその全貌が明らかになる。

 腐臭を放ち、カピバラのような大きな体を持ったネズミとも言いがたい、とにかく気色の悪い四足歩行の海魔が群れを成していた。ポロポロと見える程度では無く、黒い塊としか思えないほど密集し、その密度で波のように見えているのだ。げっ歯類独特の歯は怖ろしく成長しており、あんなものに噛み付かれたならば、肉だけではなく骨も削ぎ落とされてしまうだろう。ネズミのような海魔――シーマウスの怖ろしさをこの距離、この状況になって、雅はようやく理解した。


「穴に嵌まるなよ。そこはそいつらの巣穴であり、移動手段だ。足元から齧られないように避けて通れ」

 ディルの声に、慌てて雅が飛び越えようとしていた前方の穴から横に逸れつつ走る。ほぼ真横から、上空目掛けて、まるで砲弾でも発射されたかのような速度でシーマウスが飛び出て来た。あの瞬間、右に避けていなければ真下から噛み付かれ、そして齧られていたのだと思うとゾッとする。

「ちょっと、このクソ野郎。早くそれ返しなさいよー。それと、あんたなら穴を塞げるでしょうが。さっさと塞げこの野郎」

「はっ! テメェに命令されたらよけいに穴なんて塞ぎたくなくなっちまったなぁ。精々、苦労しやがれ」

 華麗に穴を避けながら走るディルと、穴を飛び越えても真下からシーマウスが飛び出して来ないリィは、とにかく歩いているときと同じく、こんな状況においても足が速い。


 それに比べ、隣を走る葵はもう息も絶え絶えだ。これではシーマウスに追い付かれてしまう。

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