【-あの時-】
♭
「ジギタリスに、訊きたいことが、あるの」
「どうしたんだい、急に? 僕も忙しい。そう長くは付き合えないよ」
「恋って、なに? 異性と異性が仲良くすることが、恋、なの?」
「それはそれは、とても難しい質問を投げ掛けて来るじゃないか」
困った困ったと呟きながらジギタリスは優しく微笑む。
「昔――言っても、僕たちがまだ幼かった頃だから言うほど昔でも無いんだけれど、恋人同士のイベントはたくさんあったんだ」
「イベント?」
「バレンタインデーやホワイトデー、クリスマスイヴにクリスマス。まぁどれも西洋の文化を取り入れたものに過ぎないけどね。でも西洋じゃクリスマスは家族と過ごすのが当たり前で、バレンタインデーやホワイトデーみたいなものも日本風に少しアレンジが加えられているかな。とにかく、そういったイベントがあって、こう……異性同士が凄く親しくなるような出来事も合わせて起こったりすると、恋というものは生まれるんだ。まぁ、イベントなんて関係無く落ちるときは落ちる。それが恋ってものなんだけど……昔に比べたら、恋やら愛やら語っている生き方はし辛いからね。特に討伐者は、生きるも死ぬも、運が絡む。そんな人と一生添い遂げようとするなら、強い意思が必要になるんじゃないかな」
ジギタリスは詳しく説明してくれたが、肝心なところをボカしているように鳴には感じられた。しかし、男の心音からは嘘や偽りを受け取ることができない。この男だけには、鳴の嘘を嘘と聞き分けられる『音』の力が及ばない。
なにもかもが強すぎるのだ。悪く言えば人外である。良く言えば……良く言うべき表現が見当たらないために鳴はやや考え込む。
「そう難しい話でも無いんだけれど、深く考え込む人ほど恋を逃しやすいらしいよ。けれど、レジェには関係の無いことだよ。君は世界の法になる。恋やら愛やらに浮かれる暇は無い。だから、この話はこれでおしまいにしよう」
「は、い」
「……レジェ? 少し顔色が悪いようだけど、風邪でも引いたかい?」
「な、なんでもありません」
顔を近付けて来るジギタリスから大きく離れ、鳴にしてはオーバーなリアクションを取ってしまう。
「そう、それなら良いけれど」
その動きからなにかを察したのか、それともなにも察しなかったのか。
どちらにせよ、変わらず男は優しく微笑み続けていた。




