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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第十部-】
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【-何故、獣の姿なのか-】


「ん……」

 瞼を開くと、白い天井が見えた。それから急いで上半身を起こし、自身が病室で眠っていたことに気付き、驚く。

 氷像の狼は意識を失った楓にトドメを刺さなかった。それどころか、絶対零度領域の外に放り出すことで誰かにこうやって救出させたのだ。

「……人殺しはしない、というわけですか」

 呟いた瞬間、ベッドの真正面にある丸椅子で座りながら眠っていた年齢不相応の容姿の男が目を覚まし、ガバッとベッドの上に身を乗り出す。


「生きていますか!?」


「生きていますから、それ以上近付かないでください」

「あー良かったですー。榎木 楓さんが死んだとなったら、きっと都市で働いている婚約者が一生許してくれなかったでしょうから」

「都市? 婚約者?」

「手紙で連絡があったんですけど、御存知ないのですか?」

「え……え、あー、ええー!?」

 声を出さずにはいられなかった。あの清楚な女性の婚約者が、こんな年齢不相応な体躯と精神を持った男ということを、脳が認めたくなかった。しかし、現実である以上、どうにかそれを受け入れなければならなかった。だから悲鳴にも似た声を発して、内側にある様々な感情を放棄したのである。

「そんなに不釣り合いですか?」

「不釣り合いですし、お似合いでもありません」

 どうしてこんな男をあの清楚な女性は好きになり、そして婚約などしたのだろうか。楓はブツブツと文句を垂らしたい気持ちに陥りながら、大きく息を吸い、そして吐き出す。

「二人の関係に他人が文句を言って申し訳ありませんでした。互いに認め合い、婚約という形を取っているのなら、私に文句を言う筋合いはありません。あと、絶対零度領域ですが、突破できずにこれもまた申し訳ございません」

「良いんです良いんです。僕が気弱でこんな未成年みたいな体躯をしていて、なのに年上っていうアンバランスさに文句を言いたい気持ちも分かります」

 そう言って、男は苦笑する。

「僕は、自分から変質の力に目覚めた側ではないんです。“喪失”によって目覚めた『水使い』なんです。だから、成長が人より遅くなってしまっているようです。ひょっとすると精神も、不相応なのかも知れません。知識だけ先を行っていますから、皆さんの言うことは理解できるんですが、子供っぽさが抜け切らない面が見えてしまうのは、きっとそのせいでしょう」

「“喪失”」

「はい。だから、多分ですけど長生きできません。もうすぐ三十になりますが、四十まで生きられるかどうか分かりません。その時まで、ひょっとするとこのままの姿かも知れません。それぐらい“喪失”の代償は大きいですから。榎木 楓さんのように、ケッパーさんによって溢れ出る力を抑えてくれていたなら、きっと僕も長生きできたんでしょう。だから、ハッキリ言いますけど、代償を抑えてもらえたあなたの境遇が羨ましい。そして僕たちが困り果てている絶対零度領域を一度に突破されずに済んで、実はざまぁみろという気持ちもあります。これが子供っぽいと言われてしまうところなんですけどね。こうやって感情をすぐ表に出してしまう。仕草も、先ほどあなたに止められたように子供っぽくベッドまで行ってしまった。分かっていても、体が動いてしまうんですよ」

 やれやれ、と男は自身の境遇を語りつつ、楓の境遇を心底、羨んでいるようだった。

「……二人の馴れ初めは?」

「同僚だったんです。彼女は僕の身の上を知っても、顔色一つ変えることなく接してくれました。大体の同僚は僕のこの体躯や顔立ち、仕草を見て辟易し、態度を変えるのに、彼女だけはずっと変わらずでした。『あなた以上の変人と会ったことがありますから、あなたのその姿を変と思う気持ちは一つもありません』と言ってくれて……それで、落ちました」

 落ちました、とは恋に落ちたという意味だろう。馴れ初めを聞こうとしたのは楓の方だが、何故だかこちらまで気恥ずかしくなる。

「そこからは子供っぽくても猛アタックです。彼女は仕事も出来て、清楚で朗らかな女性でしたから、僕なんて眼中にないだろうなと思っていたんですけど、気付けば他の同僚より僕を選んで接してくれるようになっていました。それがとても嬉しくて……そして、婚約までこぎ着けました」

「おめでとうございます」

 その言葉しか出て来ない。むしろここで貶せるほどの根暗さは持っていない。ケッパーやディルならば、間違いなく罵詈雑言が飛んでいることだろう。ひょっとするとリコリスもケタケタと嗤っていたかも知れない。


「……榎木 楓さん、あなたは『金』と『雷』の討伐者だ。そして、“喪失”を経験して、その力は『五行』でも『摂理』でもなく『極致』に達しているに違いありません。そして、ケッパーさんが羽織っていた外套を纏っている討伐者でもある。僕のように、大きな“喪失”を受け、代償を支払い、それでも幸せを掴むために努力しているちっぽけな使い手の未来のために、僕たち以上に頑張ってもらうことはできますか?」


「……喪ったものは?」

「家族です。目の前で海魔に殺されました。まだ幼かった僕は母親に言われたように衣装ダンスの中に隠れていることしかできませんでした。その時に“喪失”し、『水使い』となったために、体の成長が追い付かないんです、きっと」

 酷なことを訊いてしまったが、勝手に自分より優れているから頑張れと言われても楓には納得できないものがあった。使い手、討伐者、一般人。誰もが努力していて、誰もが頑張っている。なのに、それ以上に頑張れと言う男の裏にある“自身より優秀な人物に対して頑張れと言う理由”を知りたかったのだ。

「悲しみを背負って生きて行くしかないってわけですね」

「なにを仰っているんですか。いつの時代だって、悲しみを背負っていない人なんて居ませんよ。問題はそこで自棄にならないか、それとも未来を見て、幸せを感じ取れるか。そうだとは思いませんか? ただ、僕はまだ幸せを掴み取るには早いみたいで……まだ、戦わなければなりませんから。そのあとです、幸せを掴むのは」

「もし、幸せを掴む前に死ぬことになったら?」

「そんなもしもの話は考えません。僕は今を一生懸命に生きて、あの人と結婚して、家で静かに暮らして、その時が来たなら、足掻かず受け入れて、黄泉へと参るつもりですから」

 子供っぽい見た目に対して、不相応な覚悟と言葉に楓はどう返答したものかと悩んでしまう。混乱しているのだ。年齢に違わない体躯の男が、自分よりもしっかりとした人生観を持ち、そして大人として生きていることに。無論、それは年上――あの清楚な女性と相応の年齢の男だからこその人生観なのだが、姿形に拘ってしまって、頭が処理し切れていない。


 姿形に拘って?


 楓はふと考える。どうして“ヒトツメ”の狼なのだろうか、と。

 氷像の狼。しかも“ヒトツメ”。葵はどうして暴走させた力で、そのような形態を取っているのだろう。彼女ほどの大人としての精神と『慈善』の持ち主ならば、氷像であっても狼である必要が無い。別にそれは、ケッパーがたまに造っていた木の人形のように氷の人形であっても良いはずだ。自身を象った、氷像であっても良いはずだ。


 なのに暴走している葵の変質の力は、彼女の意思に従って氷像の狼、それも“ヒトツメ”の形態を取っている。まるでその姿形に拘っているかのようだ。


「私が頑張る理由としては、あなたの身の上話は足りません。圧倒的に足りません。だから頑張る気持ちなんてこれっぽっちも湧いて来ません」

「そう、ですか」

 シュンとした顔をして、男は項垂れた。


「ただ、一緒に頑張ることはできます。一人に押し付けないでください。この現状、この状況、なにもかもを打破するためには、色んな人が一斉に頑張らなきゃならないんです。だから、あなたも頑張ってくれますか? そう決意してくれたなら、私はもう一度、仲間のために絶対零度領域に足を踏み入れるつもりですけど」


 男は悩む様子など一切見せることなく、すぐに肯いてみせた。

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