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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第十部-】
310/323

【-選択に迫られる-】

「どウして!! ワたシの帰りを邪魔するノ!!」

 人魔が再び金切り声を上げた。しかし、誠の体を満たす変質の力は一切の麻痺を寄せ付けない。陽光の鎧や月光の鎧よりも強固な鎧――光を享受するのではなく、自ら光を発する“星の鎧”を纏っているからこそ、なにも届かない。


 ドラゴニュートは星の巡りを信仰していた。星々の輝きこそが、太陽や月よりも儚く、そして永遠に近いのだという考えからだ。


 誠は一切、星の巡りなど信仰してはいない。しかし、内側に眠っている力は『竜眼』を継いだ時より形を変え、“喪失”と“昇華”を経て、一つになった。


 『光』もまた星々の輝きであり、『星』もまた光である。誠が持つ光が、ドラゴニュートの信じる『星』を抱き込んだ。グレアムの遺志に自らの意思を見せ付け、それを超越した。


 そうして、ようやく誠はナスタチウムの思い描いた自分になれたのだと確信する。意志薄弱であった誠がドラゴニュートの遺志を乗り越えられたのは、この町に来て弱さと強さを学んだからだ。


「僕はようやく、あなたの理想の強さに、近付けたんでしょうか」

 小さく声を零しながら、誠は地面に降り立って、狂乱状態にある人魔へと一気に間合いを詰める。握り締めた拳には、スルトを打ち飛ばした時と同等の『星』の輝きが込められている。更に変質し続けているこの拳は、どんな海魔ですら防ぐ手立ては無い。

「あなたの娘のために、死んでくれ」

 美優に会わせるわけには行かない。それはひょっとすると間違いで、会わせた方が良い結末が待っているのかも知れない。


 けれど、誠はこの道を“選んだ”。悠里のようにいつも正しい決断ができるわけではない。だが、選び取った先で罵詈雑言を浴びせられようとも、誠はこの道を進んで行く。


 人魔の腹部に拳を打つ。打撃に合わせて一帯に散った光の礫が一斉に人魔へと奔り、その体を貫く。


「わタシの、娘……ノ、た、メ?」

「知らないままの方が良い悲しみは、ここに置いて行ってもらいたい」

 誠が下がると、人魔は膝を折って崩れ落ち、そして倒れた。

「愛しテ、いル……の。ワタし、の……み、ゆ」

 掠れた声で呟き、人魔の体は光の粒と合わさって霧散する。骨一つ残さず、塵と化したのは、人魔の実験の果てに肉体が既に限界に達していたためだろう。それでも、娘に会いたい、故郷に戻りたいという意思だけで、ここまで辿り着いた。その想いに敬意を払うように、誠は黙祷を捧げた。

 一分後、目を開ける。体を包んでいた『星』の力が解け、ゆっくりと自らの器の中に戻って行くことを感じ取る。そして誠は、薄黄色の外套を翻し、二枚の壁を越えて町に戻る。


「小野上さん! 大変なの、悠里が!」

 町に戻って最初に飛び込んだのは、美優の悲痛な叫びだった。


「悠里がどうしたんだ?」

「金切り声を聞いて、私たち全員、ついさっきまで動けなかったんだけど! 悠里は海魔との戦闘中に聞いて動けなくなったみたいで! その時、海魔も金切り声を聞いて暴れて、その爪がたまたま悠里に当たって!!」

 誠は顔を青褪めさせながら美優に言われるがままにその後ろを付いて行き、簡易テントの中に入る。

「よぉ……さすがは、討伐者だけのことは、あるな。あの数のほとんどを、お前が、始末したようなもの、らしいじゃないか」

 ナーガの爪で裂かれた胸部からは止め処ないほどの血が溢れ出している。なのに悠里は表情一つ変えることなく、誠を挑発して来る。

「他に、負傷者は?」

「俺以上に深い傷を負った奴はいない。海魔に付けられた傷でも、小さなものであれば治りが遅いだけだというのは、これまでの経験で知っている。だが、俺はどうも駄目そうだな」


「なに言ってんの!?」

 美優が叫ぶ。

「あの金切り声はなんだ? みんな、硬直して動けなくなった。壁に入って来た海魔どもはのきなみ苦しんで、勝手に死んで行ったぞ。まぁ、おかげで様で、俺以外が生き残れたみたいなものだけどな。正直、分が悪かった。俺が少しでも体を動かせるようになったってことは、みんな、問題無く動けるようになっただろう」


「……じゃぁ、なにか? 君は、自分の犠牲だけで済んで良かったと、そう言いたいのか?」

「分かっているじゃないか」

 ふざけるな。誠は心の中で呟いた。

 犠牲者を一人も出すことなく、この襲撃を耐え抜く。それが討伐者として誠に課せられていた使命だったはずだ。自分が人魔やハイエナのように飛んでいるだけだったマッドブレイヴに気を向けてさえいなければ、悠里が爪撃を受ける前に止めに入ることができたはずだ。

「お前に言われて、ずっと死について考えていた。結論として、死にたくは無いんだが……どうやら死ぬしかないらしい。こればかりは、お前の責任でも俺自身の責任でもない。なにも死にたくて、海魔の一撃を貰ったわけじゃないからな」

 薄っすらと悠里の瞳から光が喪われて行く。このままでは、悠里は助からない。


『人生、なにが起こるか分からねぇもんだ。分からねぇからこそ、その正しいタイミングを、間違えるな』


 どうやら、自信はまた選択に迫られているらしい。それも、答えが初めから分かり切っている、下らない選択肢に、だ。

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