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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第十部-】
309/323

【-人魔の声-】

 強さに胡坐を掻いて、他者を見下しているんじゃないか。そんな風にナスタチウムに言われた。その時、誠は口では「ほんの少しだけ」と認めたが、実のところを言うと、核心を突かれていた。ほんの少しではなく、完全に見下していた。それを悟られたくないがために、「ほんの少しだけ」と嘘をついた。

 二匹目のナーガの胸の中心部を刺し貫き、残り一匹のナーガの爪撃を陽光の鎧で受け、弾き飛ばされつつもすぐに体勢を整える。

 だが、今は塵一つとして見下していないと断言できる。この町で過ごして、自身がどれだけ慢心していたかを思い知った。悠里という存在が、美優という存在が、そして一般人だけで成されている町の人々の生活の全てが、考え方を変えさせてくれた。


 これがナスタチウムの教えたかったことなのだろうか?


 これも分からない。しかし、ここで長く過ごしていなければ決して誠は改心しなかっただろう。一般人にも、一般人なりの暮らしがあり、そしてその生活は討伐者を支えているだけでなく、時として討伐者すらも驚くほどの生き方を、そして強さを身に付けている。

 人の地位は平等では無い。けれど平等に生きる権利はある。一般人が奴隷のように扱われる理由などどこにも無いのだ。だとすれば、ナスタチウムが地位を捨て、討伐者となり、更には一般人だけの町を作った理由にも共感できるような気がする。

 気がするだけで、分かった気にはなれないけれど。それぐらい、あの大男の生き様は強烈過ぎるのだ。

 爪撃をいなし、尾を陽光の剣で受け流し、僅かな隙に踏み込んで、残り一匹のナーガの胸を刺し貫いた。

 三匹は始末した。あとの六匹は壁の向こう側に行ってしまったため、悠里たちに任せるしかない。

「多くをあっちに回してくれたおかげで、なにが混じっているか様子見できそうなのはありがたい話だよ」

 マッドブレイヴの特攻もあるのだが、それに関しては直感で避けられる。さすがに、あの危険な突撃を視界の外に置くつもりはない。だから誠はマッドブレイヴの群れと人魔一体を見ることのできる距離で、ジッと動かずに構え続ける。


「ずっト、帰りタかった」

 人魔は呟く。

「こコに帰りたカったの!!」

 耳を劈くほどの金切り声が辺り一帯に響き渡り、同時に誠の全身に筋肉が硬直する。意識的に動かそうと思っても、無意識に肉体が筋肉を硬く引き締め、一歩も動くことができない。


 恐怖心で動けないわけではなく、動きたいのに動けない。


「ねェ……ネぇ、もう、ドコにも行カないから、もう痛イのは、嫌!!」

 更に響く金切り声に、三半規管が狂い、吐き気を催す。長く続く耳鳴りと、目が回っているかのように回転する視界に、硬直して動けないまま誠は真横に倒れる。同時に胃が揺さぶられ、地面に激しく嘔吐した。


 緑色のボロボロの服、灰色のマント、燃えるような赤い瞳。


 対象の死を金切り声でもって予見する妖精の姿にそっくりだ。だが、それ以上に海魔の部分が大きく突出しているため、醜悪な顔を見続けるのはあまりにも申し訳ない。体が動かない以上、その顔をずっと見続けることしかできないことに苛立ちすら覚えるほどだ。

 恐らく、バンシーと呼ばれる海魔の血が混じっている。一度も遭遇したことは無いが、『下層部』の資料を整理していた時にそういった海魔の項目があった気が、する。

 ただ、バンシーは金切り声を上げて、海魔の群れを呼び寄せ対象に死を送り付ける習性を持ってはいるが、その金切り声で動けなくなるなど聞いたことが無い。だから、この人魔にはまだもう一匹、血が混じっている。


『体が動かなくなった時は、パララサスにやられたと思え。あれ以外で筋肉を硬直させる海魔は居ねぇからな。ただ、パララサスは植物によく似た生態を持っていて、姿形もラフレシアという植物にそっくりだ。ラフレシア並みの臭いを発するわけじゃねぇが、とにかく光合成をして生きている。パララサスにやられる時ってのは、誤って奴らが根を張っている地に入り込んだ時ぐれぇだ』


「バンシーと、パララサス、か」

 言われてみれば、この人魔の体の一部にはシダ植物のようなものが寄生している。

「ただ、これだと壁に向かったナーガは……」

 呼吸は出来る。心臓の筋肉も動いている。この人魔の発する金切り声では、人間の心臓や呼吸を止めるほどの麻痺作用は引き起こされないらしい。しかし、音に敏感であるナーガがこの金切り声を聞いたなら、まず間違いなく心臓が止まり、死んでいることだろう。現に、音にそれほど敏感でない空中でいつこちらに特攻するとも分からなかったマッドブレイヴですら、ほとんどが地上に落ちて、のた打ち回っている。ならば、この人魔は通常のバンシーとしての金切り声と、パララサスの麻痺作用が混じった金切り声を使い分けていたということだ。


 そして、マッドブレイヴは人魔に呼び寄せられてやって来たわけではなく、人魔とナーガが人間を殺したのち、ハイエナのように獲物の死骸を(ついば)むために集まったのだろう。でなければ、『下層部』施設を襲ったときのような特攻を今の今まで一度も、一匹も行っていない説明にならない。


「会いタい……ワたシの……ムスメ……ミゆ」


 そう呟きながら人魔は誠の横を通り過ぎて行く。彼の者にとって、誠は取るに足りない存在なのだ。この人魔は故郷に帰りたがっているだけ。襲撃するために来たわけでは無い。しかし、人間として帰って来たならばなにも問題は無いが、人魔と化しているのならば討たなければ甚大な被害が出る。


 なにより、この人魔は呟いた。「みゆ」と確かに呟いた。即ち、実験体になったのは、美優の母親だ。そういえば、この町に着いてから悠里の両親とも、美優の両親とも顔を合わせたことは無かった。悠里は「父親は海魔の襲撃時に戦死し、母親は難産だったらしく、俺を産んですぐに死んだらしい」と言っていた。しかし、美優は一言も両親のことを話さなかった。


 悠里は人魔の人間としての部分に見覚えは無いと言い切った。つまり、それほど顔の造形が、姿形が変わり果ててしまっているということだ。そんな彼の者が、町に入り、美優を見つけてしまったらどうするか。そして、自分の娘だと言い放ったなら、どうなるか。間違いなく美優は化け物の娘とされ、周囲から疎まれる。根も葉もない噂が立つ。なにより、町を出て行った母親が見るも無残な姿になって現れたとなれば、彼女の心は深く傷付く。“喪失”や“昇華”ではなく、単純に精神が崩壊しかねない。


「……めろ」

 声は出る。体は動かない。心臓は動いている。全身に血は巡っている。ならば、動けなくとも、とにかく警備隊に伝えなければならない。

「止、めろ!! この人魔を! 町の中に入れちゃ駄目だ!!」

 心から叫び、更に脳から筋肉に訴え掛ける。硬直している筋肉を、なんとか動かそうともがく。もがき、もがき、しかし、体は応えない。


 力が足りない。


「……力、か。おい、変質の、力。君も、“力”と呼ばれているんだから、主人の命令には、従えよ……? 筋肉が動いてくれないのなら、その“力”で、強引に体を……満たす。満たせば、君は、僕を動かして、くれるだろ? グレ、アム」

 体内に力を蓄えて行く。イメージとしては器に満たされている変質の力を強引に溢れさせる。変質の力とは、無尽蔵に器の底から溢れて来るものだ。人間の中にある器の限界まで満たされれば、それ以上、零れないように栓がされるだけであって、無くなるものではない。


 満たす、満たす、満たす。そして蓄え、溜めて、溜めて、溜める。


『小童、我の力の虜となる覚悟ができたか?』

「ふざ、けるな」

 溜めれば溜めるほど、誠の中に眠る『光』とは異なる『竜眼』の意思が――グレアムの遺志が首をもたげる。どうやらこの体は既に人を超越してしまっているらしい。しかし、それでも誠が人らしさを維持できているのは、内側から呼び掛けて来る遺志に耳を貸しては来なかったからだ。

『ならば、どうする? どうやってこの場を乗り切る? 小童如きに、小童が抱く幻想を突き通せるのか?』

「僕は、僕だ。この体は僕の物で、この“眼”は君が僕に与えてくれた物だ。だったら、従うべきは君の方だ、グレアム」

 全身に満たされた力の波長からか、誠を(まばゆ)いほどの光が包み込む。そしてその光は形を成し、竜の気となって咆哮を上げる。誠の両目は爬虫類のように鋭い眼光を宿し、血の涙を流しながら『竜眼』と化す。

『ならば、なにになる? 小童』


「たった一人でも、構わない。ただ一人を救える力が僕にある、のなら!」

 スゥッと息を溜める。

「僕は“鬼”になる」


『なるほど、狂い竜の言葉に自らを堕とすか。狂わず鬼となれるか、見物だな』

「悪いね、グレアム。僕は狂えるほど、怒りに振り回されない人間だ」

 竜の気が全て誠の中に戻り、同時に全身を硬直させていた筋肉が緩む。立ち上がり、目を見開き、人魔が跳躍した直後、合わせて弾丸の如き直線の跳躍で、彼の者より先回りし、中空で回転しながら壁の外へと蹴り落とす。一枚目の壁の頂上に着地し、後方の状況を確認する。ナーガは想像した通り、絶命している。しかし、合わせて警備隊のほとんどが立ったまま、或いは倒れたまま動けていない。生きているのか死んでいるのかは、この場所からでは把握すらままならない。そして、悠里の姿も見えない。

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