表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-第二部-】
30/323

【プロローグ 03】

「どっちにしたって、碌な意味なんざ持っちゃいねぇな」

 小分けにされた料理も、よそわれた御飯も食べ切って、図々しくふんぞり返りながらディルは呟いた。


「首都防衛戦の生き残りの話は、テメェにはしたな?」

「え、あ……ディルはその生き残りの一人でしょ? 五人の内の、一人」

「生き残ったは良いが、俺以外の四人も頭のネジがぶっ飛んだんだよ。あの悲惨な状況を見たら、どっか壊れなきゃ生き残れそうもねぇわけだが」


 昔のことを語るディルは、どこか苛々しているようにも見えた。

「短期間だが……あー、一ヶ月ぐらいは一緒に活動していたんだよ。よくもまぁ、壊れた五人組が一ヶ月も一緒に居られたよなぁ」

「その中に『人で無し』が居た」

 ディルが言うことをリィが先に言った。それが気に喰わなかったのか、ディルはリィを睨む。しかし彼女はその睨みに怖れることなく、平然と椅子に座り続けていた。

「あれは、本当の意味で『人で無し』だ。だから、『人でなし』という言葉を耳にはしたくねぇんだ。あの“疫病神”め」

 討伐者の中で“死神”と噂されているディルが言うのだから、その“疫病神”と呼ばれる『人で無し』はよっぽどなのだろうと雅は苦笑いを浮かべつつ思った。あまり深くは訊かない方が良さそうだと判断し、葵の料理に集中し、ディルよりも上品に、そして時間を掛けて平らげた。

「それで、ディル? この町を出るつもりあるの?」


「ねぇな」


 雅はつんのめって、キッチンのシンクに運ぼうとしていた皿を落としそうになる。それでも、戦闘訓練の中で培った重心の移動に救われ、割らずに済んだ。

「私が入院していたときにはすぐに町を出るような感じだったけど!?」

 振り返り、ディルに向かって怒鳴る。

「俺はリィの行きたいところに気ままに行くだけだ。だが、こいつはここの居心地が良いのか知らねぇが、もう一ヶ月以上も町を出たいと言いやがらねぇ。ほんと、使えないポンコツだ」

 ポンコツなのはディルの方ではないのか、と雅は呆れつつ葵が待つキッチンのシンクに無事、皿を運び終える。

「町を出るなら、早めに準備しようと思っていたのに……お金は銀行に預けられるけど、水はどうしようかなって」


「あれ? もしかして、水を査定所に預けたことが無いんですか?」


 室内にある貯水タンクから水道、そしてシンクへと流れる水を止め、葵が驚きながら訊ねる。

「討伐者証明書を持っていれば、別の町の査定所で、同量の水が引き出せるのは知ってる。でも、手数料とばかりに預ける水に応じて幾らか持って行かれるのが嫌だったから。それに、町の外に出るなんてこと考えてなかったし、ここの査定所でも充分だと思ってたの」

 ディルがククククッと堪えながら笑う。

「手数料に限らず、預けて一ヶ月毎に一定量の水が査定所に天引きされるからなぁ。あれは銀行と違って、腐ったシステムだよなぁ」

「え、それ初耳なんだけど」

 ならよけいに水は持ち運びした方が良い。他人に自身が命懸けで手に入れた水を、そう苦労もせずに取られている――盗られているなど、雅には耐えられないほどの苦痛である。ただでさえ一人で討伐者として活動していたのも、他者との水の分配が気に喰わなかったのだ。これでは査定所に水を預けることが不利益ではないか。


 雅はどうやって家に残している水を運ぼうかと唸り出す。


「その歳でがめついよなぁ、クソガキ。多少、天引きされようが困らねぇだろ。まぁ、定期的に海魔を討伐できていれば、だが」

「私はディルと違って、その定期的に海魔を討伐できるかどうか分かんないでしょうが」

 今度は雅が苛々しながらディルに言う。

「ああん? 分かってて言ってんだよ、クソガキ。テメェは大した討伐者でもねぇし、海魔の討伐に常に命懸け。四級、五級は狩れても所詮はそこまで。三等級にはまだ苦戦して二等級には一人で勝てるかも怪しい。そんなクソガキが預けた水が徐々に徐々に査定所に持って行かれる様を見るっつうのは、たまらなく面白いじゃねぇか」

 言い返すこともできず、雅は俯きながら苛々を抑えようと努める。ディルの言う通り、雅には一人で海魔を討伐できる、ディルの持つ余裕がない。常に気を張り続けていなければ、死んでしまう。

 三等級のフィッシャーマンとの戦いではディルに助けられ、二等級のストリッパーとの戦いは葵と共闘してどうにか、そして一等級のレイクハンターはその狙撃への拘りを看破し、それを足掛かりにして擬態も解くに至ったが、それは一人ではなく協力戦で何人もの死亡者を出してなんとか達成できたことだ。

 その後、溢れ出したストリッパーの群れに関してはほとんど手を出せなかった上に、いざ手を出そうとしたところで緊張の糸が切れて気絶してしまった。そしてその間にディルが全て(ほふ)ってしまった。それも気絶している雅を守りつつ、本性を現したリィを守りつつ、果てにはリィの中から引きずり出した葵すらも守りつつだ。


 なので、今のところ雅が一人で単体の三等級以上の海魔を倒せたという証明はできないのである。そして、ディルと共闘など未だ程遠いことなのだと実感させられる。同等でなくとも構わない。できれば背中を預けてもらえるくらいには強くなりたい。そういう意思は、ここのところ強くなる一方だった。


「テメェは自分の金や水を取られることに関して言えば、驚くほどにがめつく強情で、人を信じようともしねぇが、実のところ、それの入手に関しては驚くほどに消極的だ。もっと貪欲に海魔を狩らなきゃ、金も水もすっからかんだ。ククククッ、そうなったときは、絶望だよなぁ。どんな顔すんだろうなぁ、おい。テメェのその強がりも威勢もなにもかも無くなった、生きる糧を失ったときに見せる、絶望に染まった表情ってのは、どんなだろうなぁ」


 やはり性格が悪い。雅が読んでいた漫画では悪役が言うような台詞を次々と出すディルのイカれ具合は凄まじい。そして、嫌というほどに自身の弱い部分を刺激し、痛め付けられる。これには、敵わない。


「私、辞めないって言ったじゃん」


 しかし、入院しディルが面会にやって来たとき、雅は「辞めない」と言ったのだ。それはディルと出会う前には無かった結論だ。いつも辞めたいと思いながら四等級や五等級と戦い、気を張り、逃げ出したくなるほどの気色悪さと腐臭と悪臭に立ち向かい続けていた。そんな逃げ腰だった雅が前向きに、現実を受け止められずとも討伐者として頑張ろうと決意した。だからこそ、雅はまだディルに付いて行こうという意思がある。

 ふて腐れたように言った雅を、ディルは一瞥したのち、鼻で笑う。

「そうだな。テメェは辞めないんだったな」

 その後、言葉を零す。

「昔々の、お偉方が討伐者となった使い手に向けて言い放った、ありがたぁいお言葉を教えてやろう。『辞めない』、『退かない』、『諦めない』だとよ。討伐者に必要な三要素だそうだ。しっかし、稚拙過ぎて思わず笑っちまった。そしたら因縁付けて来やがったから、半殺しにしてやった。そういや、あのお偉方はどうなったんだろうな、死んでねぇかな。死んでたらまた笑ってやるのに」

 昔を懐かしんでいる割に言っていることが物騒だ。雅はリィに視線を移す。

「……辞めないことがそんなに偉いことなの?」

「討伐者を辞めずに続けようと思える使い手なんざ、限られてんだよ。あんなクソみたいな臭い漂わせている連中に突っ込むのは、俺は楽しいが周りは楽しくないらしい。そして、辞めた奴らが行き着くのは乞食か強盗だ。テメェも心当たりがあるんじゃねぇか?」


 水を家に運ぶ途中、悪漢に襲われた。あのとき、一人はコンクリートで固められた道から土塊を隆起させることができていた。いわゆる『土使い』だ。もう死んでいる悪漢も、一応は討伐者だったのだ。

 討伐者としてのプライドもなにもかも捨てたのがああいう悪漢であるのなら、雅はまだディルの方がマシだと思ってしまう。


「討伐者が一般人に混じることなんてあるんですね。あたしは、ずっと査定所の隅でビクビクしながら事務仕事をしていましたけど」

「そもそも、日本は優しいよなぁ。なんの力も持たない一般人を根絶やしにせずに残している。重労働を課しながらも、生かしている。他の国の一般人は銃火器片手に使い手とドンパチやってんだ。海魔に襲われて死にやすい日本か、使い手に殺される外国か。まぁ、五十歩百歩にどんぐりの背比べってな。どっちも無意味で、虚しく、つまんねぇ。ああ、日本じゃ稼げるのが良いな。海魔に襲われている一般人からささやかな水や金をふんだくるのは至高の楽しみだ」

「やっぱサイテーだ」

 けれどこのサイテーさは今に始まったことではなく、ずっとサイテーなのだ。慣れてはいないし、受け入れてもいないが、一応は違う視点からの意見だと考えるよう努める。

退()かない、は?」

「逃げ出さねぇってことだ。どれだけ絶望的でも逃げ出さない。俺たち討伐者に引き際はねぇ。海魔と殺し合ったら、どちらかが死ぬまで戦うんだよ。テメェにはまだ、それが無いよな」

 雅は唸りつつも、肯く。事実から目を背けることだけはできなかった。

「それで最後の、諦めない、は?」

「人間、死ぬ間際に走馬灯が走るらしい。産まれてから今までの全てが一周するんだとよ。それを見たとき、大抵の討伐者が、諦める。その諦観を捨てて、命が絶えるまで海魔とやり合う。お偉方の提示した三要素なんざ、有っても無くてもどうだって良いがな。御託を抜かす連中ってのは、そうやって上手いこと言ったつもりで、悦に浸りやがる。だが、素人レベルのクソガキとウスノロにとっては、有り難い言葉なのかも知れねぇなぁ」

 いい加減に、名前で読んでもらいたいところだ。クソガキ=雅、ウスノロ=葵、ポンコツ=リィということはもう分かり切っているが、名前は大事なアイデンティティである。それを呼んでもらえないことは、認めてもらえていない証拠であるため、歯痒いのだ。

 しかし、そうやって名前を呼ばずに相手を見下すのがディルにとってはアイデンティティの一つなのだろう。

 もしも名前を呼び出したときには、逆にディルのイカれ具合に拍車が掛かったのではないかと心配になるのではないだろうか。そんな気すら雅はしていた。

 皿洗いを終えて、雅と葵が椅子に座り直す。それもこれも、今後の予定を決めるためだ。


「この家の水は、置いていたら誰かに丸ごと盗られるかも知れないから査定所に預ける。そっちの方がまだマシだろうし。だったら、必要なのは着替えとウエストポーチに入れられる物、あと水筒とお金?」


 ディルは初めて会った時、最低限度の物しか所持していなかった。服はずっと変わらず、ボロの黒い外套を着込み、手袋を嵌め、海外の軍御用達の水筒を常備しているようだが、それ以外を見たことが無い。

 予想だが、行き着いた先で服を見繕うことを繰り返している。特別、体臭が酷いわけでも服から悪臭が漂っているわけでもないが、清潔にはしているのかは果てしなく謎である。そう思うと不潔なのだが、そもそもこの世界において不潔という概念は無い。水そのものが貴重なのだから、当然のことながら水浴びなどできるわけもなく、入浴やシャワーを浴びることも週に二、三回に限られる。トイレについては生理的欲求なのだから、ここで水を使うことには一切の迷いは無いのだが、やはりそれ以外については飲み水として一定量確保しておきたくなる。今回の皿洗いも葵が居る手前、なにも言わなかったが実のところ、水を使いたくはなかった。紙の皿と割り箸はストックしていたのだが、ディルが来たから今日に至るまでで使い切ってしまったのだ。だから仕方無く、食器に手を付けることになった。

 そして、極め付けは衣服の洗濯だ。さすがに肌着は昔ながらのタライと洗濯板を用いて清潔に保つが、それより上の服は、誰もが似たり寄ったりだろう。

「なぁ、クソガキ。そういえば、義眼代のことは忘れてねぇだろうなぁ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ