【プロローグ 01】
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人でなしとは、ろくでなしのことを差す言葉らしい。しかし、その遣い方が女にはちょっとばかり理解できない。
むしろ、人でなしは『人で無し』と遣われた方が、女は理解できる。『人でなし』ではなく『人で無し』。これならば、自身を指す言葉としてピッタリである。
しかしながら、これらは全て瑣末なことに過ぎない。はっきり言って、女にとってはどーでも良いことなのだ。それでも、そんなどーでも良いことを考えてしまうのは、それ以外に特段、考えるようなことが頭の奥底を探ってみても、出て来ないからだ。
大きな欠伸をして、首をグルグルと回して肩の凝りを解すような仕草をする。あくまで、仕草であって、本当に肩凝りや首凝りに苛まれているわけではない。自分はもう、そんなものとは掛け離れた存在になっているとずっとずっと前から分かっているからだ。それでも人間らしい振る舞いを取って、ちょっとでも『人で無し』の雰囲気を消したがるのは、三割近く残っている自分自身の人間性のせいだろう。
押し付けがましいにも程がある。自分の中にある人間性を批判して得をするわけでもない。
正直なところ、女にとっては今、この時間は酷く酷く怠惰な時間である。この怠惰な時間を消費させてくれるのならば、なんだって構わない。同性の女や少女なら痛め付けて興奮し、少年や男性だったなら捕まえて、性の手ほどきでも行きずりの性行為に耽っても構わない。自身の体は、既に『人で無し』なのだ。
しかし、そんな風に怠惰に、性すら乱れさせて日々を漫然と暮らしているならば、人でなしの中に込められている「ろくでなし」に女はひょっとすると該当するのかも知れない。
空を眺めて、雲の行き先はどこだろうかなどと妄想に浸っていると、刹那であったのかと思うほど早くに時間は過ぎ去って、それに伴い女は浜辺から起き上がり、軽く屈伸運動を繰り返し、肩を回す。怠惰な時間もそろそろ終わりを告げる。
後ろからゾロゾロと、そいつらはやって来る。
振り返り、水色の襤褸の外套が風を受けて翻る。
満面の笑みを浮かべ、狂気に満ちた表情を作り上げる。恐怖、動揺、怯え、そんなものはどこぞの戦場に置いて来た。
今や、この行為に、これから起こる戦いに、塵一つほどの怖れはない。
女は浜の砂を蹴り飛ばし、次に跳ねて浜沿いの道路に立つと、彼の者たちを一瞥する。
どれもこれも、暇潰しにはもってこいだ。
けれど、どれもこれも、つまらない。満たされない。こんな下等な人外ばかりを相手にするのもそろそろ飽きて来た。
「そろそろ釣れろよー、超大物ー」
言いつつ女は人外の群れへと身を投じた。




