【エピローグ 02】
「……咎を背負うのは苦しいか?」
「力の使い方、知らなくて……殺してしまった、から」
「あのとき言わせてもらったが、咎と向き合い、背負って、立ち向かおうとするのなら――後悔していると捉えられているのなら、まだテメェは人殺しでもマシな方だ」
「でもディルは、人を殺したこと、ないんでしょ? それなのに私は、人殺し」
「誰が殺していないって言った?」
「え?」
「あー、つまんねぇつまんねぇつまんねぇ。つまんねぇこと考えてる暇があるなら、金を稼ぐ方法や、怪我をせずに戦う方法を思い付きやがれ」
意気消沈している雅と会話するのが心底、つまらないらしくディルは病室を苛々と歩き回っている。
「今から酷いこと訊くけど、怒らないでよ?」
「ああ?」
「ディルがそんな、薄気味悪い顔になったのも、海魔との戦いで傷だらけになったせい?」
「薄気味悪い、だと?」
「本当のことを言われて、怒っちゃ駄目」
リィの制止が入り、ディルが荒立てていた鼻息を抑えた。
「テメェが思っている以上に、俺は体中が傷だらけだ。そんなことをひけらかすのは嫌いなんだよ。なぁにが武勇伝だ。傷なんて見せ付けて、それで自慢して悦に浸るのはちっぽけな人間ぐらいだ。俺は生憎、そういうちっぽけな人間にはなりたくなくてなぁ」
そこで一旦、一呼吸置いた。
「海魔の攻撃から顔を守るために皮膚を変質させたためだ。そのときは焦っていたからな、誤って顔面の神経ギリギリまで変質させてしまった。そのあと、変質させた皮膚を剥いでみたが、出血が激しく、『火』で炙って消毒した。体に害を成さないとは言え、自身の体に危機が迫っているのなら、身を守るために変質の力は作用するようになっているからな。それでも、敗血症や壊死の可能性を鑑みて、今のテメェみてぇに入院することにした」
「入院したことあるの!?」
「おい、俺だって人間だぞ。俺を『死神』や悪魔の類と同類にしていやがったな、その顔は」
確かにその通りだったが認めるのも癪だったので、雅は視線を逸らすことでその問いから逃げる。
「それ以上、傷付きたくないなら討伐者なんざやめて、乞食にでもなるか、人知れず死ぬんだな。餓死はこの世で最も起こり、最も苦しいらしい。もっと簡単に死ねる方法を探せ」
「……辞めないよ、私」
「……ぁんだって?」
「私は、討伐者を辞めない。せっかく、ディルに言われた私に向いているやり方も実戦で出来たんだから、こんなことで、これくらいの怪我で辞めるわけないでしょ」
複数箇所に空気の変質を行い、そこに短剣を投擲することで一箇所に留まる海魔や物体を数度に渡って貫く。
それはディルに教わったことだ。言っても、それを教わった当初は、視線集中型で遠方に変質を行うことさえ出来ず、夢のまた夢のような技巧だった。
奇しくも、それが出来るようになり、実戦で成功した相手が海魔でなく、人間だったというのはなんとも言い難いものがあるのだが、真空の刃のようなトラウマとは違って、あれは望んでやったことだ。だから、後悔は無い。
「テメェなんざ、さっさとくたばるとしか思えねぇけどなぁ」
「だから、私にもっと戦い方を教えてよ」
ディルが呆気に取られたように、まるで聞こえていなかったかのように目をパチクリとさせる。そんな仕草をされると、この男には可愛さではなく滑稽さがあり、思わず笑い出してしまいそうだった。
「なんで俺がテメェみたいなクソガキを」
「ディルに責任がある」
「は……? このポンコツ、テメェはクソガキの味方か?」
「お姉ちゃんのこと、ワタシもっと知りたいから。良いじゃない、勝手に死んじゃっても、自己責任になるんだから」
明確に怖いことを述べるリィには、やはり身体的可愛さはあっても精神的可愛さは秘められていない。
「あたしにも戦い方、もっと教えてください!」
廊下で聞き耳を立てていたのだろう葵が病室に飛び込み、ディルに向かって願い出た。
「なんで足手纏いを連れて行かなきゃ…………囮にして、ズタボロになるまで扱き使うのもありか」
「言っておくけど、私も葵さんも、ズタボロになるまでが長いから」
「根性があるって言いたいらしいが、そんなもんは自慢にもならねぇよ」
静かに言って、ディルは大きな溜め息をついた。
「白銀 葵。テメェ、体の方はどうだ?」
「体って?」
「なにか変化は無いか?」
「もしかしてセクハラかなにかですか?」
「頭の中をどうにかしろ、ガキどもめ!」
ムシャクシャしているらしく、ディルは頭を激しく掻き毟る。
「このポンコツは海魔の腹を掻っ捌いて出て来た。そのときからコイツは、ギリィになった。テメェの体はまだ人間か? 海魔に乗っ取られてはいねぇのか?」
「この病院で診察を受けましたけど、特にそのようなことは言われませんでしたよ? というか、そんな発見があったなら大事になって、あたし、ここに来られてませんから」
「そうか。ポンコツは“俺の最終手段”でもある。それが“使われていない”なら、良しとしよう」
呟いたディルは、どこか安堵しているように見えた。「最終手段」、「使われていない」。気になる単語はあったものの、全て聞かなかったことにしておこう。
リィの出生の秘密を一部だけ、この男は語った。たった一部であれ、腹の内を話してくれたのは雅にとって、とても喜ばしいことで、自然と頬は綻んでいた。
「なにニヤニヤしてんだ、クソガキ。テメェはいわゆる借金の肩代わりだ。俺の義眼の代金をテメェを扱き使うことで支払ってもらう。そっちのテメェも、リィの秘密を知っている以上はその死に様を見届けるまで連れ回させてもらう。言っておくが…………嗤える死に方をしてもらえることを俺は楽しみにしているからな?」
ディルは卑しく、そして嘲るような気色の悪い笑みを浮かべて病室をあとにした。そして、リィも雅と葵にペコリとお辞儀をしてから病室を出た。
「あの人に付いて行ったら、寿命が縮まりません?」
「うん、でも……他の人よりは、ずっとマシ」
「そう言うと思ってました。あたしもお供させてもらいますよ、雅さん」
二人は揃って、安寧の中にあることでようやっと作り出せる歳相応の表情を作り、笑い合った。
しかし、そこに友情があるかどうかは、分からない。
【第一部 終了】→【第二部 開始】




