【エピローグ 01】
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「リィちゃんがあたしを呑んだとき、多分、助けてくれようとしているんだなと思ったんですよ?」
レイクハンター討伐時における騒動から二日ほどが経って、葵は黙り続けていたことをようやく話し出す。話す機会が今日になったのには理由がある。
あのあと、ディルが葵を救出したのちのことを雅はあまり憶えていない。それもこれも緊張から解放されたことと、体中の痛みと貧血から意識が飛んだせいもある。
そして、そのあと目を覚ましたのは病院だった。片腕の骨にヒビが入っていることと、右耳の鼓膜の損傷に伴う入院だと医師からは伝えられた。期間は体中の傷の具合にもよるが、抗生物質の投与と、鼓膜の自然治癒力による再生から、聴力検査までも含まれており、一週間はまず病院から出られないだろうと言われた。
葵はその二日後の今日、雅の面会に来たのだ。
「そういうのは、やっぱり分かったんですか?」
「だってお腹の中で消化されるのかと怯えて、目を瞑って、ずっと待っていたのに始まりませんでしたし」
「外に出なかったのは?」
「理由も無く外に出たら、あの人が不審がると思いまして。せっかく、食べられたという体でリィちゃんが守ってくださったのに」
「……残された私は、絶望したんですけど」
あれをリィのアドリブなどとは到底、理解できなかった。
「あ、ほら、でも、こうやってまた再会できて良かったじゃないですか!」
それはその通りだが、どうにも釈然としない。
雅は真っ白な天井を眺め、それから窓の外を見つめる。
「葵さんは、私のことを監視する役目があるんですよね? だからこうして、面会に来たんですよね?」
「そう、とも言えますけど」
葵はそこで苦笑いを浮かべた。
「査定所の仕事を辞めます」
「え?」
「上から嫌って言うほど、ああしろこうしろって言われて、雅さんのことについても報告書を書けとか、なにかあればその都度連絡しろとか言われて、もう嫌なんですよ。だって雅さん、私が事前に仕入れた情報と掛け離れ過ぎていますから。あの資料が意図的に、雅さんを危険人物として捉えるように改竄されているんだとすれば、そんなところにあたしはずっと居たくありません。ですので、雅さん? もう少しだけ、あの家に居させてください。この町を出る支度が済むまでの間だけで構いませんので」
「それは…………良いですけど」
「良かったです」
微笑みつつ、葵はどこかホッとしたような顔をする。
「……なにかご心配でも?」
その後、様子を窺うように訊ねられた。
「えっと、ディルは、どこに行ったのかなって」
「え、ディルさん?」
「そんな長居しそうにないじゃないですか。だから、あのあとのことイマイチ憶えて無くって、そのことを訊く暇もなく居られなくなったら、困るなと」
「……あー」
葵は視線を僅かに泳がせ、立ち上がる。
「あたしは、これで失礼させてもらいますね?」
そう言って、そそくさと病室をあとにされてしまった。なにかまずいことを言ってしまっただろうかと考えていたところに、ノックすることもなく扉が開かれ新たな来客がやって来る。
「……へ?」
雅の瞳には、女の子の姿に戻ったリィと、ディルが映る。目の錯覚かと思い、ゴシゴシと擦ってみたが、どうやら幻覚では無いらしい。
「リィの勝ち」
「………………ちっ、死んでねぇのかよ。おい、賭けは俺の負けか、クソが。なんで死んでねぇんだよ」
嫌がらせの如く手に持っている、入院患者には縁起の悪すぎる菊と白百合の花を床に叩き付けた。
「なんで、居るの?」
「ポンコツと死んでいるかどうか賭けたんだよ。それを確認するには、居ないと駄目だろうが」
なんと言うことを、と思いつつ雅はリィを見やる。
これはひょっとすると、リィの気遣いなのかも。
ディルが雅に黙って、居なくなるようなことを妨げるために縁起でもない賭け事をした。それがリィの、雅へと謝り方かなにか、なのかも知れない。
「お姉ちゃん、御免なさい。ワタシ、正気を失っていたみたいで。あれくらい大きくなっちゃったら、勢いあまって殺しちゃったかなと、ちょっと心配だった」
「え、あ、うん。でも、なんとか私、死んでないし」
海魔に心配される図というのは、傍から見てどうなのだろうかと雅はディルに視線を送ってみたところ、嫌な笑い方をしていた。
「死に損ないのクソガキ。テメェが勝手に倒れて、そして後始末は大変だったぞ。あのあとストリッパーを二十匹は狩ったな。あー、クソ面倒なことをやらされた。海竜のこいつを正気に戻して、その前に腹を掻っ捌いて、あっちのクソガキを助けて、それで二人揃って病院に運んで、あークソ面倒臭かったなぁ」
イライライラと体を揺らしながら、強烈な恐怖を与えて来る睨みで雅を萎縮させる。
「あ……で、も、稼げた、んじゃ?」
「確かにガッポリ稼がせてもらった。当分は“擬態”に拘る海魔も出て来ないだろうってくらい狩らせてもらった。だが、それ以上に疲労が蓄積した。この外套は特別製で破れたところから再生するが、義眼は別だ。その金は、そっちで持ってくれるんだよなぁ?」
再生する外套など聞いたことも無いが、義眼は確かに斧鎗に変質させていた。だから、その代金を払えとディルは言っているらしい。
「稼いだんでしょ? なんで私が払わなきゃならないのよ!」
「うるっせぇ。この出費はテメェが死なないように動いた結果だ、クソガキ。払えねぇってんなら水を出せ! 水も出せねぇなら、その体で稼いで来い!」
「この歳の女の子に春を売れと言うのは頭がおかしいんじゃないの!?」
「テメェは討伐者だろうが! そういう意味での体で払え、だ!」
「へ……え……っ!」
カァッと耳朶を赤くし、顔まで真っ赤にして雅は俯いてしまう。
「つまんねぇ勘違いしてる暇があんなら、俺に金と水を寄越せ」
声量は落としているが、言っていることは相変わらずだった。
「あの男は、海魔に骨になるまで貪られて死んだ。テメェが直接、手を下したわけじゃねぇが報告だけはしておく」
「そ、う」




