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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
25/323

【-素敵な最期-】

「悪足掻きも良いところですね。先ほどは面喰らって、しばし避けようか迷いましたが、二度目は確実に落下して終わりですよ」

 木の根が中空まで逃げた雅を追うことを諦めた。これが枝や(ツル)だったなら、恐らくは追い掛けて来ただろう。木の根は地を這うものだ。空には決して伸びない。


 海洋学だかなんだか知らないけど、植物の成長の仕組みすら分かってないんじゃないの。


 そう思いつつ、雅は中空にもう一つ不可視のジャンプ台を作る。今度は跳ね返っての奇襲ではなく、更にもう一段上空へと跳ぶためのものだ。

 それだけの高さであれば、多段的に空気の変質を行う時間は雅に与えられる。一度、二度。これで投げた時の加速は充分だろう。


 『土』は空を穿たない。

 『木』の根は空には届かない。

 そして唯一、気にしていた『水』を姫崎は得意としていない。


「行けっ!!」


 大きく叫ぶのではなく、力強く言の葉を叩き込んだ短剣を投擲する。変質した空気に触れて短剣は加速、そしてその先の空気の変質にまたも触れて、更に加速する。

「まったく、どこに投げているんですか?」

 呆れ返り、動こうともしない姫崎の彼方(かなた)へと短剣は飛んで行ってしまう。

「そう、それで良い。あなたの慢心が、私には凄く助かるんだから」

 流れ星のように彼方まで飛んで行ったはずの短剣が、姫崎の後方から襲来する。なにが起こったのか分からないまま姫崎は動けず脇腹を抉られ、僅かにフラ付いた。


 そんな彼の左手を、再び戻って来た短剣が穿つ。


「一体、なにが、なにが……」

「これで二点。あと三点あるけど、きっとあなたには避けられない」


 三度目の襲来を予測して姫崎は振り返る。しかし、姫崎の見ている方角とは逆側から短剣は飛来し、貫き、また彼方へと消える。もはや動けなくなった姫崎の正面――彼方へ消えたはずの短剣が再来し、再び体を貫く。そして倒れ掛かった瞬間に、五回目の短剣の襲来が起こり、やはり体を貫く。

 五回、姫崎の体を襲った短剣はそのまま林へと飛んで行き、見えなくなった。それでも六度目、七度目の襲来があるのではと姫崎は怯えながら、しかし大量の出血によりその場に倒れ込んだ。


「着地も考えろ、クソガキ」


 雅の落下に対してブロック状の水が地面を覆うように形成され、そこに足から入った。落下の威力は押さえられたが、腹打ちでもしていたら、あの高さからの落下で死んでいたかも知れない。だからこそ手助けとはいえ『水』を選んだディルに雅は悪意を感じながら、ブロック状の水の中を泳いで外に出た。雅という不純物が無くなったためか、ディルの作ったそれは一気に崩れて、辺り一面を水浸しにする。

「生きて、るわよね? だって私、死なないように調節したもの」


 左手を失い、右手も失い、両足は使い物にならないほど肉が抉られ、もう立つこともできずにいる姫崎に雅は近寄り、訊ねる。


「こんな、こんなこと、あるわけ」

「あなたの慢心を私は信用したの。馬鹿の一つ覚えみたいに、上空からまた奇襲する気だろうと踏んで、あなたは一歩も動かなかったんだもの。そんな狙いやすい標的、他に無いじゃない?」

「けれ、ど……短剣、は、違うところ、に」


「あの先の空気を変質させておいて、短剣はそれに触れたの。方向を変えて一撃、そしてその先に仕掛けた反射の空気圧で二撃。また反射させて三撃、四撃、五撃。どれもこれもちょっとだけ角度も方向も変えて、あなたがフラ付いたときでも辛うじて当たるようにさせてもらったわ。でもまさか、素直に全部を受けてくれるなんて……相当、慢心してくれていたのね」


 雅の投げた短剣が外れたと思い込んだそれが姫崎の慢心であり敗因だ。着地するまでその場で待機していたのもまた、雅の行動を深くまで読み取ろうとしない慢心が及ぼしたものだ。

「ふ、ふふふふ、私を殺すんですか? このまま、殺すんですか?」

「私は人殺しはしないよ」

「言いながら、殺すつもりなんじゃないですか? 結局、君も“人殺し”なんですよ」


「……姫崎さん、これ、なんだと思います?」


「僕を殺す短剣かなにかですか?」

 どうやら首を動かす気力も湧かないらしいので、雅は恐る恐る近付きつつそれを姫崎に見せることにした。


「な……っ! な、なっ!」


「両手を狙ったのは、落としてくれるかなーと思ったから。案の定、落とすんだから笑っちゃうけど。大切な物なら見せ付けるように手に持っておかずに大切にしまっておきなさいよ」


 姫崎が用い、ストリッパーの群れを呼び出し、更にはリィを海竜まで変貌させるまでに至った諸悪の根源とも言うべき、海魔の声帯を研究して、彼が作り出したレプリカの笛を雅は汚いものでも扱うように指先で摘まみつつ、ボロボロになった服の袖でゴシゴシと擦る。これを吹くということは姫崎と間接キスをするようなもので、それは非常に忌避したいことであるのだが、彼をこのまま野放しにしておくと本当に、雅が殺したようなことになってしまうので、そうなるくらいならば間接キスぐらいは我慢しよう。

「いや、やっぱ無理」

 言いながら雅はウエストポーチから小瓶を取り出して、そこに入れていた水を笛に掛けて更にゴシゴシと洗う。


「ちょっとディル? リィの耳、塞いでくれない? それより、海竜に耳ってあるのかな?」

「ん、ああ。テメェがそれを吹いている間、笛の音が聞こえないよう痛め付けてやれば、まぁ聞こえないんじゃねぇか?」

 物騒だなぁと思いつつ、雅は笛に口を付ける。


「ま、待って、くれ。なにを、するつもりだ。そんな、ものを吹いたら…………僕に、僕に海魔が群がって」

 弱い者から始末する。強い者には逆らえない。弱肉強食を体現する海魔だからこそ、真っ先に狙うのは弱り、立ち上がることもできない姫崎だろう。

「助けてくれ、『死神』!」

「言っただろ? 研究やら欲やらに目が眩んだ連中には素敵な最期が待っているもんだと」

 ディルはもはや、姫崎を見ようともしていない。

「それと、『死神』って呼ばれる輩は類に違わず、周囲の連中が死んで行くから、そう呼ばれるものだ。なぁに、気にするな。今回はたまたま、お前ってだけだからなぁ」

 ククククッ、と笑いながらディルは海竜と戯れるように斧鎗を振るう。


「自分の研究なんだから、ちゃんと最期まで責任を持ったら?」

「こ、この! 人殺しが!」


「そうよ、私は人殺し。でもね、あなたを殺したいとは、思わない。でも、あなたには死んでもらいたい。そんな風に思うのは、私に黒い感情があって、暗い思いが常に渦巻いているから。うん、分かってる。だけど、それを背負って前向きに、立ち向かい続けなきゃ私はならない。審査官を殺してしまったことへの後悔はまだずっと続くだろうけど、あなたの笑顔は、夢から消えてなくなってくれると、思うんだ」


 そう強く願いつつ。


 雅は笛に再び口を付け、力強く息を吹き出した。その音色を聞かさないためか、ディルが斧鎗を海竜の眉間に突き刺した。

 音色は海竜の絶叫で掻き消されるが、水の中でもコミュニケーションを取ることのできる海魔にとって重要なのはその音色ではなく、そこから放たれる音波だ。海竜の絶叫で多少、音波が乱れてしまっても、きっとそれは、同胞に届く。

 ストリッパーの声帯を模して作られたであろうレプリカの笛の音に導かれ、姫崎が研究とばかりにこの町の各地にテリトリーを荒らさないようにと配置したストリッパーが、ディルに討たれず生き残っていた海魔たちが次々と姫崎へと向かって行く。


「あ、ああ。やめ、ろ。やめてくれ」


「その身で自分がどれだけ愚かな研究をしていたか、知りなさいよ」

 雅は笛を足で踏み付け、砕く。それからゆっくりとした足取りで歩き、海竜とディルの格闘を眺める。

「リィはどうやったら元に戻るの?」

「戻す前に、こいつが呑んだクソガキを吐き出させねぇとな」

「あー、戻るときにサイズ的に違うから消化が始まる?」

「なんだ、いつもよりも物分かりが良いな。だが、どうにも吐こうとしやがらねぇ。だから、これから腹を掻っ捌く」

「え、それって死んじゃわない?」

「こいつの自然治癒力は異常だからな。その程度じゃくたばらねぇよ」

「じゃぁ、なにを手伝えば良い? ストリッパーの始末はもう少しあと回しにさせてよね」


 後方から姫崎の助けを請う声が聞こえる。けれどそんなものには耳を貸さず、雅はディルと淡々と会話を続けて行く。


「轡を嵌められているからな。テメェの助けなんか必要ねぇ。そこで待ってろ。ストリッパーに喰われないようにだけ注意しろよ、クソガキ」


 そうして淡々と澱んだ命は、腐った命に喰われて消えた。

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