【-引きずって生きる-】
「違うよ、“人殺し”だよ。僕と同じ“人殺し”。そんな可愛い顔して、しかめっ面の上司の脳の血管を詰まらせてさぁ、タメ口の部下の体を切り裂いてさぁ……ねぇ、あのとき心地良くなかったかい? 心地良かったんだろう? こんなことができるんだ、って感動したんだろう?」
「そんなこと思ったことなんてない!」
「思ったか思っていなかったかなんて関係ない! 君が“人殺し”である事実は、いつまで経っても変わらないんだからさぁ」
聞きたく無い。雅は右耳の鼓膜が破れていることも忘れ、両耳を塞ぐ。
「御託ばっか並べる男は揃いも揃ってクズばっかってのが俺の持論でなぁ!」
不敵な笑みを浮かべながら、斧鎗でストリッパーを排除して雅にディルが駆け寄りながら叫ぶ。
「人殺し、ああ人を殺したんなら人殺しだ。こいつもテメェも、そして俺もきっと人殺しになるんだろうなぁ」
斧鎗で後方から襲い来るストリッパーを切り裂いて、ディルは続ける。
「だがそこに、意思があったか? 殺したいと思って殺したか? 殺したくなくても殺してしまった。それはただの責任逃れで、自分に言い聞かせているだけの欺瞞に過ぎない。ああ、分かっている。だが!」
ヘドロのような色をした血に濡れた斧鎗の先端を姫崎に向け、宣言する。
「背負って、苦しんで、いつまでも夢に苛まれて、逃げ出せずに立ち向かわなきゃならないほどに後悔している。それが咎だ。それで、凡才? テメェにその咎はあるか? ねぇよなぁ、快楽で人を殺したテメェにそんな後悔は一つとしてない。だから、俺は咎人であることに悩み続けるこのクソガキに、殺人の快楽に溺れたテメェが、どういった風に始末されるかを待ち侘びている。立て、クソガキ。刃を取れ。テメェは咎を引きずって生き続けろ。それが人を殺した人間の生き方だ」
視界が晴れる。
ああ、そうか。雅は、小さく息を吐いた。
孤独なのは、自分だけではないと分かった。ディルもまた孤独なのだ。
同じ人が居る。自分と同じ――才能も本質も、性格も性別も年齢も、なにもかも違う相手ではあるけれど、孤独の中で咎に立ち向かい続けている人が居る。
だったらその人は、孤独な雅が唯一信じられる、人間だ。
「目が覚めた」
「寝てんじゃねぇよ」
「そういう意味じゃ無いし」
雅はディルより前に出て、身構える。
「あの人は私が始末する。ディルはリィを元通りに戻して。ストリッパーもほとんど居なくなったし、あとは各々で始末すれば良い」
そんな風に威勢を張る雅の頭頂部に、ディルの拳骨が軽く落とされた。
「テメェが指示を出すな、クソガキ。俺はいつだって、命令する側なんだよ。される側になんざなりたくねぇからな」
「分かった」
ディルが雅の顔を見て、全てを察したようにほんの僅か、ささやかな微笑みを浮かべてから、狂気に満ちた表情に戻り、轡を嵌められて悶え苦しんでいる海竜へと駆け出した。
「君が、僕の相手? 僕の、相手、かぁ。君みたいな能無しに、僕の相手が務まるのかなぁ」
嗤いながら姫崎が紙屑から木の根の鎗を生み出す。
「私は、許さないよ。海魔をこの辺り一帯に蔓延らせたことも、レイクハンターにみんなを殺させようとしたことも、リィをあんな姿にしたことも、許さない」
「そういう台詞はさぁ、まともに人を殺して、快楽に溺れてから良いなよ! 君なんかじゃ僕の相手は務まらないに決まっているんだからさぁ!」
嗤いながら姫崎は、木の根の鎗を投擲する。軌道は直線的でかわしやすい。雅は難なくかわし、開いている距離を詰めるため駆け出す。
「どうして分かってくれないかなぁ。あーあ、仕方無い、仕方無い。本当は海竜に食べさせてやりたかったのに、仕方無い仕方無い」
仕方無いと言いながら姫崎は地面を掴み、そこから鋭く整えられた石剣を引き抜いた。即ち、素直に投降せずに戦う気があり、そして雅を殺す気もあるのだ。
なにが仕方無い、だ。最初に会ったときに線を引いておいて良かった。
雅は心底、姫崎を嫌いながら鋭く薙いで来る石剣を屈み、滑り込む要領で避けつつ姫崎の懐に入り込む。が、狙って隙を作らせ、懐に入り込ませたのだということぐらいは、ディルとの戦闘訓練のおかげで直感的に分かる。どんな人間であれ、こんな簡単に、切り込める場所まで詰めさせるわけがない。命が脅かされているのに、動じてもいない。
だから雅は剣戟を繰り出すことなく、すぐさま後方に跳ねた。
「っと、少し露骨過ぎたかい?」
雅が先ほどまで居た、姫崎のほぼ真下の地面から尖った石柱が突出した。下がらなければ、その石柱に串刺しにされていたところだ。石剣を引き抜いたときから、これを仕掛けていた。だから露骨な隙を見せていた。
そして、姫崎の性格上、石柱は一本では留まらないだろう。着地した地面から石柱が突き出す様子は無いが、雅の居る位置から再び姫崎の元まで辿り着くまでは、地雷原を歩くに等しいことになる。
「悩んでいる暇をさぁ、与えるつもりなんてさぁ、僕には、無いんだよ?」
その場から動かず、姫崎は片手を地面に当てて、一直線に木の根を奔らせて来る。地雷原だろうとなんだろうと、アレに捕まるわけには行かない。雅は視線集中型だが、真空の刃の変質は人を殺した咎から、使いたくない。
刃物で切断できない以上は捕まればまず逃げられないだろう。
この人には、レイクハンターと戦ったときに手の内を見せてしまっている。
ここで木の根に捕まり、姫崎が木の根の鎗を投擲すれば、それを反射させることは勿論できる。が、姫崎に通用するとは思えない。レイクハンターを飼っていた。そして、どうやって討伐されたのかも、第一班の一員として見届けていた。雅の風圧反射は必ず、想定しているはずだ。自らを研究する者と自称するくらいなのだから、ひょっとすると対抗策すら思い付いている可能性だってある。
だから、尖った石柱が飛び出すと分かっていてもここは飛び退いて、なんとしても木の根には捕まってはならない。この拘束するために伸びる木の根を反射したところで、どうにもならない。跳ね返って、けれど柔軟にしなり、また雅に迫るだろう。樹木は外に出ている部位も、地面に根付いている部位も、どのようなものに妨げられても育つ力がある。岩を避け、他の枝を避け、そうやって生きるようにできている。だから風圧に邪魔された程度では、決して木の根は止まらない。悔しいが、『木使い』としての性質は『風使い』の雅には不利なものだ。切断――真空の刃を任意で生じさせられるなら、こんなに困ることはない。雅は自ら力にストッパーを掛けていることに歯痒さを感じている。しかし、やりたくもない変質をして、それで姫崎との戦いで有利になったとしても、精神的にはこれっぽっちも嬉しくは無いだろう。
だから、使わない。あの時――人を切り裂いたその時に決めたのだ。ならばその決意に従うべきだ。
避けた先、着地してすぐに尖った石柱が地面から突出する。先端が見えた直後に雅はまた飛び退く。飛び退いた先でまた地面の揺れを感じ、今度は跳ねて避けるのではなく全速力で駆け出して避けて行く。
地雷原と異なるのは、その破壊力の低さだろう。あれは爆発に爆風に爆熱と、ちょっと走った程度で、ちょっと飛び退いた程度で避けられる代物とは程遠い。踏めば最期、触れれば後悔ばかりが残る最低最悪の兵器だ。だから、あれとこれを重ねるのは勘違いも甚だしいのかも知れない。
だが、踏めば最期という気持ちでは掛からなければならない。僅かな気の緩みが死に繋がる。その点だけは、似ていると言って、良いのだろうか。




