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【討伐者】  作者: 夢暮 求
【-腐った世界と壊れた男-】
20/323

【-本性-】

 行き先をこの場から湖の奥に変え、進んだ先でレイクハンターの心臓を回収している討伐者たちの中に葵を見つける。

「良かった、歩けるんですね?」

「リィは?」

「え?」

「リィはどこ?」

「そういえば、木陰に隠れたところまでは見ていたんですけど、そのあとは雅さんの体を守るために動いたので、確認できていません」

「リィが居ないと、ディルが怒ります」

 葵は顔を青褪めさせる。

「すぐに探しましょう」

 雅の右耳を押さえていない左手を取って、いざ捜索に行こうとしたところで、後方で討伐者の呻き声が聞こえ、振り返ったときには悲鳴を上げて息絶えた。それは雅をサポートしてくれた『金使い』の男だった。


「レイクハンターに全員、殺してもらうつもりだったんですが、想定外です。これだけの生存者が出て来てしまうなんて」


 林の中から不謹慎なことを言いながら姫崎が現れ、前方に居た男の体を掴むと、片手を左胸に当てる。そして男の背中から鋭利に尖った水の鎗が突き出した。しばらく筋肉が震えていたが、水の鎗で一突きにされた男はやがて肉体の全てを弛緩させて、絶命する。その死体を、恐らくは先ほども姫崎が殺したであろう『金使い』の男の上に積まれるように投げ捨てた。

「これで、五行で言えば『土使い』の方は死に絶えましたね。あとは、水を阻む『金使い』の方と、水を吸って力を得る『木使い』の方。『火使い』は……嬲り殺しにでもしましょう。どうせ、五行においては私の力には敵わないんですから」

 姫崎の凶行に三人の討伐者が揃って距離を取った。雅と葵もそれより更に距離を置いた。

「最初に『土使い』を仕留めたまでは良かった。続いて『木使い』も殺してくれた。『火使い』は自滅してくれた。けれど、『金使い』はいつまでも木陰から動かないビビリだったし、第二班は、たった一人のレイクハンターの生態を知り、更には異様な洞察力を持つ小娘に遮られていつまでも湖の方に出て来てくれないものだから、困っていたんです。けれど、やはりレイクハンターを討伐できるとなれば、大勢で一気に動くと踏んでいました」

 雅には姫崎の言動が全くもって分からない。どうして、これから生き残っている討伐者と争うような台詞を吐き出しているのだろう。レイクハンターと一騎討ちをしたときには回っていた思考が、嘘のように停滞している。


「お前! なにを言っているんだよ! なにをやっているんだよ!?」


 地面に拳を叩き付けて、大量の樹木が姫崎に向かい、そして拘束する。すかさず『火使い』の男が樹木の一部を炎へと変質させ、猛火が瞬く間に姫崎を襲う。

「そっちが『木使い』で、そっちが『火使い』ですか! だったら残った一人が、『金使い』でしょうか?」

 姫崎を炙るはずの炎も全て水に変わり、拘束していた樹木も水のように溶け落ち、続いて俊敏に動いた姫崎が『火使い』が腰に提げていた剣を鞘から抜き取り、狂乱の如き動きで『火使い』の首を切断した。続いて、素朴な顔を兇悪に、黒く深く、深淵の狂気に満ち満ちた表情へと変貌させると、動けずに居る『木使い』の男に剣を突き立てる。

「こうなったのは、あなたのせいですよ、雪雛 雅さん?」

 そう呟きながら剣を引き抜き、震えて動けずに居る『金使い』の腕を、足を切り刻み、最後には喉に剣を突き刺して、木に打ち付けた。

「な…………な、な」

 葵も口をパクパクとさせ震え、雅と同様に動けなかった。


「私――僕の専門は海洋学、海洋生物学だった。これは嘘じゃありません。ただ、ちょっと嘘をつきました。調査し、研究していたのは腐った海、腐った水に変わり果てたこの世界の、海洋学、海洋生物学です。要は海魔の研究ですね。ですが、生きた海魔を研究するには討伐者にならざるを得なかったんですよ」


 姫崎はポケットから笛のようなものを取り出した。

「これ、レプリカですけど作ったんですよ。ああ、一つの研究機関の全員を殺してから、ですけど。だって、僕の研究を誰も支持してくれなかったんですから、仕方の無いことです。研究に機材は付き物です。けれど、どれもが馬鹿高い。研究職を続けるなら、研究者に師事するか自力で機材を揃えるか。でも、圧倒的に前者の方が良い機材が揃うんですよね。研究者にはコネがあって、研究所自体にもお金は回るように出来ています。実に、実に腐った世界だとは思いませんか?」

 饒舌に語る姫崎は、討伐者たちの返り血を浴びて狂気に笑うその様は、もう人の形をしたなにか以外にしか見えない。海魔以上の、兇悪さと恐怖がある。

「なんの、レプリカ、ですか?」

「海魔は特殊な声帯を持っていて、水中ではそれを用いてコミュニケーションを取るんです。地上ではあの聞くに耐えない濁声ですが、水中では意外と良い声で鳴いているんですよ? ほぅら、こんな風に」

 レプリカと呼ぶそれを口元に当て、姫崎は息を吹き掛けた。奇妙で、心の落ち着かない音色がレプリカから響く。


 あれは、海魔の声帯を真似た笛だ。


 雅は姫崎が自身で吹いてうっとりとした目で愛でているレプリカと呼ぶものがなにであるかを見抜く。が、それをこの場で吹いた意味は分からないままだ。

「なにをしているか分かりませんか? 直に分かりますよ」

 林の中がザワめいた。雅は葵の手を借りて、姫崎から視線を逸らさないように林からも距離を置いて行く。

 次々と現れたのは、ディルにレイクハンター討伐をする前に力を見るという名目で戦わされた海魔――ストリッパーだ。各々が好き勝手に人の皮膚を被っており、腐臭と悪臭が同時に訪れる。

 臭いも相まって、隣で葵が吐いた。雅は口元まで上がって来た吐き気を嚥下して堪えるも、葵と同じように嘔吐するのも時間の問題だった。

「まだまだ余興ですよ! この笛を吹いた真の理由はねぇ! 核となるあの子を操ることにあるんですから!」

 あの子、と呼ばれたのが誰であるか即座に理解したが、葵が吐き終えたのち、雅もその場に吐き出して思考が狂う。

「……リィが居ます」

 吐き終えて、起き上がった雅に先ほどよりもずっと青褪めた表情の葵が言った。顔を恐る恐る上げてみると、複数のストリッパーの中に一人、見覚えのある女の子の姿があった。

「この子、ギリィでしょう? 特級海魔のギリィ! だったら、この笛の音色に誘われると思ったんですよ。人間には意識と無意識がある。本能と理性がある。同じように特級海魔にもそれらが備わっている。この笛の音色はねぇ、そんな海魔の無意識と本能に呼び掛けるものなんですよ。いくら理性が嫌がろうと、いくら意識が拒絶しようと、人と同じく海魔は本能と無意識には抗えない!」


 リィの耳元で姫崎が笛の音色を流す。

 彼女の口は、激しく拒絶の意を示していたが、やがて瞳から光が失われ、その容姿を海魔へと変貌させて行く。


「“擬態”を専門に拘り続けた甲斐がありましたよ。この子を見つけたときは、全ての研究が成就すると思ったくらいですからねぇ。ここに『死神』が居ないと知ったとき、実は飛び上がるほど嬉しかったんですよ。僕の研究の邪魔をする奴が居ないんですから。当初はレイクハンターやストリッパーを肥え太らせて、核にするつもりだったんですが、それも必要無い。特級海魔のギリィが本性を現してくれるなら、なんの問題もありません!」

「本、性?」

「知らないんですか? 特級海魔の“擬態” に特化したギリィ、フェイク、ファニー、ラビットウルフ……まぁ名称は様々ですが、彼らには相応の姿があります。ストリッパーの心臓を引っこ抜いたときのようなずんぐりむっくりとした姿は、ほんの一部に過ぎません」

「私たちがストリッパーと戦っていたのを、見ていたの?」

「当たり前じゃないですか。あのストリッパーは僕が入念にテリトリーを分けて、活動範囲も研究して、レイクハンターやここに集まったストリッパーと争わないように努めた一匹なんですから。まぁ、前置きはこれぐらいにしましょう」


 姫崎の隣で、骨格を変え、リィが姿形を変貌させて行く。


「さぁ、あなたはどんな素顔を持っているんですか?」

 そう囁いて、姫崎が更に笛を鳴らす。

 

リィが奇声を上げて、素早い動きで雅たちに近寄ると、鎖骨から開いた大きな大きな口で、葵を一呑みにした。彼女は悲鳴を上げる暇も与えられず、リィの体の中に消えて行った。


「……え?」

 しばし、状況を呑めない雅が茫然とする。


「はははは! 良かったじゃぁないですか、雪雛 雅さん。これであなただけに、ギリィは本性を(さら)け出す。たった一人のための最高のショーの始まりですよ!」


 リィの叫びはもう海魔のそれと同等の、人に不快感を与える不協和音だった。ほぼ真横でリィの体が前後に一気に伸びる。伸びた体に鱗が一枚一枚張り付いて、更に体は大きく膨れ上がった。


 蛇だ。しかし、これは大きすぎる。


 その巨躯を見て、雅は全身から力を失って、ペタリと座り込んでしまう。立ち上がる気力が湧いて来ない。目の前に居る生物を見て、戦う気力が失われた。

「このギリィの本性は海竜じゃないですか! 特級海魔の中でもこの巨体は稀ですよ!」

 自分に酔った姫崎の声が、とても耳障りだった。

 だが、リィだった海魔はとぐろを巻き、一向に彼を襲う気配は無い。そして雅を襲う様子も見られない。

「一体、どういうことだ、これは。笛の音は絶対のはずだと言うのに」

「……そ、うっか。リィがまだ、頑張っている、んだ」

 真の姿を曝すことになったリィは、本意ではないこの状況に逆らっている。本能と無意識に、理性と意識で対抗している。だから、海竜は先ほどからとぐろを巻き、時に動き、時に抵抗の意を表すかのように尾を激しく揺らす。口も大きく開かれても、すぐさま閉じられる。

「そうですかそうですか。このレプリカにはまだ改良の余地があるようです。しかし、ここまで従わせられるのなら、充分です。ショーは楽しんでくれましたか? それでは、そろそろご退場願いましょう。僕はまだこれから研究をしなければならないんですよ。アンコールはお受けできませんから」

 再び笛の音が鳴り響き、群れを作っていたストリッパーが一斉に、人の皮を被った海魔が怖ろしいまでの統率力で、両手にヒレの刃を持って押し寄せて来る。


 一旦、下がるんだ。そして、機会を窺わなきゃならない。


 雅は全身に力を込め、なんとか起き上がると前方の空間に手を当て、続いて飛び跳ねて、その空間を蹴る。変質した空気が壁となり、更には風圧となって雅の後方への跳躍を後押しする。中空で姿勢を整えるのに苦労するものの、ストリッパーの群れに八つ裂きにされずには済んだ。ただ、こうして下がっているだけでは海竜に変貌したリィを救出するのは不可能だ。

「どうしよう……どうしよう」

 リィだけではない。リィが直前に呑み込んだ葵も助けなきゃならない。それを考慮すると、もっと雅は俊敏且つ達人級の腕前で、このストリッパーたちを討伐して海竜へと向かわなければならない。

「言うことを利かない子ですねぇ!」

 悩む雅に姫崎の苛立ちの声が届く。

 どうやら海竜が自らの体に牙を剥けようとしているらしい。

「雪雛 雅さん? 更に面白いことをお教えしましょうか、僕は天才なんですよ。ふふ、ふははははっ、この意味分かります?」

 姫崎が地面に手を当て、そこから引き抜いた巨大な岩を片手で持ちつつ、海竜の巨躯に飛び乗って、その土塊を口元に嵌め込んだ。

「水も使えて、土も使えて、更に」

 暴れる海竜の動きを物ともせず、姫崎は口に嵌めた土塊に触れ、樹木の根を張り巡らせ、更には複数の根を海竜の体に突き刺す。

「木も使えるんですよ、僕は。これで、専用の轡の完成です。あなたが口から放出するだろう水分は全て僕の作った土塊が吸収し、吸収し切れない水分は全て木の根が吸い取り、そしてあなたの体に戻る。これでどんなに暴れたって、あなたを研究し終えるまで手元に置いておけますね。死なれたら、困りますから。ふ、ふふふふふっ!」

 『水』、『土』、『木』。合わせて三つ。姫崎はトリオに分類される使い手だ。それを『水使い』と偽って隠していたのだ。しかし、そんなことは雅にはどうだって良かった。


 酷い、あんまりだ。


 海竜の正体がリィだと――本質的には逆かも知れないが、しかしあの儚い女の子だと分かっているからこそ、姫崎の行いを卑劣に思い、そして揺るぎないほどの怒りが込み上げて来る。許されざる狂気だ。


 あの人を、生かしておいては行けない。

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