【プロローグ 01】
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影の王は一人、モノクロの部屋でチェス盤を見つめる。そこには白の駒は無い。チェス盤には雑に線が引かれ、五芒星を描くとともに、それぞれの頂点に黒の駒が置かれている。キング、クイーン、ルーク、ビショップ、ナイト。ポーンの駒はどこにも見当たらない。
「どこから崩したものか……いや、どこから崩そうか」
影の王は指先で駒に触れる。一つ、二つ、三つ、四つ、五つと、感触を確かめるように触れ、そして微かに笑みを浮かべる。
崩すことは決定している。そして、崩せないわけでもない。そのため“どこから崩したものか”などという悩みを影の王は持つ必要が無いのだ。
誰であろうと、どれであろうと、構わない。訪れる未来は確定している。
しかし、逆の悩みはある。どこからでも崩すことができるが、どこから崩す方が、より人間に悲壮感を与えることができるのか。キングを取れば人間の娯楽におけるチェスは終わるらしい。ならば、順当に行けばキングを取るのが定石であろう。
「キングを取るのは最後にするべきではないかのう? 主様よ」
不敵な笑みを携えながら、ベロニカはそう進言して来る。
「何故だ?」
「チェスはキングを取るものではないからじゃ。妾は知っておるよ、この遊戯を」
ベロニカは更に続ける。
「キングは取られない。キングが取るために駒を進めたとき、人間は『チェック』と言うのじゃ。そして、駒をどう動かしてもキングが取られてしまうように囲われたならば、『チェックメイト』と呼ぶ。分かるかのう、主様?」
「その『チェックメイト』となったときに勝敗は決する。もはや、キングを取る必要も無く、局面が終わる、か」
「そうじゃ。故に、キングは好かん。いつであっても他者に守られてばかりの王。少し動き、武勲を上げることもあるじゃろう。しかし最終的には、取られずに局面が終わる。チェス盤の上でのキングは甘ったれじゃのう。弱者には強気を見せ、強者には媚びるのじゃ。実に暗愚なる王よ」
「面白い意見だ」
影の王はベロニカに暗い笑みを見せる。
「ならば、この愚王を絶望に落とすことこそが、人間に最大の悲壮感を与えるのだろう。キングは自らを守る全ての精鋭を奪われたとき、一体、どのような顔を見せるのだろう。実に興味が湧いた。どうせ、全て奏上させねばならない。神を降ろすためにも、それは必定だ。ならば、このつまらぬ道程に、一つ二つと面白味を足すことも、神は赦してくださるだろう」




