【エピローグ】
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「生き残りの中で評価されたのは、『正義漢』だけだったわね、そういえば。戦果で言えば、みんな同じぐらいでしょー。というかー、クソ男が一番の戦果だったと思うのにさー」
リコリスはディルに向かって、昔を懐かしむ感じで、しかしどこか腹立たしさも含めた発言をする。
「前にも言っただろうが。査定所に報告しに行った頃には壊れた男、テメェは『人で無し』で、現実逃避の男に、飲んだくれだ。あの中で『正義漢』だけが唯一、まともに見えたんだろ。ああ、思い出しただけで忌々しい」
「忌々しいと言えば、海竜のあの子も数日はうるさかったよねー。毎日毎日、お腹が空いたら海竜に姿を変えて、その度にあなたが黙らせて、でも『正義漢』はもうこんなことは懲り懲りだと喚いて、アガルマトフィリアは現実逃避を続けて、飲んだくれは酒を飲んで知らんぷり。私はただ悲鳴を上げるだけで、その中でいつも、クソ男だけがあの子を宥めるのに全力だったよねー」
「っるせぇな」
「……ねぇ、クソ男? 私は、多分だけど生き残りの中で一番、あなたのことを分かっているつもりなのよー。分からない割に分かっているつもりー。だからさー、人で無しがどうこう言うのもおかしな話なんだけどー、いい加減に言っておいた方が良いかなーって」
「恩着せがましいことを言うんじゃねぇだろうな?」
「ありがとー」
思わぬ言葉に、ディルは目をパチクリとさせる。
「私、こんな体だけどー、取り敢えずは生きているんだー。これは全部、あなたのおかげで、そしてアルビノのおかげー。生き延びさせてくれて、ありがとー。多分だけど、こういうことって、あなたは言われたことってほとんど無いんじゃないかなーと、思ってねー」
「……礼を言われるようなことはしてねぇし、テメェの人生を台無しにしたのは俺であることも間違いねぇ。なのになんで、礼を言うんだ?」
「さーねー、『人で無し』の言うことなんて、あんまり深く受け取ったりしない方が良いんじゃなーい? それと、あなたの立てた誓いを一番サボっていたのって私だったみたいねー、いや、目星は付けていたんだけど、出会うまでに時間が掛かっちゃったー」
「それが、あのウスノロだったのか?」
「そー。だからディルが連れていたのは、ものすごーく複雑だった。結果的に、こっちに寄越してくれて助かったかなー。これで私も身を入れて誓いに全てを注ぎ込める、ってねー。葵がウスノロなのは確かだけどー、光るところもあるからさー。まー信じてよ、必ず強くしてみせるから」
「テメェがそう言うんなら、きっと強くなるんだろうな」
ディルは面倒臭そうに返答するが、リコリスはどこか満足げな顔をしている。
「ねぇ、クソ男?」
「なんだ?」
「私と寝ない?」
「身売りする女と肌なんて重ねるか、クソ女」
二十年経って変わってしまったこともあれば、二十年経っても変わらないやり取りもある。
『この世界は息苦しい。だが、下らないと言い切るにはまだ惜しい。だが、この世界に対する言葉を、俺はまだ見つけ出せていねぇ。俺たちは、いつかは衰える。衰えちまったら、言葉を見つけ出すことさえできなくなる。だったら、俺たちが見つけ出せなかった時のために、次の世代に生きる術を叩き込ませるしかねぇ。人を殺せる者に育てるか、人を殺さずの者に育てるかは知らねぇ。ただ、俺たちが生きた意味を、力ある未来を託せるガキどもに擦り付ける準備をしろ。なにせこのまま生き続けるのは、息苦しいほどに重いからなぁ』
「俺も青臭いことを言ってたな」
「最初はなに言っちゃってんのこのクソ男って思ってたけどねー、放浪している間に、段々とその言葉の重みを知ったって感じかなー」
ケラケラと笑いながらリコリスは言い、徐々にその身を地面に浸透させて行く。
「そろそろクソロリが来るから、私は撤収するねー」
「なんでクソガキが来たら、テメェは居なくなるんだよ」
「まー色々とあるからねー。それより、クソロリにちゃんとご褒美ぐらいは用意しなさいよー? 一人でどれだけ頑張ったか、私は残滓で見てたから知っているからさー、ほんとーに、ほんとのほんとーに、なにか考えるくらいはしなさいよー?」
それだけ言い残して、リコリスは水と化してディルの前から居なくなった。
「あ、ディルー! こんなところに居たんだ?」
それから数秒後、リコリスの言う通り、雅がディルを見つけて駆け寄って来る。
「なんだ、クソガキ? 一々、俺を探さなきゃ気が済まねぇのか?」
「だって、また居なくなったらどうしようって思ったら不安になるんだよ」
そういうものなのか、とディルはやや首を傾げて思う。
「ウスノロと仲直りはできたのか?」
「ついさっき、二人でほぼ同時に謝って、それでようやく仲直りできた。リィを救うまではタイミングが掴めなくてさ」
「はっ、友人だとか仲間だとか、よくもまぁそんなもんを信じられるもんだなぁ、テメェは」
「ディルだって、なんだかんだで二十年前の生き残りには、それなりに信頼を置いているんでしょ? 会いたくないとか、顔も見たくないとか言いながら」
それを否定することは難しい。なんだかんだで、ここまで来るのにリコリス、ケッパー、ナスタチウムの力を借りてしまった。そして出会ってしまった。故郷にも戻らず、この国で放浪し続けていたのは、意外ではあったが。
ジギタリスもまた、信じていた。信じていなければ、あのときあの瞬間、タングステンの壁で熱を防ぐという手法を選び取りはしなかった。昔からあの男は、ディルが変質させた金属を溶かすことに全力を注いでいた。その過去に、あのときディルは賭けたのだ。
「もうどこにも行かないよね?」
「言い切れねぇな」
「だったら、次は私も一緒だからね! 一人はもう嫌だから!」
どれだけ痛め付けても、どれだけ苦しませても、雪雛 雅はディルから離れない。それどころか、ディルの期待以上の働きを見せ、結果的に『下層部』の施設までやって来た。それも、ディルの知る二十年前の生き残りと、それに師事する仲間と共に。そうして、頭がおかしくなったジギタリスの目を覚まさせるだけでなく、彼が全てであった少女ですら心を開かせた。
俺は、なにができるんだ?
これだけの働きを見せ、これだけの努力をしてみせ、これだけの結果をもたらした雪雛 雅に、自分自身はなにができるというのだろうか。
「なに考えてるの?」
「……テメェをどうやってボコボコにしてやろうか、考えていた」
「それ、いつものことでしょ。それ以外にもなにか考えていなかった?」
雪雛 雅は強くなった。
不本意であれど、自身から離れたことによって成長が促進された。これからまた、この少女を鍛えるとなれば、更なる成長も見込めるだろう。なにせ、この少女は業突く張りだ。なんでも吸収したがる。他の四人に比べて、上限が見当たらない。試行錯誤を繰り返し、どこまでも伸びる、型の無い型破り。
「クソガキ」
ディルは一呼吸置く。
「俺はテメェに教えなきゃなんねぇことがある」
「教える? なにを?」
そこでハッとして、少女は顔を上げる。
「『金』に『金』を重ねて、動力源無しの機械に変質させる、とか。アジュールの義翼は、ディルにしか作れないって言ってた。もしかして、そのこと?」
重ねて、加える。リコリスは『水』に『水』を、ケッパーは『木』に『木』を、ナスタチウムは『土』に『土』を、そしてジギタリスは『火』に『火』を重ねることができる唯一の討伐者にして、種別で言えばデュオだ。そしてディルも、力の理を奪われた今、クインテットからデュオへと引き下げられた。
義翼のことを、あのドラゴニュートから訊いたにしても、察するのが非常に早い。この少女の勘は、油断ならないところがある。
「だが、それを教えたら、俺はテメェの前から居なくなる。それでも、強くなりたいか?」
その問いに、雪雛 雅は答えようとはしなかった。なにかしらの返答をしようとはしていたが、決して声にならず、言葉にならず、ディルの耳には届いて来なかった。
「ま、当分は教えるつもりもねぇけどな」
まだ足りない。
ここまでやって来れたことは評価できる。だが、それを教えるには、まだ足りないのだ。
「居なくなるとか、もうそういうこと、言わないでよ」
「はぁ?」
「私はもう、離れたくないんだから……そういうこと、言わないでよ」
やはり、まだ足りない。
この少女には、まだ自身が付いていなければならない。自身が居なくても構わなくなるほどに強くなったとき、ようやくディルはそれを教えることができる。
「さて、面倒臭い話はもうやめにするか。クソガキ、俺の前に現れたってことは……痛め付けられる準備はできているんだろうなぁ?」
その言葉に少女は小さく肯き、それからディルから離れて素早く短剣を抜いた。
アルビノの短剣と、ディルが討った海竜の短剣。それを持ち、そして認められた少女を、これからも見定めなければならない。
【To Be Continued】




