【-月見里 Lost-】
「みんな揃って、壊れるなんて…………クソッ、僕はそんな簡単に壊れるわけには行かないんだよ」
クソ、クソ、クソ、と光は苛立ちを露わにする。
輝かしい未来があるはずだった。
この首都防衛戦もその足掛かりにするつもりだった。だから生き残りやすいように、自身より強い二人を含めたチームを作った。
しかし、その中の一人は光の人生を邪魔する、まさしく闇であった。ドラゴニュートを匿っていたなど、聞いてはいなかった。聞かされたときには、なにもかも遅かった。
逃げれば死。
逃げずとも死。
どっちに傾いても死んでしまう。そんな天秤になるなんて、予想していなかった。
これは“正義”のための戦いだ。
光はいつだって、“正義”のために戦って来た。海魔を“悪”とみなして、炎で焼き尽くして来た。なのに、どうして守るべきはずの人間を、こうして焼き殺しているのか。『ブロッケン』が影に入り込んだだけで操られた人間を、殺している。これは本当に“正義”と呼べるのか。
「いや、これは“正義”だ。これで“正義”じゃないわけがない」
顔に手を当てて、光は呟く。
もしも自身が“悪”だなどと呼ばれたら、たまったものではない。“正義”の行使が揺らいでしまう。
だから、こうしよう。
「海魔に操られた時点で、君たちは“悪”なんだ」
罪など無い?
あるじゃないか。
そう、海魔に操られてしまったことだ。それこそが罪であり、“悪”だ。だったら、それを罰するのも、粛清するのも、“正義”を振るう光の使命だ。
死体の臭いがする。
腐敗臭が漂う。
なにもかもを燃やし尽くす。
「ああ、そうだ。“悪”は全て燃やさなければならない。根絶やしにしなければならない」
気に喰わない。
こんなことになってしまった全ての元凶たる男が、嬉々とした表情で海魔と戦い続けているその様が、気に喰わない。
ドラゴニュート討伐後、何度となく挑んだが、あの男には決して敵わなかった。イヤミを言っても、やはり通じなかった。
恐らくは、あの男も“悪”なのだ。しかし、この場で戦ったとしても、あの“悪”には勝つことができないだろう。
だったら、粛清はしばし延期すれば良いだけの話だ。いつだって“悪”は滅ぼすことができる。それが“正義”の務めである。力を蓄え、男をいつか殺す。それが“正義”の行使だ。
「こんなところでは、死ねない」
あの男を殺すまでは死んでたまるものか。こんなことになった全ての元凶を殺すまで、生きていなければならない。
「……違う、そうじゃない。僕は、“正義”に殉じなければならない。ここで、“正義”の名の下で、死ななければならない」
ここが死に場所ではなかったのか?
ここが死に場所であると、海魔の勢力を見て悟ったのではなかったのか?
我が身恋しさで、生きたいと思ってしまった。
唇を噛み締め、憎々しくディルを睨む。続いて首に付けていた十字架を光は握り、鎖ごと首から引き千切る。
それが光にとっての、鎖の解けた合図だった。
「理想なんてものは、必要無い。必要なのはいつだって“正義”だ。理想なんてものは、そんなものは、そういった一切合切は、ここで捨て去る」
神様は居るものだと信じていた。
神様が与えてくれた力だと信じていた。
その信仰心を喪うことで、光の中にある『火』の力が噴き出す。手に握っていた十字架は溶けて無くなり、炎の十字の大剣を携えて、光はそれを地面に突き立てた。
群がるはずだった人間も、海魔も、そして瓦礫のなにもかもを自身を中心にして爆熱と爆風によって吹き飛び、消し炭になって行く。
「ふふふ、ふはははははははははっ、そうだよ。これが“正義”だ。こうでなきゃ、ならないんだ。だからさ、君のは“正義”なんかじゃないんだよ」
海魔と戦い続けているディルを眺めつつ、炎の十字大剣を振り回し、海魔と人間を焼き尽くし、消し炭にしながら光は呟く。
あんなものは希望では無い。希望と思ってしまった自分が馬鹿らしい。海魔の群れの中、一人飛び込むあの男こそ希望だと、一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくてたまらない。
炎は揺らめき、光を中心に爆発は続く。光の炎が着火剤となり、空気中に含まれている酸素が次々と爆発を続ける。それは連鎖的に続き、光がなにもせずとも爆発が勝手に海魔も人間も殺して行ってくれる。
「“死神”め。なにもかもが、僕の全てが、無くなってしまったじゃないか」




