【-010-】
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「おい、アルガス」
「ああん? 餓鬼が、気安く俺の名前を呼んでんじゃねぇよ」
「俺と戦え。今度は俺が勝つ」
「あー、うっせぇうっせぇ。二日に一回か? 顔を見たら、戦え戦えって、テメェはそれしか言えない機械か? あとなぁ、年上を敬うって気持ちもこれっぽっちもねぇよなぁ。土下座して戦ってくださいお願いしますくらい言えねぇのか?」
アルガスは酒を飲みつつ、ディルに「あっちへ行け」と手を動かす。
「媚び諂うくらいなら、夜襲を掛けた方がマシだ」
「はっ、女なら大歓迎だがなぁ、男の夜襲なんざ嬉しくもなんともねぇ」
一触即発という言葉が相応しい雰囲気を漂わせつつも、アルガスは一歩ほど引いている。つまり、ディルから攻撃して来たという建前が欲しいのだ。プレハブの町であっても、ここは戦場では無く、許可の下りていない手合わせ及び訓練は禁止されている。それを破ったのは、アルガスではなくディルであるという心証と言質が欲しい。だからアルガスは、動かない。喧嘩を売られようとも、買いに来ない。
「臆病者め」
「そうだ、俺は臆病者だ。関わって来るのなら潰すしかねぇ、だが、無駄で無意味で無価値な関わりなら、拒む権利は俺にある。テメェともう一度戦って勝てる自信がねぇ。だから、勝ち逃げをさせてもらう。それのなにが悪い?」
勝者と敗者は劇的に違う。つまり、ディルに勝ったままでアルガスは居たいのである。その白星が、この男にとっては価値のあるものなのだ。
あのディルに勝った男。その賞賛があれば、この先のどこでだって誇ることができる。それはディルをある種、褒め称えているわけであるが、それで腹の虫が収まるわけもない。
「争っている暇があるなら、あなたたちはさっさとチームに入るべきだと僕は思うけれど?」
『火使い』の――ディルとは真逆の男が、間に割って入って来た。
「テメェには関係が無い」
「いや、関係があるんだよ」
男は強かな笑みを浮かべながら、アルガスに向く。
「あなたをリーダーにしたい。この誘い、受けてくれないかい?」
「俺はどこにも属するつもりはねぇな」
アルガスはそう言ったのち、なにか思い至ったかのような表情を作る。
「そこの餓鬼が俺が作るチームに入るってんなら、話は別だがなぁ」
それは、アルガスに従えという意図の込められた台詞だった。そんなものにディルは肯けない。肯けるわけがない。
「あなた次第ということだ」
「……誰が、そんな男の元で、従うか、」
「馬鹿言っている場合じゃないでしょ。チームが作れていないの、私たちだけなんだから!」
アイーシャがディルの後頭部を掴み、強引に頭を下げさせられた。
「なにをするんだ!?」
「勝手に孤独死するんなら別に構わないけど、私はあなたと違って生き残りたいのよ! そのためならあなたを利用して、強いチームに入りたいわ」
「ふざけるな」
「断る理由が無いだろ。アルガスさんはディルに強くて、ディルは僕らよりも強い。その二人さえチームに入ってしまえば、ヒーローになるのも間違い無し」
クリスフォードまでもがディルの横に付き、頭を下げる。
「この馬鹿は私たちが世話するから、とにかくチームに入れて」
その三人のみっともない姿にアルガスが豪快に笑う。
「面白いじゃねぇか。チームってことは、俺に喧嘩を売ることもできなくなるってことだなぁ、おい。餓鬼に背中を刺されねぇなら、組むのも悪くはねぇなぁ」
「どうやら、話が纏まりそうだ。僕は査定所に行って、チームを組んだことを伝えて来るよ。名前は、アルガスさんとアイーシャさん、クリスフォードさんに、ディルさん。そして、僕は月見里 光だ、これからよろしく」
なにがよろしくだ、とディルは思い反抗の意思を月見里に向けるが、それを強かな笑みで防いで、彼は査定所まで歩いて行った。
「強い奴に取り入ったって、利用されて死ぬだけだろうが」
「おい、餓鬼。それなりに俺はテメェのことを評価しているんだぜぇ、これでも? 首都防衛戦で生き残るためにも、壊れ掛け同士、手を取り合おうじゃねぇか」
その言い草が、ディルの反抗心を煽っていることも承知の上で、アルガスは言っている。今にも暴れそうなディルをアイーシャとクリスフォードが必死に押さえる。
「別にチームを組んだからって強制的に協力するってわけじゃないわよ。良いように利用して、生き延びることができれば、勝ちでしょ」
アイーシャはディルに諭すように囁くが、そもそもディルは生き延びたくも生き残りたくも無い。
ただ、この首都防衛戦で死ぬと決め付けている。死ぬのだと決めているディルに、そのような言葉は説得にもならない。
「クリスフォード……さっきの男を査定所での手続きが終わったら連れて来い」
「あ、ああ」
「アルガス、どうやら俺たちはあの男に、良いように言い包められて面倒な連中を一塊にさせられてしまったらしい」
「ああん? そんなことは百も承知だ。だがなぁ、百戦錬磨の餓鬼どもよりも、手に負えないクソみてぇな連中ほど内側に狂気を飼っている。だから、俺は飲んだ。そして、飲み下す。リーダーなんざ、興味がねぇ。どうせ、俺に取り入るための、あの餓鬼の媚びに違いねぇ。だから、自由にやれば良い。俺は強制するつもりも、させるつもりもねぇ」
分かっていて、月見里の話に乗ったらしい。アルガスもやはり、生き残り生き延びたいからこそ、行動を起こしている。
「だったら、秘密の共有も大切だよなぁ……アルガス」
「ああ? 言わなくとも知っているぜ? 酔狂なことをしているってなぁ。なんだ、共犯者にしてくれんのか? それはとっても、気持ちが悪くて良さそうだ」
アイーシャの腕を払い、ディルは踵を返す。
「ちょっと! まさかあの二人にもアルビノのことを話すの?」
「話す」
「なんで?!」
「長くない命だ。アルビノは知らないことを知ることを喜びにしている。死ぬまでの間、あいつに知らないことを教える連中が必要だ。変人ばかりの集団だが、変人だからこそ他者とは違う経験がある」
アイーシャは首を横に振る。
「あなた、分かっててやってるんでしょ?」
「なにを?」
「アルビノが病に侵されている。その病で徐々に自制が利かなくなっている。本能が理性を上回ろうとしている。そのとき、アルビノは死ぬんでしょうけど、死ぬ寸前に、海魔の本能を目覚めさせるわ。つまり、死ぬ瞬間まで人を殺し続ける海魔に成り果てる」
知っている。そんなことは分かっている。出会ったときから知っている。病に侵されていなければ、自分から死ぬための戦いを起こそうなどと考えない。
その病について、アルビノは一切、話はしなかった。しかし、だから分かった。それが人間にとって良くないものなのであると。だから、人を殺さない種のアルビノは殺されようとディルに襲い掛かったのだ。自身が病によって、本能のみの海魔に成り果て、人を殺してしまうことに怯えていたからこそ、殺して欲しいのだ。
特級海魔のドラゴニュート。人を襲わない種であっても、海魔は海魔。場合によっては人を殺すことだって考えられる危険な存在である。そんな存在でありながら、人殺しだけはしたくないのだ。だから死ぬ前に殺してもらいたい。
ただし、ディルはそれを拒んだ。ここで、死んで行け、と言った。
それはアルビノを看取るということ。本能だけの海魔に成り果てたドラゴニュートと、その命が削り切られるまで、戦い続けるということだ。それは、そのときからディルが決めていたことであり、アルビノもまた理解したことのはずだ。
「テメェには分からないだろ、こんな狂った考えが」
「ええ、分からない」
「分かってたまるかよ。目の前で持って行かれたことの苦しみが、悲しみが、屈辱が……分からないよなぁ」
言いつつ、ディルはアイーシャから離れ、一人フラフラとプレハブ小屋へと戻った。
「お帰りなさい」
「……あとどれぐらいだ?」
「あと……五分も無いと思います」
「へぇ、その割には元気そうに見えるが?」
青褪めた表情のアルビノに、ディルは飄々と言ってみせる。
「本当に、私が死ぬまで、付き合ってくれます、か?」
「ああ。命が尽き果てるまで面倒を見てやる。看取るってのは、そういうことだ」
「……なら、あなたが先に死んでしまったら、困ります、ね」
アルビノはポツリポツリと言葉を零しつつ、ディルに近付くよう手を動かす。
「あなたに、“力の理”を託します」
「託す?」
「海魔は体内に五行の全てを持っています。でも、それを使えるのはドラゴニュートだけ。そしてドラゴニュートでさえ、血統によって用いることのできる“力の理”が限られる。でも、人間であるならば」
アルビノは自身で人差し指の爪を折り、そして指先をディルの額に当てる。
「竜の加護としての、貸与であるなら、あなたは死なずに五行の全てを扱うことができる」
かち割れそうな頭の痛みにディルはのた打ち回り、そしてくぐもった叫びを上げる。
「そしてもう一つ。あなたたち、が、デュオとして目覚めたい、のなら、鎖を外す以外にありません。ただ……決して“二つの力”に拘らなくて、良い、のです。『金』なら更に『金』、『水』なら更に『水』。そうして重複した力は、誰にも揺るがすことのできない力と、なる。けれどそのとき、あなたたちはきっと、大切な物を喪う。それだけは、覚悟……して、ください」
その言葉を最後に、アルビノは人の姿から竜へと姿を変え、その巨躯でプレハブ小屋を突き破ると、大きな唸り声と共に、見境無しにその町の討伐者を襲い始めた。




