【-強さの頭打ち-】
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「なんでよりにもよって、誠と共同作業をしなきゃならないんだか」
「それ、ローテーションするみんなに言われてるんだけど、どれだけ嫌われてるんだよ、僕は」
「ま、良いんじゃない? 誠にはアジュールが居るわけだし」
「あんまり調子の良いことを言っていると、怒るからな」
誠は貶されることに慣れてはいるが、そこにアジュールも混じると言葉に怒気が込められることが、最近になって分かった。グレアムの遺志を継いだことで、ドラゴニュート関連の話に非常に過敏になっているらしい。それは同時に、グレアムの竜眼に誠自身の意識が奪われつつあるのではないかという不安要素にもなっている。
「突然、海魔になって襲って来たりしないわよね?」
「竜眼の遺志を気にしている、のか?」
「ええ。だって、前例を訊いたことなんて無いから」
溜め息をつき、誠が窓の外を見た。
「分からない。グレアムの知識が竜眼を継いだことで頭の中に入って、そのせいで今の自分は自分なのか、それともグレアムなのか、分からなくなることがある。ドラゴンゾンビに怒り狂ってしまったのも、あれはきっとグレアムの遺志に逆らわせることができなかったからだ」
「誠にしては、怒り方が尋常じゃなかったかもね」
一言よけいに置いておくことで、誠の不安を少しでも払拭してやろうと雅は考えたのだが、どうやらそれでも誠の表情を見る限り、拭い切ることはできないらしい。
「小野上 誠であることと、グレアムであること。果たして、どっちをグレアムは望んでいたんだろうな。体を、本能を乗っ取って、僕を僕で無くすることを、望んでいたのなら……いずれ僕は、人ではなくなる」
「グレアムがそんなドラゴニュートに思える?」
「思えない。だけど、これはグレアムの遺志が混在しているから、で済ませられること、とも言える」
深く考えれば考えるほど、駄目になるパターンのやつだ。雅は自分自身のネガティブさを呪うこともあったぐらい、ディルと離れ離れになったときに体感したことがあるため、誠の答えの出ない悩みについても理解を示すことができる。
それでも、答えを見つけ出せるのは誠だけだ。雅もディルは生きているという答えを自分自身で見つけ出したことで、また歩き出すことができた。あのときの答えが、選択が、違っていたならば、このように全員が揃うこともなかっただろう。
「まぁ、問題は他にもある」
「問題?」
「楓だよ、楓。事あるごとにイチャモンを付けて、手合わせやら訓練やらと言って、僕を相手にしようとする。断っているのに、拒否しているのに、無理やり手合わせも訓練もさせられる。たまったもんじゃない」
「それで、どうしてるの?」
「毎回、僕が勝っている。本気を出せとかうるさいけど、本気を出すまでもなく、あの子は弱いから」
現状、首都防衛戦の生き残りに師事している五人の中で、誠が飛び抜けて強い。そのため
楓のことを「弱い」と唯一、言うことができる。それが妬ましく、そして恨めしい。それだけの強さを、あれだけ怠けていたのに持っているのだ。これでもっと鍛えられたら、もう雅には手が届かない。さすがにディルより強くなることはないだろうが、同じ五人なのに、力の差があり過ぎることにもどかしさを感じてしまう。
「私からしたら、楓ちゃんは物凄く強いんだけど」
「天然の天才、神童、麒麟児だったっけ? 惜しむらくは、天然であるが故の体感に頼っているところかな。アレのせいで、僕には先が読めてしまう」
「先が、読める? あの嫌な予感がするとか、体感と直感で避ける楓ちゃんが?」
雅も直感を頼りに動くことはあるが、楓は両方を頼りに動くことが多い。会った当初は体感に重きを置いていたけれど、再会してからは直感的な動きもするようになって、より一層、動きが機敏になっていたように思える。鳴の不可視の壁にすらも寸前に止まることができていた。感覚めいた物に関しては、既に雅の上を行っている。
「直感や体感はさぁ、頼りにし過ぎると先が読めるんだよ。僕もそういったものを頼りにするけど、反射的な動作に対して、常々に優位に立てるのは理性的な動作だ。反射的に動いた彼女を、思案しながら対処する。どこから攻めて来るのか、どこから攻められるのかを考える。僕は僕自身の死角をなによりも知っている。でも、体感と直感に頼り過ぎるあの子はそこに突貫する率が高いんだ。そんな攻撃なら、どれだけ速くても追い付ける」
客船型戦艦で、ディルも同じようなことを言っていた。「弱点を知っているからこそ、そこからの攻撃への対処法を備え、辛酸を舐めさせられているからこそ相手の動きに布石を打つ」と。
けれど、それは対人における重要性であって、海魔との戦いにおいてはそれほど必要の無いことだとも言っていた。ただ、「人との戦いが足りてねぇ」とは雅も言われたが。
「海魔相手なら、通用しても人相手だと通用しない強さ、なんだよね」
「そういうこと。頼り切って、それでずっと戦い続けて来て、今更、型を変えることもできない。ある意味で、あの子の力はあそこで止まっているようなものなんだ。もう上昇しない。上限値に達している。伸びしろが無い。天才でも、神童でも麒麟児でも、平均的に能力が高いわけじゃない。固執したら、伸びなくなる」
「……百戦錬磨のディルやケッパーが分析するんなら分かるけど、誠にそんな風に楓ちゃんを言われると腹が立つのはどうしてだろ」
「あのねぇ……まぁ、良いや。このことは、内緒にしておいてくれよ。伸びしろがもう無いなんて、あの子が聞いたらどうなるか。まぁ大半、聞き耳を立てられていて僕に責任がおっ被せられるって展開は読めているんだけど」
言いながら誠は部屋を見回し、続いて廊下を見回す。
「おかしいな、どこにも居ない。居た気配も無かった」
「そんな二次元みたいなことはそう簡単に起きないってこと」
衝撃的な発言、イヤミや悪口を主人公が偶然、通り掛かって聴いてしまう。そういうよくありそうで無いことは、起こらない。イヤミや悪口はもっと、その人が居るところで聞こえるように言われるもので、衝撃的な発言だってその人が眼前に居なきゃ、口にもしない。
「じゃ、言わないでくれよ。ただの愚痴だから」
「楓ちゃんに、手合わせを控えるように言っておこうか?」
「いや、それは良い」
「……まさか楓ちゃんのパンチラが見たいからとか、そういう下心があって、」
「違う!」
強く否定した。どうやら本当に下心は無いらしい。誠の表情は照れとか焦りの色には染まっておらず、真剣なものだった。
「僕と戦い続けて、負け続けるだろ? すると、あの子も考え出すだろ? 今のままじゃ勝てないって。で、戦い方を変えるかも知れないだろ? それが海魔との戦いで活かされるかも知れないだろ? 体感と直感に対応する海魔と出会ったとき、あの子が別の戦い方を見出せていなかったら、死んでしまうじゃないか。だから、伸びしろは無いとは言ったけれど、可能性が無いわけじゃないんだ。戦術を変えたり、攻め方を変えるという方向に意識が傾けば、上限を突破できると、思うんだよ。そうなったとき、伸びしろはまだあると僕も言えるようになる」
相当、楓のことを心配しているらしかった。
心配……か。チキンと呼んでいたのが嘘みたいな成長をしている。
雅はほんの少し、誠には見えないほど小さな笑みを作る。
「強くなりたいのは、みんな同じだからね」
「ああ、僕だってまだ強くなりたい。だから、あの速さは憧れる。そして、あれだけの速さを持つ海魔と出会ったときの対処を、僕は取りやすくなる。楓にとっては僕は憎むべき強者だろうけど、そこから一つ頭を出してくれれば、もっと面白い手合わせになるとは、思う」
「楓ちゃんは根性だけはあるからね、当分は毎日だよ?」
「……ああ、辛い」
「だから、たまにはこうして愚痴を吐くことも許す、特別に。あなたのためじゃなく、楓ちゃんのために」
二人が高みを目指しているのなら、愚痴ぐらいは幾らでも聞ける。そんな余裕があった。
「あー! 雅さんこんなところに居たんですね!? そこの誠さんと、まさか秘密の密会でもしていたんじゃ?!」
「違うから」
そう諭しつつ、雅は楓と共に部屋の外へと出る。あとの資料整理は誠だけでもできるだろう。ここは仕事の能率を下げる可能性のある楓を外に出すために雅が面倒を見るのが良い。
「まったくもー! まったくもー、まったくまったくまったくもー! ですよ!」
「なにをそんなに怒っているの?」
「誠さんに一度も勝てていません。未だに、ですよ? 信じられます? 毎日毎日、あの面倒臭い人に声を掛けて、やる気を出させて、やっと取り付けた訓練で、一撃を浴びせることもできずにこっちがスタミナ切れでギブアップしてしまうんです! あれだけ速く動いているのに、なんで先手を取っているはずなのに、攻撃を対処されてしまうのかさっぱりなんです!」
ここで誠の言っていたことを伝えても良いのだが、それでは楓の発見ではなくなってしまう。そして結果的に、彼女の個性を殺すことにもなってしまうかも知れない。自分自身で気付き、自身の戦い方に別の動きを組み込む。そうやって考えるからこそ、個性が残りつつ、強くなれるのだ。
大丈夫、私よりも凄い戦い方をするこの子なら、気付く。
雅はぷんすかと怒る楓に苦笑しつつも、そんなことを考える。
「ところで、ディルさんとの特訓はどうですか? やっぱり、殴る蹴るのヴァイオレンスなやつですか?」
「うん、もう体中が痛い。青痣とか、見てみる?」
「良いです良いです。そういうの見ると、自分も痛くなって来ちゃうんで」
首を横に振る楓を見て、唐突に「可愛い」と言いたくなってしまう。この美少女は、喜怒哀楽のどれを取っても可愛らしく、そしてこういった些細な動きでさえも可愛いのだ。作った可愛さではなく、天然の可愛さ。これで戦闘中は忍者のように走り回るのだから、「天は二物を与えず」とは嘘っぱちだ、などと雅は思う。
「強くなっている実感とか、あります?」
「無いよ、無い無い。もう、とてつもなく大きな壁が目の前にあって、何度も登ってやろうと思っているのに、全然、てっぺんに手も掛からないみたいな……自分が強くなれているのかすら、自信を失うくらい強いから」
「……雅さん、そこまで思い詰めなくても良いんじゃないですか? 私も似たような感じですけど、まぁ気楽にやってますよ。いつか届くと思ってやらなきゃ、いつまでも届きませんし」
「そう、だね」
「それに、雅さんは強くなってます。前向きに、上を向いて、喰らい付いて行きましょう」
この前向きさに、明るさに、快活で溌剌さに、今は助けられていることもある。




