【-賭け事-】
「リィ!! 隠れて良いよ!」
雅が寸前、飛来した弾丸をかわしたリィに指示を出しながら雅がゴーグルとマスクを外して木陰から飛び出し、『金使い』に指定した位置とほぼズレのない場所に仁王立ちになる。リィが林の中に隠れた。こうなるとレイクハンターはしつこく彼女を狙わないはずだ。
むしろ、先に狙いたい相手が現れた。交戦当初からずっと狩ろうとしていた獲物が、殺してくれと言わんばかりに仁王立ちをしている。これを逃さない手は無いだろう。
「お願いします!」
左右の地面から鉱石の壁が突き出した。位置が僅かにズレているため、雅の方が合わせる。これで両腕は狙われない。だが、それ以外は湖に見せ付ける構えになる。そこに急いで葵が駆け付けて、鉱石の壁を陰にして隠れた。
「動かないでください。切ってしまうギリギリに展開します」
葵が水の爪を地面に突き刺し、雅の前方数センチの地面から水圧によって薄く圧縮され、しかし強固な、さながら水のカーテンが首元辺りまで噴き出す。
「もっと頭を狙いやすくして下さい。首周りまで出してしまって構いません」
「ですが」
「今更、妥協はしません」
雅は葵に覚悟を示し、彼女はそれに応えて水圧のカーテンの勢いを僅かに弱めた。これで、レイクハンターの狙う部位は限られるようになった。
自身は使い手としては視線集中型と接触型の混合型に分類される。見ているものに影響を与えられるか、触れたものに影響を与えられるかの違いとなるが、ストリッパーとの一戦で接触型の素質もあることを知った。そして、視線での変質よりも接触による変質の方が、複数ヶ所への変質も行いやすいことを知った。
だが、今回ばかりは視線集中型による一点に賭けた方が良い。なにより、雅はこの視線での変質の方が慣れている。ストリッパーとの戦いに至るまでずっと、そうやって戦って来た。
張り詰めた戦いの中で、どちらの変質も心強いことには変わりが無いが、この場この時に限っては、自身が使い手として目覚めてからずっと付き合って来た視線集中による変質を選ぶ。接触による変質は、もっとディルのように体術を学び、自由自在に動き回れるようになってからだ。
そもそも遠距離の攻撃に対して接触型の変質はやや不利だ。それに比べて、見通しの利く場所であればどこにでも変質の可能性を置くことのできる視線集中型の変質は、こういった海魔との駆け引きには適しているに違いない。
既に雅の目は一点を捉えて離さない。
前方数センチのところに首と頭部を覆う大きな空気の変質を行う。更に、物体を受け止めた際に生じる風圧を自身にではなく逆向きに――つまり跳ね返すだけでなく、物体の到達までに用いたエネルギーを風圧で更に上乗せさせるのだ。
だが、レイクハンターの撃ち出す弾丸が雅の変質の力を上回るほどの代物だったならば、この作戦は失敗に終わる。
だからこれは、海魔との賭け事になる。
「信頼するよ、レイクハンター」
そうボヤいた雅に驚いたのか、葵が顔を上げた。雅は緩んだ表情で、その時を待っている。
「私はあなたの、その強い拘りを信頼してあげる」
目を見開き、叫ぶ。
「だから、私を殺すための弾丸を、撃って来なさいよ!」
その声は恐らく、レイクハンターには届いてはいない。しかし、空気を裂く音は雅の耳にはっきりと届き、そして前方に変質させた空気は、弾丸を捕まえていた。
雅を殺そうとした弾丸が、そこにある。その角度からして、まさに雅の脳天を貫くはずだった弾丸だ。
「ここで退かなかったのは、私を獲物としか見ていなかった、あなたの驕り。でも、海魔にはそんなの、分かんないでしょ?」
空気が捕まえた弾丸はその中で雅の変質の力が加えられて反転、そして再射出される。空気が割れる音で耳が痛くなり、体が後方に吹き飛んだ。
レイクハンターが撃った速度に風圧が加わり、弾丸は音速を超えた。その衝撃が体を襲い、しかしそれ以上に、音速を超えた弾丸をレイクハンターが避けられるわけもなく、また、遠距離から攻撃が来るものと仮定していなかったためだろうか、雅の放った悲鳴よりも、レイクハンターの絶叫が湖のある平野全体に響き渡った。
雅は上半身を起こし、湖の向こう側を注視する。ヘドロのような濁った血液が噴出し、その血を浴びたレイクハンターの、背景に溶け込む擬態が解けている。
カメレオンは周囲の背景に溶け込むために皮膚の色を変える。けれど、できるのはそこまでだ。体に付着した液体の色まで変えることはできない。そしてそれは、カメレオンのような擬態しかできないレイクハンターにも同じことで、幾ら急いで背景に溶け込もうと皮膚の色を変えても、彼の者自身が出し、そして浴びたヘドロのような濁った血液は消え去らない。
「逃がさないで、早く!!」
レイクハンターのどこに弾丸が命中したのかは定かではないが、絶叫を上げて苦しんでいることは確かであり、思考もなにも不安定な状態で、泳ぎが苦手な水中に逃げ込むことを選ぶとは考えにくい。もしも泳いで自身が浴びた血液を拭っても、傷口をそう簡単には塞げないだろう。湖の腐った水とはまた違った、ヘドロのような色をした血液が水と混じるまでの間は逃走先が分かる。地上から逃走しようとするのなら、擬態したところで血液のおかげで居場所が丸分かりだ。
つまり、ここで押し切る。押し切らなければならない。
「大丈夫ですか?」
葵の声がくぐもって聞こえる。怪我をしていない証明として立ち上がろうとするが、グラリと視界が揺れてすぐさま倒れてしまう。
「私のことは良いから」
耳鳴りは治まったのに、右耳は変わらず頭にキィンッと音を響かせつつ、肉体的な痛みを訴えて来る。
「でも」
「レイクハンターを逃がしたらおしまいなの! チャンスは今しかないの!」
「……はい」
葵は肯く。
「皆さん、レイクハンターの擬態を破りました! 第二班の皆さんも、お願いします!!」
平野に第二班が雪崩れ込む。そして湖の向こう側で絶叫を轟かせ続けている、視認することのできる海魔に一斉に向かう。
「年下だからと聞く耳を持たなくてすまなかった」
『金使い』の男が二面に展開した鉱石の壁を消し、動けないでいる雅に小さな謝罪の言葉を口にしてからレイクハンターの元へと駆け出した。
「……鼓膜、破れたのかな」
右耳は変わらず痛む。そして、ツーッと血が伝って来た。音速を超えた弾丸のすぐ傍に居て、鼓膜にしか影響が無かったのは運が良い方だ。下手をしたら両耳の鼓膜も破れてしまっていたかも知れない上に、最悪、聴力を失っていたかも知れない。鼓膜だけならば再生する。三半規管がやられているのなら、片側の聴力がずっと戻らないことにもなるわけだが、グラついて倒れてしまったことも踏まえると、その可能性も捨て切れない。
右耳を押さえ、深呼吸を繰り返して、ゆっくりと立つ。視界は揺れない、体の重心も逸れることがない。どうやら一時のものだったらしい。これなら三半規管は大丈夫そうだ。片耳の違和感と痛みは残るが歩くことに支障は無い。
雅は一息入れつつ、それからゆっくりと振り返る。
姫崎の姿が無い。レイクハンターに向かって行ったのだろうかと前方を見るが、葵と『金使い』、第二班を足した六人しか見えない。
「リィは……リィはどこ?」
嫌な予感がして、リィの姿を探そうと一歩を踏み出したとき、遠くで歓声が上がった。見やれば、レイクハンターをどうやら仕留めたらしい。ここからではその海魔の全貌を捉えることはできなかったが、遠目から見て、擬態の一例として出し続けていたカメレオンに顔は似ているように見えた。そして、左腕は首ギリギリのところからなにかに抉り取られたかのように、討伐された海魔の体には無かった。雅が反射した弾丸はレイクハンターの左腕に命中したらしい。それぐらいしか、ここからではもう分かりようも無かった。
遠距離からの狙撃が止まったのなら、安心してリィを探せる。雅は着実な一歩を踏み出しつつ、リィが隠れたと思われる林の木々の陰、一つ一つを見て回る。
「……居ない」
背中を嫌な汗が伝う。レイクハンターを討伐できたことは喜ばしいことだが、リィを見失ったとなったらディルの怒りを買う。人殺しはしないと言っていたが、リィのことになるとその言葉通りに、殺さずに見逃してくれるかどうかも分からない。これは、右耳が聞こえないことや、そこから伝わる痛み以上に大問題なことだ。
ここに居ないのなら、葵と合流して、他の人にも協力してもらってリィを探してもらおう。そして姫崎は一体どこに居るのか。それを知ることが急務であった。




