【-003-】
男が帰って来たことでプレハブの町が一時、騒然となる。一体、男がなにを背負っているのか。外套のフードを被せているためにその素性は分からない。人間にとって良くないものを連れ込んだのではないかという不安の目が向けられている。しかし、ダラリと垂れ下がる尻尾を見て、討伐者の多くが「男が狩った海魔だろう」と結論付けた。そんな声が耳に入ったのだ。
フードを付けて、心臓だけでなく遺骸ごと運んでいるのは、周囲に見せたくないから。そして、大物を狩ったことを知らしめたいからに違いない。そんな酔狂な男だ。そのように、誰かから発せられた言葉が事実とは異なるものへと変化し、運が良いのか悪いのか、誰にも黒の外套を剥ぎ取られることなく、男が借りているプレハブ小屋の一室まで辿り着くことができた。
「なにをやっているんだ、俺は」
ドラゴニュートの女を布団に寝かせたのち、自らのやってしまったことに後悔する。次にするべきこと、やるべきこと、それらを考えても、真っ当な答えが出て来ない。
「ここ、は……?」
どうやら意識を取り戻したらしい。
「一応、俺の一時的な仮住まいだ。お前が人を殺さないコロニーから来たドラゴニュートなのか分からないから、こうするしかなかった」
「……私は、あなたたち、人間を、襲います」
「嘘だな」
「嘘じゃ、ありません。だから」
ドラゴニュートの女は震えながら、そして今にも泣きそうな声で発する。
「私を殺してください」
真意を読み取る術が無い。だが、震えながら泣き出しそうな声で、「殺せ」という者を、たとえ海魔であっても殺せるだろうか。ドラゴニュートは特級海魔だ。ヘマを打つと、人類において大きな問題にもなり得る。
「殺さない」
「なんで、ですか!」
「お前を殺したら、お前のコロニーの連中が俺たちを殺しに来るかも知れない。そんな懸念しなければならないことがある以上、手を下すことはできない。それにお前は、どうも人を襲うドラゴニュートには、見えない。振るう爪も弱々しい、立ち回りも人間を襲うにはあまりにも鈍い。お前は、俺と遭遇するまで人間とは戦ったことが、ないんじゃないのか?」
肩を震わせ、まるで全てを見通されたかのような表情を浮かべ、それから視線を泳がせる。
「なんで殺されたい?」
「……私は、異端だから」
「異端?」
「金竜は、私と兄さんしか居ないから。それに加えて私は、こんな成りだから」
白髪、紅の瞳。透明な鱗に白い肌、白い翼に白い尻尾。どうやらそれをこのドラゴニュートの女は疎ましく感じているらしい。
「金竜は珍しいのか?」
「金属は人の叡智の賜物だから。海魔である私たち一族が、その『金』の力を宿すのはあり得ないと言われて来た。なのに、私と兄さんは、その『金』の力を宿している。兄さんは強いけど、私は……もう、死ぬかも知れない、から」
「どうして?」
「病に罹っているの。人も海魔も及ばない、命を削り、そしていつかは奪う病。体が熱を持っているのはいつものことで、フラつくのもいつものこと。意識を失うことも度々あって、そしてそろそろ、体も限界に近付いている。それなのに私はまだ、生に縋り付きたいと思っている。そんな浅ましい自分が嫌で嫌で……だから、人間に殺されようとした。なのに、今度は人間に助けられてしまった。もう里には戻れない。このまま死ぬか、それとも……」
そこから先をドラゴニュートの女は話さなくなった。
「名は?」
「……アルビノ。この世界じゃ、こういう成りの生き物をそう呼ぶんでしょう? だから、アルビノってずっと言われている。あなたは?」
「俺は」
そこで男は呟くように言い切る。
「ディルだ。それ以前の名は、捨てた」




